「えー、うちのクラスの文化祭ですが、この間のHRで喫茶店をやるところまでは決めました」
実行委員のユイが生真面目に報告している。
文化祭には男子が来るんでしょ、と勇んで実行委員に立候補したユイだったが、あまりにもまとまらないクラスに多少いら立っているようにも見えた。
みんなも一応は黙って聞いているが、どうしてもだらけた空気が漂ってしまう。
「で、今日はなに決めんのー?」
なんだかんだでサナエは面倒見がいい。ユイが仕切るのに困ったり、教室中がざわつき始めたときに、茶々を入れてHRを正しい方向に進ませるのだ。
「喫茶店のコンセプトです」
ユイは黒板にコンセプトと記しながら続けた。
「購買のジュースを紙コップで配るだけでは……と、先生から却下されました」
なるほど、確かにそりゃそうだ。とはいえ、喫茶店のコンセプトってなんだろ?文化祭なんだし大げさに考えなくてもいい気もするけど。
「ノリコ、真面目に聞いてやんなよ、ユイ可哀そうじゃん」
隣の席のサナエが肩をつついてくる。
「わかったわかった」
私はちょっとだけ姿勢を正した。
「あー、わかった。メイド喫茶とか?」
アオイが声を上げる。メイド喫茶……確かにあのひらひらは一度着てみたい。教室中にえーやだーとか、いいじゃん。とかのざわめきが広がる。
「いーねー、猫耳とかもつけようよ!」
サナエがそう言った途端、ユイが教卓を叩いた。バシィッ!というその音に教室が一瞬静まり返る。
「え、あたし……悪いこと言った?」
ユイがキッとサナエを睨みつける。その眼光は鋭い。もう一度バシィッ!と教卓を叩く音に、教室中が怯んだ。
「だから、ダメなんです!猫耳みたいな安直な手段で男子は化かせません!」
「い、いや、化かすとかじゃねーし……」
「化かすんです!みんなで一時の夢を見せるんです!そのために文化祭があるんじゃないんですか!」
おいおい……ユイ、何を言ってるんだ。化かすってなんだ化かすって。
女子高は女の園と世の男子は言うけれど、異性の目がないというのは気が楽だ。
神道系の流れを汲んでいる大学の付属高校ではあるけど、神道の授業が特にあるわけでもない。裏庭に小さな社があるくらいの、ごく普通の女子高だ。
「ノリコ……今日のユイおかしくね?」
小声で聞いてくるサナエに私は応えた。
「うん、おかしい」
確かに今日のユイはいつもつるんでるユイじゃない。なんでかわかんないけど圧が強い。心なしか目もいつもより見開いているような気もする。
教室は静まり返ったままだ。ユイは黒板のコンセプトと書かれた横に書き記した。
神社と記された文字と鳥居の記号。そしてキツネの絵。妙に上手なイラストだ。
「いいですか、喫茶店のコンセプトは神社です!」
教室中に?マークが漂っている。私もサナエもアオイも。いや、全員が?マークを3つくらい頭の上に浮かべていた。
「まず、教室は神社!そこに男子が身を清めにやってくる。それがコンセプトになるんです!」
ユイの熱弁は止まらない。
「まず、私たちも禊として、きちんと塩で身を清めます。さらには、祟りのないよう、裏庭にある社に奉納をいたします」
「本格的なのね……」
アオイが呟く。その声にユイは大きく頷く。
「やるからには、徹底的にやります!緋袴に白衣は絶対に外せません!接客担当には全員着ていただきます!」
ええーっ、と教室がどよめく。確かに凛とはするし格好もいいけど……。
「その上で皆さんにはこれをつけてもらいます」
ユイは黒板に三角形の耳のついたカチューシャと、なんだかふわふわしたものを取り出した。またもや教室中に?マークが漂い始めた。
「それなに?」
アオイが問うがその声はさっきよりトーンダウンしていた。
「キツネ耳にしっぽです!」
き、キツネ耳ぃ?猫がダメでキツネがOKなのはどういうこと?
