いつもの昼食の時間より出遅れた小鳥は食券販売機の長い行列に並んでいた。
(あぁ、売り切れたらどうしよう)
今日のお昼ご飯はランチA定食、メインはチーズハンバーグ、食堂内はこっくりしたデミグラスソースの香りが充満している。ランチB定食は既に完売の赤い文字が表示されていたが小鳥の日頃の行いが良かったのか、480円、ランチA定食の発券ボタンを押す事が出来た。
(あぁ、ごはん食べている時が至福の時間)
一人暮らしの小鳥としては、栄養を考えた野菜の煮物などが頼みの綱、これがワンコイン以下で食べられるなんて、職員食堂万歳!ウキウキと窓際の奥まった隅のテーブルに座る。夏の日差しは熱いがこの席ならば落ち着いて食べられる。
「いただきます」
箸を手に、丁寧に挨拶をして味噌汁に口を付ける。具材はワカメと玉ねぎだ。
(あぁ。美味しい)
するとテーブルの向かいの赤い背もたれの椅子に手が添えられた。
「相席、良いですか?」
「はい」
見上げた瞬間、味噌汁を吹き出しそうになり慌てて飲み込んだ。玉ねぎが喉に引っ掛かって気道に詰まるかと思った。近江隆之介が同じランチA定食のトレーをテーブルの上に置いた。
「お、近江さん」
「おう」
「な、何で」
「約束したじゃん、昼飯、一緒に食おうって」
「し、した覚えは」
「あぁ、したした」
そう言い、近江隆之介は椅子に座るといきなり自分の皿のハンバーグに箸を入れ、半分に切り分けた。
天然記念物はなかなか強引だ。
(近江隆之介って、こんなキャラクターだったの!?)
「何だよ」
「い、いえ」
「ちゃんと守ってるだろ、ボーダーライン。」
「は?」
「机の半分」
「そ、それは」
「細かい事気にすんなよ。
「や、やめて下さい!」
「誰も聞いちゃいねえよ」
ところがどっこい、議会事務局きっての
「なぁ」
「何ですか」
「刺々しいな」
「そんな事、ありません」
「なぁ」
「はい」
「今夜、一緒に飲まねぇ?」
ハンバーグが喉に詰まり、慌てて水を飲む。
「落ちつけよ」
「な、だって近江さんが」
昼食の次は、酒。この矢継ぎ早の展開に小鳥は追い付いて行くのに精一杯だ。
「隆之介で良いよ」
「そ」
「あん時、そう呼んでたじゃん」
(そう来たかーーーーー!)
「わ、私。そんな失礼な事を、すみません」
「何が」
「目上の先輩に」
「真面目か」
次の瞬間、 ”付いてる” と小さく呟いた近江隆之介の親指が、小鳥の左口元を撫でた。周囲の女性職員たちはその仕草に目を奪われ、声にならない歓喜の悲鳴を上げた。
(
小鳥は男性では無い、女性職員たちの脳内はバグを起こしている。高梨小鳥の脳内もバグを起こしている。頬が火照る。
「何、顔赤ぇぞ」
(当たり前ですーーーーーー!)
「ウィスキー、買っとくから」
「え?」
「
そう、小鳥はウイスキーが好きと言いかけて、近江隆之介が好きだと言ったのだ。その瞬間の胸の高鳴りを記憶の中から掘り起こした近江隆之介の顔は真っ赤に色付いた。
「近江さん、顔赤いですよ」
「あ、当たり前だろ」
「何がですか?」
「その辺りハッキリさせようぜ。今夜、待ってるから」
(はぁーーーーーーーーーー!?)
その辺りってどの辺り!?久我今日子とは恋人だけどそれでも良いなら付き合ってくれとか言って床に押し倒しちゃうとかない!?あるあるあるある。この近江隆之介の強引さを考えれば100%有り得る!
「い、行きません!」
(そりゃ、藤野の事が好きなら来ねえよなぁ)
「では、お先に!ご馳走さまでした!」
「おい、まだ残ってんじゃん」
「良いんです!」
小鳥は自分の勘違いも、近江隆之介の笑顔も、久我今日子と近江隆之介の不倫も全部、残飯専用のゴミ箱に捨てて皿が乗ったトレーを配膳棚に戻した。