小鳥はわかめと豆腐の味噌汁を啜り、豆腐を箸の先でチョンとつまんで口に入れた。舌の上で、絹ごし豆腐がグズグズと崩れる。そこで何気なく聞いてみた。
「近江さん、私、思い出しました」
「何をだよ」
「
「ふ〜ん、良かったじゃん」
「近江さん、『好きなんだよ、一目惚れなんだ。』って言いましたよね」
ブフォ
「き、汚い!」
近江隆之介は気管にトマトケチャップで炒めたご飯が入ってゆくのが分かった。グラスの水を飲むが、これは追いつかない。
「こ、ここでそんな事、言うなよ」
「やっぱり言ったんですね」
「そ、それは」
「くそ小っ恥ずかしい事、よくもあれだけベラベラと言えましたね」
「・・思い出したのか」
「・・はい、結構」
「そうか」
「近江さん、あれ、お酒飲んでない時に聞きたいです」
「お酒飲んでいない時は言えないです」
「弱虫」
「無理」
視線を上げずに黄色いオムライスをスプーンですくう近江隆之介の耳はほんのり赤く色付いていた。
二人、黙々と箸とスプーンを動かす。
「もっと早くに言ってくれれば良かったのに」
「そんなん言えるかよ」
「馬鹿みたいに逃げ回って」
「馬鹿にとか言うなよ」
二人、黙々と箸とスプーンを動かす。近江隆之介がスプーンで福神漬けをかき集めた時、またまた小鳥が吹き出しそうな事を言い出した。
「キスに至る過程なのですが」
ブフォ
「な、な、な、こんな所で何言ってるんだよ」
「私、順番にクリアしたいんです」
「何、クリアって」
「この前は一緒にご飯食べました」
「おう、美味かった」
「ありがとうございます。朝は手を繋いで出勤しています」
「そうだな」
「その次はデートして」
「道のり、なゲェな」
「その後に、キスしたいんです」
ズズズと味噌汁を飲み干す。
「それ、味噌汁食いながら言う事?」
「取り敢えず、そんな感じで」
近江隆之介が身体を乗り出し、コソコソと小さな声で囁いた。
「デート、いらなくね?」
「なぜ」
「もう、毎日一緒にメシ食ってんじゃん」
「まぁ」
「
「はい」
「犀川見てるじゃん」
「はい、毎日」
「これ、普通のデートコースよ?」
「はぁ」
小鳥は鯖の味噌煮の最後の一口をもぐもぐと頬張った。
「おま、何、もしゃもしゃ食ってるんだよ」
「昼休憩、終わりますよ」
「需要なミッションだろ?」
「そうですね」
プラスチック製のコップの水をごくごくと飲み干した小鳥はトレーに箸を置き、手のひらを合わせた。
「検討します。ごちそうさまでした」