目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
4月3日 月曜日 エレベーター 高梨小鳥

シューっ


 自動ドアが開く。後ろ手に脚を広げて立つ、青い上下の制服。目深に青い帽子を被った警備員に軽く会釈する。



「おはようございます」



 開庁前の庁内は節電の為、電灯も疎で銀行のATMはライトが消え薄暗い。

待ち合わせの場所は金沢市役所新館1階のロビー。少し黒々とした髪の毛に紺のスーツ、白いシャツに黄色いネクタイを締めた議会事務局長の点呼を受ける。



(あれは絶対にカツラだ)

「はい、それでは皆さんネームタグは各会派、事務局で受け取って下さい」

「はい」

「国主党は6階」

「はい!」



 大人数、威勢の良い返事がホールに響く。



「自主党は・・・・あぁ、高梨くんだけだね、君は7階」

「はい」

「議会事務局職員も7階まで上がってください」

「はい」




高梨 小鳥たかなしことり25歳、独身。

彼氏いない歴5年。

ベッドサイドに立て掛けた木枠の姿見に映る黒髪は耳までのショートヘア。

面長でスッと通った鼻筋、切れ長の二重、まつ毛は長く黒く大きな瞳、少しぽってりとした唇・・・然し乍らの男顔。

身長は165cm。


金沢市議会事務局 自主党じしゅとう会派事務職員。この4月に採用されたホヤホヤの新人である。




 議会事務局長がずんぐりとした指でエレベーターのボタンを押す。スルスルと5、4、3、2、1階と黄色いランプが降りて来た。


「さぁ、入って入って」


 新卒中途採用の面々はカツラさんに背中を押されてエレベーターの箱の中にどんどんと詰められた。ぎゅうぎゅうとまではゆかないが、狭苦しい。

 そこへカツカツカツと革靴の踵を鳴らして閉まりかけたエレベーターの扉に一人の男性が滑り込んだ。



「おっ、と。すみません。おはようございます」



 市役所職員に挨拶をした彼はグイグイと中に入り、黒いスーツのポケットからネームタグを取り出し首に掛けた。臙脂の渋い赤茶のネクタイが似合っている。指先が整っていてそれが印象的だった。



(ちょっと、怖そうかも)



 そう感じつつも小鳥は横目でチラチラと彼の面差しを見上げた。身長は・・・高い180cm、もう少しあるかな。髪の色は黒、緩くパーマが掛かった軽めのツーブロック、市役所職員でもツーブロックってアリなんだ。顔は面長、眉毛はスッと真横に、奥二重で小鼻は小さく薄い唇。



(カッコいいなぁ、これぞだわ)



 2階、3階、4階と降りる気配が無い。



(この上まで行くのかな、議会事務局の職員さんかな)



 6階、ここは金沢市議会議員与党の議員控室。その人が少しソワソワし出した。黒い革靴が扉の方へと移動する。



「あ、降ります」

(ふぅん、国主党の・・・襟元に赤いバッジは、無い。秘書さんかな)



 小鳥の目は黒いスーツの背中を追った。それが何故だか分からない、引き寄せられる様にその後ろ姿を目で追う。彼の足がピタッと止まり、急にエレベーターの扉に向かって振り向いた。半分まで閉まり掛けたグレーの扉。

濃紺のカーペット。背の高い観葉植物。彼の少し驚いたような目が小鳥の黒い瞳と交差し、その瞬間、小鳥は心臓を鷲掴みにされた様な錯覚に陥った。ドクンドクンと脈打つこめかみ。



(・・・・え、と。何だ、これ)



ポーン



 7階でエレベーターの扉が開く、他の職員の肩にぶつかりながら高梨小鳥はその場から動けずに居た。



「高梨くん、扉、閉まっちゃうよ!」



 カツラさんの声で我に返った。あの人は、誰なんだろう、名前は、どの議員さんの秘書さんなんだろう。



キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン



 そしてエレベーターホールに始業開始のチャイムが鳴った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?