気怠い、頭が朦朧としている、これは頭痛、二日酔い。
昨日は議会事務局の歓送迎会。
『まぁまぁ、小鳥ちゃん飲みなさい飲みなさい』
次々とお酌が回って来て飲み過ぎた。そして、誰かに腕を掴まれ、て。このマンションまでどうやって帰って来たのか記憶が定かではない。けれどエレベーターのボタンは3階を押し、そして扉が閉まった。それは間違いない。
「携帯、携帯」
いつもの場所に携帯電話が、無い。フレームレスの眼鏡を手探りで求めるがその感触が、無い。その代わりに柔らかくて生暖かい膨らみ。そしてパジャマを着ていない。下着も着けていない。素裸という事ね。そうね。そう。あぁ、そうか。そういう事ね、で、誰か、ここに。
(はい〜、いますね〜)
誰、誰なんだ。議会事務局の男性職員。まさか、対立政党の市議会議員とか、いやいやいやいや。
(それ、最悪じゃない?市議会議員と
もっこりと膨らんだ羽毛布団を
何たる惨状。点々と脱ぎ散らかされた白いカッターシャツ、黒に濃灰極細ストライプのタイトスカート、そして水色の下着。この際ストッキングは無しの方向で。物音を立てぬ様に中腰になり、ブラジャーを着けてパンティを履きながら周囲を見回す。
家具はインダストリアル、無機質なソファにダイニングテーブル、吊り下げたペンダントライトには観葉植物が青々と茂っている。何処かで見た間取り。
(え〜と、うちと似てない?)
自分の部屋とは真逆の間取りで雰囲気も全くの別物だが、如何にも同じマンション。焦茶牛革のショルダーバッグを拾い上げ、足音を立てない様に爪先立ちでリビングから玄関へと移動する。
(お、お邪魔しました〜)
黒いパンプスは手に持って、ゆっくりゆっくりと鍵を回す。ドアの向こうからスッと4月の風が部屋へと抜ける。桜の息づく匂い。
(ご、ごめんなさい。鍵は開けたままで、すみません)
そっとグレーのドアを閉めた。そしてここは
「あぁ、
まさに此処はうちのマンション。振り返れば301号室、表札に名前は無い。ドアの前には自転車。素足にジャリジャリと砂埃を感じながら隣のグレーの玄関ドアの前に立つ。
「うあぁ、お隣さんとか、ありえないわ」
木製の鳥のネームプレートには
鞄のサイドポケットのチャックを開け、木製の鳥のキーホルダーがぶら下がったディンプルキーを鍵穴に挿し右に回す。カチャン開いた。そして嗅ぎ慣れた部屋の匂い。そっとドアを閉めパンプスを玄関先に置く。足の裏が砂でざらざらする。
(とにかく部屋に入ろう)
バスルームに向かいシャワーで足裏の砂を流す。シャーと流れる水圧に、昨夜の何某さんとのあれこれが洗い流せたら良いのに。
(私、何処まで致しちゃったのだろう)
キッチンペーパーを濡らしてぎゅっと絞り、廊下に続く砂利の足跡を拭き取る。それをゴミ箱に捨てるとスタスタスタとリビングの生成りの布地のソファに力無く座った。リビングテーブルの上にノーフレームの眼鏡を置く。
ぼふっつ!
彼女の部屋は木製の家具と生成りのカーテン、生成りのソファ、生成りのベッドカバーで統一された温かい雰囲気、その中で呆然と呟く。
「嘘でしょう、なにこれ」
なんたる失態。出勤四日目にして泥酔して何某さんにお持ち帰りされて、しかもそれが同じマンションの隣人さんで、同じ職場の同僚とか、有り得ないですね。そうですね。
「名前も顔も分からないと言う、罠」
はっと思いつき、失礼とは思ったがショルダーバッグの中を確認する。
財布の中のお札、小銭、抜かれた形跡はない。
キャッシュカード
クレジットカード
健康保険証
マイナンバーカード
歯医者の診察券、これは大した事はない。
(あ、ない)
小鳥の買い換えたばかりの白い携帯電話が見当たらない。ショルダーバッグのサイドポケット、廊下、玄関先を見回してみたが、無い。
「わ、忘れて来たんだ」
いや、正確には落として来た。
(ど、如何しよう)
あ、こんにちはぁ。
昨夜はどうもお世話をお掛けしまして、
携帯電話落ちていませんでしたか。
ところで、私たちどこら辺まで致したんでしょう。
「聞けるか〜い」
月曜日、議会事務局に白い携帯電話が届いている事を祈るばかり。歓送迎会の一晩については追々、考えるとして。
「でも、顔合わせるとか気不味すぎるでしょ!?」
出来れば無かった事にしたい。出勤時にバッタリ鉢合わせするなんて最悪過ぎる。
いやいやいやいや無理無理。
絶対会うでしょ。
会う、会う。
そんな明後日は月曜日。