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第11話 マカロン大作戦 

 金沢市役所正面玄関から歩いて1分、金沢21世紀美術館の地下駐車場出入り口に、てんとう虫のロゴが可愛いパティスリー オフクが有る。可愛らしいマカロンは市役所女子にも人気で、ランチのデザートとして選ぶ職員も多い。

 その日、その場所に似合わない黒いスーツの男が腕を組んで順番を待っていた。間口の狭いガラス張りの店内は外から丸見えだ。



「あれ、近江隆之介よね」

「議員さんのお菓子でも買いに来たのかな」



(何とでも噂してくれ)


 近江隆之介はの携帯電話を返却する為の小賢しいアイテムを選択中だ。万が一、日にちが開いても傷まないスイーツといえば焼き菓子だろう。



「この花の付いた、桜とブルーベリーと、塩、あ、それも。」



 ついでにと言いつつも、色合いやフレーバー等かなり吟味して選んでいる。



「袋、お付けしますか?」

「あ、紙袋、手提げ袋でお願いします」



 オフクのマカロンはせめてもの好感度アップを狙っている。万が一、金曜日の夜の男が自分なのだと身元が明らかになった時は、平謝りをして全容を一から順に説明して行こう。全裸でも添い寝しただけ。しかも脱ぎ出したのはから。


と。


(それは説明になってねぇだろ。言い訳どころかに責任転嫁してるだけじゃねぇか)


「如何したら良いんだ」

「ありがとうございます。3,080円になります」

「あ、はい」



 二十円のお釣りが来た。近江隆之介の好感度アップ作戦は3,080円だった。


キッ

 その晩も久我議員の送迎で遅くなった近江隆之介は自転車を走らせ、寺町のマンションへと帰った。ふと見上げる3階角の自分の部屋の隣、302号室のベージュのカーテンからは灯りが漏れ、高梨小鳥が在宅である事が見て取れた。



(あぁ、あの夜が無ければなぁ)



 金曜日の晩、欲を出して301号室自室に彼女を入れていなければ今頃は相思相愛の甘い日々を送っていたかもしれない。そう思うと自分が情けなく、自転車を担いで郵便ポストからダイレクトメールを取り出すと力無くエレベーターのボタンを押した。



ポーン



 近江隆之介は音を立てない様に忍足で外廊下を歩いた。力の入れ具合で黒い革靴がコツンと響いたので慌てふためき、また、自転車を床に下ろす時は警察の爆弾処理班の様に静かに行った。そして302号室の玄関ドアが開いた時に素早く隠れるように301号室の鍵をそっと開け、肩に担いでいた黒のビジネスリュックとダイレクトメールは玄関の中に置いた。


 耳を傾ける。そこに高梨小鳥の気配は無い。



(くっ。)



 腕を最大限に伸ばして、白い携帯電話を入れたパティスリーオフクの白い手提げバッグを302号室の玄関ドアに掛けた。その重みでドアノブが音を立てた。



(うわ、マジィ。)



 近江隆之介は慌てて部屋に戻ると鍵を閉めたが、これが思いの外、音が響き、次に302号室の玄関ドアの鍵が開く音が聞こえた。近江隆之介はドアに耳を付け、息を殺してその様子を窺った。



(た、高梨小鳥、気付いたか。)



 気付くも何も、携帯電話は貴重品。一刻も早く気が付いて貰わねばならない、ピンポンダッシュして返却しても良い位である。ドアノブが下りる。手提げ袋が落ち、携帯電話とマカロンのプラスティックケースがクシャ!と音を立てた。微妙な、間。玄関ドアが閉まり、鍵がカチャンと閉まる。



(み、ミッション完了。な、訳ねぇだろ!)



 思わずリビングに突っ伏し一人ボケツッコミを口走った。


 高梨小鳥はリビングで耳を側立てていた。



「ゴミを捨てに行きたい。」



 明日は燃えるゴミの日だ。ゴミステーションにゴミ袋を出しに行きたいのだが301号室のお隣さんと鉢合わせしない様にが早く帰って来てくれないかと待っている。ベランダを覗くがカーテンから漏れる灯りは無い。

玄関ドアを少し開けて見ればいつもの自転車が無い。



「早く帰って来てくれ〜い」



 クッションを抱えてゴロゴロしていると、おぉ、来た。人の気配が近付いて来る。カツ、カツとあれは、革靴の音。やはり隣の住人は男性。自転車を置く音。鍵が開く音。やっとゴミを捨てに、て。



(携帯電話!え、ドアを閉めちゃうの?ちょ、ちょっと待って、私の携帯電話は?)


(あぁ、もうこの際、あの夜の事はお酒の勢いで、と水に流して声を掛けちゃうのも有り?でも、好みのタイプからちょーーーーーーーかけ離れていたら。

それはそれで立ち直れない。いやいやいやいや、それよりも携帯電話でしょう!)


 小鳥がひっくり返った亀の様に手足をジタバタさせていると、自分の部屋の玄関ドアノブが音を立てた。その奇妙な動きが止まる。



「な、なんだ。」



ガチャン!

 301号室の玄関ドアが閉まり、部屋の中から施錠された音が静けさの中に響いた。



「へ、部屋に入った・・の・・かな?」



 小鳥が恐る恐る玄関に近付いてカチャ、鍵を開けてドアノブを下ろすと何かがバサリと落ち、思わず「ひっ!」と声にならない悲鳴を上げてしまった。足元には小さな紙袋。



「パティスリー オフク」



 10個並んだマカロンのプラスティックケースの横には小鳥の白い携帯電話が入っていた。慌ててリビングに戻ってパスワードを入力してみる。



(開いた。)



 無闇矢鱈に携帯電話の中身を盗み見しようとパスワードを入力され、システムロックが掛かっていたら如何しようかと案じていたが無用な心配だった。

そしてお詫び(?)の色とりどりのマカロン。



「意外と良い人なのかも。」



 近江隆之介の3,080円の好感度アップ作戦は成功した。



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