目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第12話 天然記念物包囲網

 近江隆之介のマカロン好感度アップ作戦は功を奏したが、それが高梨小鳥の興味関心を引く起因となってしまった。近江隆之介は危機感を感じていた。

高梨小鳥が301号室が誰であるのかを”知りたそう”にしている。



(あ、また。)



 野党の事務職員が与党の6階フロアを行き来する事は稀だ。それにも関わらず昼休憩の時間になると小鳥は6階フロアをフラフラと歩き回り、議会事務局のカウンターの辺りをウロウロし、地下の職員食堂でも落ち着きなくキョロキョロしている。


 そのお陰で近江隆之介は彼女が通り過ぎるのを待って廊下を横切り、

議会事務局での手続きを後回しにし、地下食堂の食券売り場に小鳥が並んでいる時は外のコンビニエンスストアに弁当を買いに走らなければならなかった。


 この時点で近江隆之介があのだと知られて居ないのだから堂々としていれば良いのだが何と無く後ろめたい。



坊や隆之介、あなた何だか挙動不審よ?」

「そ、そうですか?」



 そう久我議員に指摘されてしまった。




 小鳥は朝が苦手らしく反応は鈍かったが、時々妙に早起きで玄関に気配を感じる時がある。そんな時はこっそり自転車を部屋の玄関先に取り込み、をする。そして彼女が玄関ドアを閉め、そのパンプスの靴音が聞こえなくなってから出勤した。荒天時や飲み会で通勤にバスを使う時は数分後、次に到着するバスに乗り、小鳥と顔を合わせない様に努めた。



坊や隆之介、あなた最近、出勤時間が遅くない?」

「そ、そうですか?」



 そう久我議員に注意されてしまった。





 小鳥の夜は早く、21:00にはカーテンから漏れる灯りが消える。近江隆之介は元来、議員秘書という事で会合の送迎等で帰宅は遅かった。但し、高梨小鳥も稀に夜更かしして玄関に気配を感じる時があり、そんな時は自転車を外の自転車置き場に停めて革靴を脱いで忍足、顔をビジネスリュックで隠しながら部屋に戻った。



坊や隆之介、あなた何だか疲れてない?」

「そ、そうですか?」



 そう久我議員に心配されてしまった。


 それでもこの攻防戦に負ける訳にはゆかない。あの一夜が詳らかになればこの片思いは失恋まっしぐらだ。近江隆之介は高梨小鳥からとことん逃げ続けた。


 あれから2週間。携帯電話は無事手元に戻って来たものの、高梨小鳥の心中は穏やかでは無かった。とにかく、マカロンのの正体が知りたい。

そこで自宅マンションの301号室に住むの顔を見ようと朝、夕、夜と玄関先で待ち構えたがなかなかその網に掛からない。


 朝、出勤時刻よりかなり早くに玄関ドアを開けてみるがもう自転車がない。


 夕、まだ帰宅しないと油断して料理をして居ると外廊下を駆け抜ける影。


 夜、飲みに出て居るのかとにかく帰宅時間が遅い。


 出勤時間、帰宅時間がランダムでその動向が把握できないのだ。まるで天然記念物を探している様だった。そして昨夜、物音と人の気配に気付きインターフォンを通話にしたところ、黒い鞄で顔を隠したが足早に隣の部屋に駆け込んで行くのを目視する事が出来た。自転車は持っていなかった。



(そこまで隠す必要ってある?)



 が自分の正体を隠そうと必死である事は確定的だった。



(絶対この6階、7階のフロアに



 このフロアに自分の服を脱がせた。いや、最悪、自分で脱いだ可能性も無きにしも非ずだが、とにかく素裸で一夜を同じベッドで過ごしたが存在する。そしてあの夜を思い出し、勤務中にも関わらず良からぬ想像をしながら自分を見ているかもしれない。



(き、気持ち悪い。)



 それは絶対お断り、厳重注意だ。


 そこで高梨小鳥は昼休憩を、探しに費やした。互いの目が合った瞬間、挙動不審な動きをしたり目を逸らした男性職員がそのである可能性が高い。だが6階フロアでも、7階議会事務局でも、地下職員食堂でもそんな人物は一向に現れなかった。金沢市役所庁舎内全体に比べれば、このフロアの職員、秘書数は限られて少ない。

おかしい。



(こーれーはー、必死に隠れて居るんだろうな、うん。)




 ただ小鳥にはもう一つ目的があった。片思いの相手、久我今日子議員の第一秘書、近江隆之介の姿を一目でも見る事が出来たらと淡い期待を抱いていた。

あの日の破壊的な微笑みが小鳥の恋心を加速させた。



(近江隆之介、今日も居ないなぁ。)



 そして良くない事とは知りつつも敵対会派の久我議員の控室の前を何往復かしてみたが、近江隆之介の姿を見る事は出来なかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?