キッ!
近江隆之介は金沢市役所庁舎裏の自転車置き場の定位置に自転車を停めると、サドルをぽん!とひと叩きして階段を駆け上がった。開庁前の庁内は節電の為に電灯も疎で、北國銀行のシャッターは開く気配も無く薄暗い。
議員出勤の電光掲示板、
(姉貴、珍しくはえぇな。やる気満々じゃん)
ヒョロリとした体格だが胸板は厚く、臀部や太腿、脹脛はキュッと引き締まっている。身長は185cm、髪の色は黒、緩くパーマが掛かった軽めのツーブロック。顔は面長、眉毛はスッと真横に、奥二重で小鼻は小さく薄い唇、面差しはどちらかと言えば冷たい印象だ。
金沢市議会議員
近江隆之介は久我議員の実弟だが敢えて公にはしていない。
カツカツカツと黒い革靴の踵を鳴らし、向かって右側のエレベーター、閉まりかけた扉に滑り込んだ。
「おっ、と。すみません。おはようございます」
市役所職員に挨拶をし、一番奥に場所を取った。黒いスーツのポケットからネームタグを取り出し首に掛け、何気なく右横を向くと、新卒中途採用職員の群れの中に
ノーフレームの眼鏡を掛けた切れ長の目。
長いまつ毛。
少し膨らみのある唇。
ショートヘアーの綺麗な頸。
(・・・うっわ。まつ毛長ぇなぁ)
それは
(こりゃあ、女性職員が喜ぶわ)
その彼は2階、3階、4階と降りる気配が無かった。
(議会事務局職員?)
エレベーターの
(え、何、こいつ女!?)
その横顔は男性そのもので全身を見遣るまで女性だとは予想もしなかった。
ポーン
6階、ここは金沢市議会議員(与党)の議員控室がある、此処で俺は降りる。彼女が降りる気配は無く、エレベーターの味気ない床に目線を落としている。上階、7階に向かうという事は、議会事務局職員か(野党)の事務職員といったところか。
「あ、降ります」
黒い革靴が足を一歩踏み出す。エレベーターを降りた途端、其処から立ち去る事が名残惜しくなり、つい背後を振り返ってしまった。扉が閉まり掛けたその瞬間、
(・・・・綺麗、だ)
彼は騒めくエレベーターホールのど真ん中で思わずそんな事を口走りそうになり、慌てて口を噤んだ。
もしクソ我儘な
もし庁舎内で何気なくすれ違ってもこの衝撃的な感情が芽生えたかどうか分からない。近江隆之介は
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
始業開始のチャイムが鳴った。