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第100話 酒宴

 「じゃあ、日没都市からの生還前日を祝って、カンパ〜イ!」


 つみれがジョッキを掲げる。シャウナやオーキッドも、無邪気にグラスを掲げている。こいつらは、つみれが酔っ払ったら面倒なヤツになることをまだ知らない。


 「エンツォ、つみれが酔っ払ったら、お前がなんとかしてくれよ」


 「俺が?なんで?」


 耳打ちが終わらないうちに、ものすごい勢いで既に一杯目を飲み干している。


 「俺は今、こんな体だから、つみれを担いだりできないんだよ」


 ああ、わかったぞと言わんばかりにエンツォは手を打ち鳴らすと「じゃあ、あそこにいるデカいのに担いでもらおう!」とオーキッドを指差した。違う。俺たちの親分だろう。別のパーティーの手をわずらわせるんじゃない。


 マリシャは早くもつみれのそばに行って、何か話し込んでいる。魔法使いの大先輩ということで、興味津々だった。庭園を修復している時も、ずっと後をついて回っていた。つみれはあんな性格だから、かわいい妹分ができて喜んでいた。手取り足取り教えて、2人はあっという間に仲良くなった。


 シャウナがエンツォの隣にやってきた。


 「センパイ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


 「なんだ!苦しゅうないッ!」


 声が大きい。この2人も守護者同士ということで、すぐに意気投合した。魔族にも魔法にも精通したエンツォは、シャウナにとって〝なりたい自分〟をリアルに体現している先輩で、聞きたいことがいっぱいあるみたいだった。エンツォは基本的に教えたがりなので、自分の話を目を輝かせて聞いてくれるシャウナは大歓迎だ。だが、うるさくて仕方がない。


 俺は一番、静かに食事ができそうなアルアラムの隣に行った。酔っぱらいだらけになった場合、アイシャはアテにできない。無心に肉にかぶりついているパインも心もとない。メチャクチャになったらオーキッドがなんとかしてくれるだろう。


 そんなことを考えながら、俺は大皿から蒸した魚に甘辛いソースをかけた料理を取りわけた。隣のアルアラムを見るとフルーツジュースを少し飲んだだけで、食事に手をつけていない。


 「腹、減ってないのか」


 放っといてもいいのだけど、パインはオーキッドとしゃべっているし、一人ぼっちにしておくのもどうかと思って声をかけた。


 「ああ、うん…」


 アルアラムはチラッとこっちを見て、空の皿にまた目を落とした。


 王子様は今回の旅で、何を思っただろう。キサナドゥーにいたときは、ただの雇い主くらいにしか思っていなかった。お上品な若者だなという程度の印象で、大して関わり合いになることはないだろうと思っていた。一緒にいたら金に困らないだろうと思って連れてきたけど、役に立ったのは途中までで、サラマンドル以降は働きどころがなかった。


 戦闘員としても存在感は薄かったし、不甲斐なさを感じているのかもしれない。そういう気持ちならば、わからなくもない。俺も感じたことがあるから。


 アルアラムは見た目は半端ではない美形だが、中身はよくも悪くも普通の若者だ。王子様なのでそこらの連中よりは品と学があるけど、特別に聡明だとか、リーダーの資質があるとか、そういうことはない。少なくとも俺は感じたことがない。普通に悩みそうなことで悩んでいるし、くよくよしやすい性格でもある。だから、たぶんそんな気持ちになっているんじゃないかと思った。


 ここの魚の蒸し物は美味い。淡白な白身ながら脂も乗っていて、ソースと絡めるとたまらない。しっかり食べないと体は回復しないし、これからヒイロの生まれ変わりを探しに行かないといけないのだから、早く体力を取り戻したかった。


 「トウマはいいよね。あんなに強いんだから」


 不意にアルアラムが言った。何を言っているんだ。強くても人生はうまくいかないぞ。実際、お前は強くないけど、王子様に生まれて、家臣に慕われて、いい人生を送っているじゃないか。


 「強くても嫁は死んだし、子供はどこかに行ってしまった」


 あまり重くならないように言ったつもりだったけど、口にしてみると思った以上に自分自身にダメージがあった。


 「僕、今回の旅で全然、役に立てなかった」


 アルアラムは、指でテーブルの上を所在なげに触りながら言った。


 「そんなことはない。お前がいたおかげでいい馬車に乗れたし、サラマンドルではアルバースにも会えた。パインも守ってやったと聞いたぞ。十分だろう。それに、これからキサナドゥーに帰るんだ。そこでもうひと働きすればいいじゃないか」


