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第4話4月3日 月曜日 議員紹介

エレベーターホールで呆け掛かった小鳥だったが、始業開始のチャイムで我に返った。



(いやいやいや、今はそれどころじゃない!初出勤!)



 小鳥は議会事務局員に手招きされカウンターの出勤簿に印鑑を押し、そのファイルを片付ける棚を教えて貰った。ドキドキする。小鳥はふかふかのカーペットの上を左に曲がる。深い紺色の廊下はソールが沈み込む程の厚さがある。ドキドキする。扉を三つ数えると黒地に白い筆書き、自主党と表札が掲げられている。ドキドキする。ここが小鳥のだ。


 赤茶色の重厚な扉を3回ノック。



「失礼します」



 一歩踏み入れると書類の紙の匂い、コピーカートリッジのインクの匂いに包まれた。真向かいの大きな6枚の窓ガラスは、庁舎の黒い枠に覆われている。外には中央公園の青いポプラ並木が金沢城址公園まで真っ直ぐに続いていた。



(此処が私の職場)



 圧倒されていると、これまた重厚な机に向かっていた2人の男性がくるりと椅子を回して振り向いた。



「君が・・・・ええと」

「田辺さん、高梨ですよ、覚えて下さい」

「あぁ、高梨くんね」

「はい」



 年配の男性が立ち上がりこちらに向かうと、次いで若い男性がそれに倣った。



「初めまして。僕の名前は田辺五郎、自主党市議団の団長です」

(この男性が、金沢市議会 野党 の偉い人)




田辺 五郎たなべごろう 60歳 自主党 金沢市議会議員 当選回数9回

薄毛でヒヨコみたいな髪、丸顔、白い眉毛はピンピンだらりと和かに垂れ下がり、鼻は団子鼻、口は大きく、ほうれい線をはじめ目元口元にはその歴史がガッツリと刻まれている。身長160cm、ずんぐりムックリとして愛嬌がある。タヌキみたいだ。

自主党市議団の団長。




 大きな手をスっと差し出し、小鳥に握手を求めた。温かい落ち着いた手だと思った。次にその背後からヒョイと顔を出したのは人懐っこい笑顔の若手議員。




藤野 建ふじのたける35歳 自主党 金沢市議会議員 当選回数1回

若手の期待される新人議員


清潔感あふれる黒くふわりとした前髪、整えられた襟足。

顔型は健康そうな逆三角形、眉毛は濃く締まりがあり、アーモンド型の二重のはっきりした目、通った鼻筋、程よい膨らみのある唇。

身長185cm、如何にも清廉潔白を絵に描いた、政治家のポスターにありがちな顔。




「名前は、小鳥。高梨小鳥」

「はい」

「小鳥ちゃんって呼んでいい?」

「は、はぁ」



 真面目そうで意外と軽そうだ。



(田辺さんと藤野さんが私の上司)



 小鳥は息を吸い、大きくお辞儀をして精一杯笑顔を作った。



「よろしくお願いいたします!」



 すると2人は腕を組みながら小鳥の爪先から頭の天辺までつつつつと見た。



「セクハラだと思わないでね」

「うむ」


「は、は。」


「小鳥ちゃんって」「高梨くんって」

「男の子みたいだね」「男みたいだなぁ」


「は、はぁ」

(田辺さんはタヌキみたいですが)



 令和5年度の春。自主党市議団はタヌキと、軽いイケメンと、男顔の女性事務職員の3名でスタートした。


ポーン


 金沢市役所新館6階、国主党議員控室のあるフロアだ。電光掲示板に久我今日子の名前にライトが黄色く点灯する。


 エレベーターから降りてきたのは、ゴージャスな巻き髪、白いカッターシャツにエルメスのスカーフ、黒い膝下までのタイトスカート、黒いローヒールのパンプス、腕にはエルメスの黒い皮の鞄、スターバックスブラックコーヒーのラージサイズを手に持った、久我今日子だ。





久我 今日子くがきょうこ 45歳 国主党 金沢市議会議員 当選回数3回

ゴージャスな肘までの栗色の巻き髪。

顔型は面長で色白、眉毛は柔らかなアーチを描き、つけまつ毛が瞬く二重の薄茶の瞳、通った鼻筋、小さくぽってりとした艶やかな唇。

近江隆之介の実姉。





「おはよう、坊や近江隆之介

「おはようございます先生、それはやめて下さい」

「あら、何だか機嫌が良いわね」

「別に、そんな事は無いです」

「口元が緩んでいるわよ」



 近江隆之介は慌てて口元を隠し、久我今日子はそれ見た事かと鼻で笑った。ふと近江隆之介の目が久我の巻き毛に留まる。



「久我先生、歩いて来られたんですか?」

「ええ、広坂通りの桜が綺麗だったから」

「綺麗とか、意外ですね」

「人を何だと思ってるのよ」

「議会の鬼」

「女だからって、ジジィ共に舐められたく無いだけよ」



 そう言葉を掛けつつ久我の巻き髪にハラハラと降った薄ピンクの花弁を数枚、整った指先で摘んでゴミ箱に捨てた。それはまるで抱擁を交わしている様にも見える。



「ありがとう」

「どういたしまして」



 一連の仕草を、廊下を歩いていた事務職員がそのを見てしまい、顔を赤め足早に走り去った。そして新聞紙を配布して歩いていた女性秘書に鼻息も荒く捲し立てる。



「な、長野さん。見ちゃいました!」

「でしょ」

「久我議員と近江さんって」

「付き合ってるみたいなの、一年前くらいから噂されててね」

「ふ、不倫って事ですか?」

「そう」



 慌てふためいた事務職員の背中を見送った久我が呟く。



「良い加減、観念して弟だって公表しちゃえば?」

「身内贔屓びいきと思われたくないだけです」



 近江隆之介はそれに答える事なくスチールデスクの上のiPadを手にすると、久我のスケジュールを読み上げ始めた。



「明日から一泊二日で宇都宮市に視察、朝、8:57の北陸新幹線です」

「”かがやき”でしょうね、途中停車とか勘弁よ」

「大丈夫です」

「グランクラス」

「な、訳ないでしょう。グリーン車です」

「ちっ」



 近江隆之介の口元は自然と緩む。我儘な姉との息苦しい出張から帰って翌日、4月7日の金曜日は、新卒中途採職員と引退する事務職員のだ。あの、エレベーターで一目惚れした彼女も参加する。挨拶も兼ねた自己紹介。



是非ともお近付きになりたい。



 近江隆之介の心は弾んだ。





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