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「ジェネリックママ」
渋谷獏
ホラー都市伝説
2024年10月26日
公開日
3,401文字
完結
主人公のママは、節約のためにジェネリック医薬品を選び、その効果を実感。
その後、ジェネリックの「夫」や「子ども」も提供され、同じ効果で生活費が安くなることから迷わず交換していく話。

「ジェネリックママ」

 医者にもらった処方箋を持って薬局へ行くと、

「こちらの薬だと、ジェネリック医薬品がお得ですよ!」

 と言われた。

「ジェネリック?」

 知らない言葉ではなかったけれど、本物のお薬のコピー品のようなもの……ぐらいに、漠然と理解していた。

 禿げ上がった頭の薬剤師は、愛想の良い笑顔をふりまきながら話を続けた。

「いえいえ、奥さま、ジェネリックというのは怪しいものじゃありません。中身はほぼ同じ成分です。で、薬の効き目はほぼ同じなのに、価格はぐっ﹅﹅とお安くなるんですよ!」

 確かに提示された金額は、正規のお薬の約三分の一だった。

「…………」

「世の人々には、安い薬を手に入れる権利が認められておるのです。迷う必要はありませんよ!」

 なるほど。

 今月はいろいろと出費がかさんで、家計が苦しかった。

 効果がほぼ同じで、一円でも節約できるのなら答えは決まっている。

 わたしは迷うことなくジェネリックにした。


 それから数日が経ち、わたしの体調もすっかり良くなった。

 薬剤師の男が言ったように、ジェネリックの薬でもちゃんと効果があったのだ。

「おーいママ、ビール、もう一本くれ!」

「アル中のパパに、三本目のビールをあげて」

「はーい!」

 わたしは、嫌味を言いながら冷蔵庫から缶ビールを取り出し、小学生の息子に持って行かせた。

「仕事で疲れてるんだから、休みの日の酒ぐらいケチケチするなよ」

「…………」

 酒代だけではない。

 毎日のお昼だってお弁当にして欲しいのに、会社での付き合いもあるからと、お昼代を渡していたし、それ以外に毎月のお小遣いだって夫に渡していたのだ。

 わたしには、ささやかな夢があった。

 一軒家、とまでは言わない。

 家族で暮らせるマンションを購入することだ。

 しかし、夫の安月給じゃ、マンションなんて夢のまた夢。わたしもパートタイムで働いて、毎月少しづつでも貯金にまわしてはいたが、隣でこんなにムダ遣いばかりされては、頭金を貯める頃にはおばあちゃんになってしまうわ。


 そんなことを考えながら、晩ごはんを買いに、近くのスーパーまで出かけていると、この間の薬局の壁に、不思議な張り紙がしてあるのが目に入った。


  〔ジェネリックパパ、はじめました。〕


「ジェネリック……、パパ?」

 一体、どういう意味なのだろう?

 わたしは興味に駆られ、ドアを開けて中に入った。

 店内は薄暗く、禿げ上がった頭の薬剤師の姿はなかった。

「すみませーん」

 と声をかけると、奥の部屋から薬剤師の男が現れた。

「いらっしゃいませ、奥さま!」

 あれっ?

 この間、見た人に間違いないと思うけど……、なんだか、少し背が高くなった気がするわね。

「あのー、表に貼ってあるジェネリックパパって、何でしょうか?」

 薬剤師の男は、以前と同じように饒舌に話し始めた。

「いやぁ、奥さま、お目が高い! ま、簡単に言ってしまえば、現在のパパ、つまり奥さまの旦那さまを、ジェネリックと交換できるって寸法です。怪しいものじゃありません。中身はほぼ同じ人間です。で、生涯に稼いでくれるお金もほぼ同じなのに、酒代やお小遣いはぐっ﹅﹅とお安くなるんですよ!」

 確かに提示された金額は、今の夫の約三分の一だった。

「…………」

「世のママには、安い維持費で済むパパを手にいれる権利が認められておるんです。迷う必要はありませんよ!」

 なるほど。

 今の夫に、ものすごく不満があるわけではなかったが、マンションを買う夢を考えると、ちょっと燃費が悪いのは間違いない。

 収入がほぼ同じで、一円でも節約できるのなら答えは決まっている。

 わたしは迷うことなくジェネリックにした。


 薬局を出て家に帰ると、そこにはゴルフの中継番組を観ながらビールを飲む、見慣れた男の姿があった。

 いや……、ほぼ同じように見えるが、前の夫とは、どこか少し違う。

 以前より少しガタイがよくなった気がした。

 右ほほにあったホクロの位置がわずかにズレている。

 すでにジェネリックパパと、入れ替わっているのだろう。


 その後、薬剤師の男が言ったように、新しい夫は以前の三分の一しか酒を飲まず、以前の三分の一しか小遣いがかからなくなった。

 夫のムダ遣いが減ったぶん、以前より貯金のペースは上がったのだが……。

「ママー、おかわりちょーだいっ!」

「もうこれで、三杯目よー」

 わたしは電気釜からご飯をよそいで、小学生の息子に渡した。

 育ち盛りだから、食費もバカにならないわね。

 いや、食費だけではない。

 学校の授業では成績の維持は難しく、塾にも通わせている。ゲームやらお菓子やらのおねだりで、一カ月にかかるお金はいまや夫より上だ。まだ小学生だからいいものの、これから中学、高校、大学となればどんどんお金がかかるに違いない。