「喫茶店で提供するのは、お赤飯の入った稲荷寿司とお茶に決まっておろう!」
随分と渋いチョイス。しかも購買には売ってないわけで自分たちで作らないといけない。
教室には、えーやだー、とか、めんどくさいー、とかの声が広がりかける。
バシィッ!と響く教卓を叩く音。
「狐に小豆飯!狐に稲荷寿司!今の
サナエが大きい声で言い返す。
「そんなのわかんねーし!」
ユイはサナエの声を気にせずに続ける。
教卓をバシバシ叩きながら稲荷信仰を滔々と話し始めたユイには、教室の全員がついていけてなかった。教卓ぶっ壊れるんじゃない?
サナエが小声で話しかけてくる。
「ねえ、ノリコ。今日のユイぜってーおかしいよ」
「なんかさぁ、迫力あるよね。キツネキツネってさ」
サナエが頷く。
「なんかさ、ユイに憑りついてるんじゃね」
「それ、本気で言ってんの?」
「いや、テキトーだけど」
なんだそりゃ。とはいえ、サナエの言うことにも一理ある。
いくらなんでも、真面目なユイがここまでおかしなことを言うのには、何か理由がなきゃおかしい。
「それしかないっしょ、マジで」
「でもさ、キツネ憑きって見破れるもんなの?」
「わかんね、ノリコ調べてよ」
私は机の中のスマホを膝の上に出し、ユイに見つからないよう手早く検索する。あ、結構ヒットしたわ。
検索結果をサナエに見せた。キツネを見破る方法ってのが世の中にはあるらしい……が、その方法はかなり抵抗があるものだった。
「匂いそうじゃん、やだよ」
サナエが言う。私だっていやだ。
「一緒にやるしかないでしょ」
「しゃーないか」
私とサナエはちょっと指先を舐めて、その指を眉に擦り付けた。
「これ、効くんだ……」
ユイの肩には小さいキツネが一匹ちょこんと座って、私たち相手に熱弁をふるい続けていた。
「さらに、接客をしない
教室がまたもやざわめき始める。
「いいか、
「ユイ、ちょっとストップ!」
私は叫んだ。キツネは演説を止めて私のほうを見た。確かにキツネと目が合った。
「そなた……
間違いない、キツネは私とサナエに気が付いてる。
「ちょ、みんな……ホント騙されたと思って、眉につばつけてみて!キツネがいるから!」
サナエが教室中に響き渡る声で叫ぶ。
みんなが疑わしい目で私やサナエを見てくる。だけど、そのうちに教室には次のような声が満ちていった。ホントだ、うそでしょ、キツネだ……とかとか。
「はら、もう見えてんだから。ユイから降りなって!みんな、そのキツネ捕まえて!」
サナエが教卓に向かってダッシュする。
私も、教室のみんなもそれに続いた。戸惑っていたキツネはユイから飛び降りたものの、もう遅かった。私たちに囲まれて逃げようにも逃げ場はなかったのだ。
「HRめちゃくちゃにして、どういうつもりなの?」
ユイがキツネに激しく詰め寄る。
事の経緯を説明したら、ユイは烈火のごとく怒った。憑りつかれていたんだからそれもそうだ。
「私たちもいっしょに騙されるとこだったじゃん」
「そうよそうよ」
教室中から詰問攻めにされたキツネは、しょげた声で言った。
「そこの娘がいかんのじゃ……祭りにて
えっと、それってどういうこと?