 魚料理は他の連中も気に入ったのか、あっという間に皿から消えた。もう一皿食べたい。というか一皿全部、一人で食べたい。


 「僕もトウマみたいになれるかな?」


 何か勘違いしているようだ。俺は神武官出身の兵隊だし、お前は生まれながらの王子様なんだ。それを比較することに何か意味があるか?最初から立っている場所が違うのだ。アルアラムはもっと違う理想像を目指した方がいい。


 「お前、強くなるのはいいことだと思っているのか?強くても幸せにはなれないぞ」


 そう言いながら、魚料理のおかわりをもらおうと、ウエイターを探した。


 と突然、つみれがやってきた。もういい感じに酔っ払っているみたいで目が座り気味だ。


 「トウマは幸せやないんか?」


 ややこしくなりそうなところだけ切り取るんじゃない。


 「まあ、これまでは…な」


 「ちゃんと飲んどるんか?」


 「このけがで酒はないだろう」


 「百薬の長やぞ!」


 つみれは手にしていたジョッキを俺に押し付けた。飲めないのは知っているだろう。誰かこの酔っぱらいを連れて行ってくれ。あっちでマリシャがニヤニヤしている。笑ってないで助けてくれ。



 翌朝、エントを連れたシャナと合流して出発した。シェイドが城門まで見送りにきてくれた。


 「じゃあまたね、シェイド」


 シャナが手を振ると、シェイドは「いつでも遊びに来いよ。エント抜きで」と真顔で言った。確実に世界の果てでみずほと会えるのなら、また来るかもな。でも、ヒイロの生まれ変わりを探し出すと約束したから、こんな遠いところまでしょっちゅう来るわけにもいかない。


 川を渡って、対岸に立つ。


 「誰が合図する? てゆうかヒイロがいないけど、ちゃんと通り抜けられるかな?」


 シャウナが周囲を確認している。


 「信じるのよ。あると信じないと通り抜けられないわ」


 シャナが返事をした。空間に手を伸ばしていたマリシャが、くるりと振り向いた。


 「ちょっと待ってて。わかりやすくするから。少し下がってて」


 俺たちが川岸まで下がったのを見届けると、スーッと指先で空中をなぞった。細い炎が吹き出して、横長の炎の城門が浮かび上がった。


 「ほう、こんなことができるのか!」


 エンツォが驚いている。


 「これで扉が〝見える〟でしょ? 行きましょ!」


 一人ずつ出て行っても構わないのだが、またなんとなくみんなで一列になって、シャウナの「せーの」という掛け声で一歩、踏み出した。



 目がくらむような明るさに、思わず顔をしかめる。日没都市の薄曇りの空ではなく、アッシュールの真っ青な空が広がっていた。谷の上からマルコとベルナルドが駆け降りて来た。すごい勢いだ。走っているというより転がり落ちているといった方がいいかもしれない。


 「親分!」


 珍しい。ベルナルドがしゃべっているのを、ものすごく久しぶりに見たぞ。


 「ベル!マルコ!」


 つみれも駆け出す。ベルナルドに飛びついて強く抱き合った。マルコも追いついてくる。


 「ああ、よかった。もう1週間も姿が見えなかったから、あっちで何かあったんじゃないかと心配していたんっスよ」


 マルコは走って乱れた上着を、ズボンに押し込みながら言った。


 「ごめんな、心配かけて」


 つみれはベルナルドから飛び降りて、マルコとも抱き合った。


 「必ず帰ってくると信じてたっスから」


 「当たり前やんか」


 エンツォとアイシャに支えてもらって俺もその輪に加わった。「ボロボロじゃないか」とマルコ。


 「でも、まだ死んでない」


 「帰ってきたばっかりで何やけど、トウマとはこれからまたしばらくお別れや」


 つみれが言った。俺は日没都市でみずほと会ったこと、ヒイロが転生して、生まれ変わりを探しに行くことになったことを簡単に説明した。


 「休む間もないな」


 マルコが呆れたように言う。


 「生まれ変わりと簡単に言うが!どこで生まれ変わったのか!誰に生まれ変わったのか!全くわからない!そこはどうするんだッ!」


 エンツォの疑問はごもっともだ。昨晩もその話をした。だけど、たぶん会えばわかると思う。抱き上げれば、わかると思う。ヒイロに初めて会って抱き上げた時、あの時の赤ん坊だとすぐにわかった。それと同じだ。大陸中を巡って、子供を抱き上げてこようと思う。


 「いやあ、わかんない」


 俺は苦笑いしながら頭をかいた。


 「でも、きっと会えると信じている。きっとまた会えると、信じているんだ」


 青薔薇の仲間を見回すと、アイシャも含めて、みんなうなずいていた。


 「そうやな。ウチらも信じてる」


 つみれはそう言って、俺を抱きしめた。

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