 よくよく考えてみれば、マンションの購入なんて夢のまた夢なのかも。


 そんなことを考えながら、パートタイムの職場に向かっていると、この間の薬局の壁に、またしても不思議な張り紙がしてあるのが目に入った。


  〔ジェネリックチャイルド、はじめました。〕


「ジェネリック……、チャイルド?」

 わたしは意を決して、薬局のドアを開けた。

 薄暗い店内には、この間の禿げ上がった頭の薬剤師が立っていた。

「いらっしゃいませ、奥さま!」

「あ、あの、表に貼ってあるジェネリックチャイルドって、もしかして?」

 薬剤師の男は、目をぎょろつかせて嬉しそうに話し始めた。

「いやいや、奥さま、大変お目が高い! ご想像通り現在の子ども、つまり奥さまの大切なご子息を、ジェネリックの子どもと交換できるって寸法です。怪しいものじゃありません。中身はほぼ同じ人間です。で、進学する大学や、就職する会社もほぼ同じなのに、塾代やお小遣いはぐっ﹅﹅とお安くなるんですよ!」

 確かに提示された金額は、今の息子の約三分の一だった。

「…………」

「世のママには、安い維持費で済む子どもを手にいれる権利が認められておるんです。迷う必要はありませんよ!」

 なるほど。

 今の息子は可愛いが、確かにお金がかかりすぎる気がしないでもない。マンションを買う夢を叶えるには、もう少し燃費が良くないと。

 大学も就職する会社もほぼ同じで、一円でも節約できるのなら答えは決まっている。

 わたしは迷うことなくジェネリックにした。


 仕事が終わり家に帰ると、そこにはテレビに向かってゲームをしている、見慣れた子どもの姿があった。

 いや……、ほぼ同じに見えるけど、やはり前の息子とは、何かが違う。

 以前より少しだけ足が長い。

 少しだけ目が離れたような気がする。

 ほんのわずかな違い。

 すでにジェネリックチャイルドに、入れ替わっているのだろう。


 その後、薬剤師の男が言ったように、新しい息子は以前の三分の一しかご飯を食べず、以前の三分の一しか小遣いがかからなくなった。

 ああ、なんて素晴らしいことでしょう!

 ジェネリックパパ!

 ジェネリックチャイルド!

 ジェネリックに交換してから、貯金がどんどん貯まるわ!

 このペースなら、マンションの購入も夢じゃない!

「ジェネリック万歳っ!」

 わたしは、この選択がいかに正しかったかを実感した。


 あれから数カ月がすぎ、例の薬局を通りかかると、再び不思議な張り紙がしてあるのが目に入った。


  〔ジェネリックママ、はじめました。〕


「ジェネリック……、ママ?」

 わたしは、吸い寄せられるように店のドアに近づき、中に入った。

 薄暗い店内には、禿げ上がった頭の薬剤師が待ち構えるように立っていた。

「いらっしゃいませ、奥さま!」

「あの、あの、あの、表に貼ってあるジェネリックママって、やっぱり?」

 薬剤師の男は、悪魔のような笑みを浮かべて話し始めた。

「アハアハアハ、奥さまは本当にお目が高い。現在のママ、つまりあなたさまをジェネリックと交換できるって寸法です。怪しいものじゃありません。中身はほぼ同じ人間です。で、家事洗濯の能力もほぼ同じなのに、ママ友とのお茶代も化粧代もぐっ﹅﹅とお安くなるんですよ!」

 確かに提示された金額は、今のわたしの約三分の一だった。

「…………」

「世のママには、安い維持費で済む自分を手にいれる権利が認められておるんです。迷う必要はありませんよ!」

 なるほど。

 確かに夫も息子もジェネリックに変えた今、一番ムダ遣いをしてるのは、わたしなのだ。マンションを買う夢を叶えるには、もっと燃費を良くしないと。

 一円でも節約できるのなら答えは決まっている。

 わたしは迷うことなくジェネリックにした。

 その瞬間、ちょっぴり世界が揺れたような気がした──。


(了)

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