みんなの目がユイに向く。
「ちょ、私、そんなこと思ってないってば」
「社に行ったには行ったのね?」
私の問いにユイは頷いた。
「だって、いいアイディアも出ないし、クラスはまとまんないからさ……そりゃお祈りもしたくなるじゃない!まぁ……文化祭で男子来るから、ちょっと弾けてもいいかなっては思ってたけどさ……」
ユイが弁解がましく言う。なるほどねぇ。
「そもそも、
キツネも弁解を続ける。確かに私たちも男子にちやほやされはしたいけど、ちょっと違う。
「あたし等、別に男子化かしたいわけじゃねーから」
サナエも呆れたようにつぶやくが、思い当たる節がないわけではないのだろう。若干半笑いだった。
「でもさ、神社カフェ面白そうじゃない?」
アオイが言う。何を言い出すんだ。
「え? マジでやんの?」
「ほら、文化祭だし。他のクラスも弾けるだろうから、私たちも目立つことやんないと」
ああ、そうか。メイドカフェって言い出したのもアオイだった。
「私たちにはキツネが憑いてるんだよ。マジで神社っぽく出来るかなって」
いや、憑くってそういうことじゃないだろ。
「それにさー、なんかコイツ可哀そうじゃん。ユイに勝手に祈られて憑いてきたら、私たちに囲まれてるんだしさ」
ちょっと待ってよ、私たちも一緒に化かされるところだったんだよ?
教室中がガヤガヤとし始めた。これは原因を作った本人に聞いてみるしかない。
「ユイはどうなのさ」
「私……やってみたい。だって男子が来るじゃん!年に1回くらいの出会いのチャンスだよ?みんなはどうなの?」
一瞬の沈黙。
よほどの例外を除けばだけど、やっぱり男子との出会いのチャンスは逃したくはない。女子と生まれた以上は、男子には幻想をもって接してもらいたい。そのうえでちやほやされたいという下心も無くはない。
言ってしまえば、化かしてみたい気持ちがないわけではない。
「よし、やるか」
サナエが言った。じゃあ、やろうか、やろうやろうとみんなが言い出す。
「おお、やってくれるか」
キツネがサナエの肩に飛び乗る。
「キツネのためにやるわけじゃねーから!あたし等が主役だからね」
「それでよいのじゃ、
キツネは嬉しそうにコンと鳴き、とんぼ返りをして見せた。
「じゃあさ、真面目に何やるか決めないと!」
ユイが今一度黒板の前に立つ。
「あのさ、巫女さんがシャンシャンってやる奴、あれやってみたい」
「おお、神楽舞か。祝詞からなにから全て伝授してやろうぞ」
おいキツネ、なんでお前までノリノリなんだ。私は頭がクラクラしてきた。
「あとさ、チェキとか売るのはどう?」
「フリードリンクにして、入場料とれないかな?」
「売り上げは、神社にまとめて奉納しようか」
様々な案が教室から飛んでくる。ユイはそのアイディアを逐一黒板に書き留めていった。
文化祭当日。
私たちのクラスの喫茶店「ふぉっくすてーる」は大盛況。
「お清めの儀式を終えられた氏子様、こちらへどうぞ」
巫女装束に身を包んだアオイが、入口で塩を振りかける仕草とともに男子を案内していく。
「おお、このお神籤、可愛いじゃん!」
「ほれ見てみぃ。
キツネが得意げに髭をピンと張る。
神楽舞を披露するユイの周りには、男子の輪ができていた。
みんな巫女装束で飛び回り、稲荷寿司は飛ぶように売れ、お神籤は生産が間に合わず、追加でみんなが書きまくり、神楽舞を受けようとする男子は後を絶たず、
文化祭でダントツの売り上げを誇り、プロデューサーのキツネも「
忙しさの合間のわずかな休憩時間に、私とサナエはキツネを呼び止めた。
キツネはサナエの肩に飛び乗った。
「ねぇ、ユイが男子と仲良くなりたいってのにつけこんだのはわかるんだけど……喫茶店なんかにしなくてもよかったんじゃね?」
「なんじゃ、今それを蒸し返すか」
キツネはちょっと考え込んでから言った。
「ほれ、今のおぬしらの世界。
「どーいうこと?」
サナエが問う。
「『コン』セプトカフェというのじゃろ、こういうのは」
あー……なるほど。そういうことか。
「調子に乗んな、ばーか」
サナエがキツネを小突いた。キツネはコンと一声鳴いてそれに応じた。