こうして俺はキサナドゥーに戻って、アルアラムの衛兵になった。金を貯めている時にマリシャの一件があったというわけだ。長くなったけど、これでおしまい。どうだ、よくわかっただろ?何、わからない?
どうしてマリシャ救出にそんなに必死になったのかって?
いや…。わからないかな?子供には難しいのかな。
キサナドゥーに向かう馬車の中で、ずっと考えていたんだ。俺は自分勝手に生きてきて、いろいろな人に迷惑をかけてきた。命も奪ってしまった。認めてほしい一心でリュウを傷つけ、ゴンズやナズナが死ぬ原因を作ってしまい、自らの手でゼンジを殺してしまった。みずほも不注意で死なせてしまった。
まるで疫病神だ。
全て、自分が大事、自分を認めてほしいという気持ちが先走ってしまったせいだ。青薔薇の連中は、幸いなことに誰も死ななかった。これをきっかけに、生き方を変えないとダメだ。認めてほしいとか、そういう自分勝手な思いは引っ込めて、見返りを求めずに尽くしていこうと決めたんだ。
そう心に決めてキサナドゥーで生活し始めて、マリシャに出会った。初めて会った時にはびっくりした。みずほに本当によく似ていたから。髪と肌の色が違うけど、それを除けば会ったばかりの頃のみずほにそっくりだった。生まれ変わりかと思って、それを確認したくて話しかけた。
違った。まあ、期待していたのとは、いろいろ違ったよ。
みずほはパッと花が咲いたみたいに笑うけど、マリシャはニカッといたずらっ子みたいに笑う。みずほは照れ屋さんで臆病だったけど、マリシャは引っ込み思案なだけで実は好奇心旺盛で興味のあることには一目散だ。随分と違うなと思いながらも、みずほにそっくりなので放っておけなかった。若いのに遠い南方から一人でやって来ていたし、俺もここでは異国の人間なので、余所者同士で何か力になってやりたかった。
えっ、恋愛感情はあったのかって?
…?
それ、どういう質問?誰か言ってたの?あるように見えたのか?
いや、ない。なんていうか、つみれや雫を見ている感情に近い。年の離れた妹という感じだ。みずほがあんなことになったので絶対、この子は守ってやらないといけないとは思っていた。
マリシャと出会ってから、毎晩のように考えた。日没都市を探しに一日も早く出発したいけど、あの子を放っておいて行っていいのか?俺が目を離した途端、また何か起きるかもしれないのではないか?金は着実に貯まっていたけど、なかなか出発する踏ん切りがつかなかった。
マリシャが帰省することになったとき、俺はアルアラムに同行を志願した。みずほみたいに目を離した隙に取り返しのつかないことになるのは、二度とごめんだった。あんなことになって大変な思いをしたけど、結果的に日没都市にも行けたし、みずほにももう一度会えたし、青薔薇の連中にも再会できたので、振り返ってみればよかったと思っている。
もういいか?
まだダメ?死者の国から帰ってきた後、どうなったのか知りたい?
もういいだろう。今、みんながどうしているのかを見たら大体、想像はつくだろ。ああ、わかったよ。わかった、わかった。話すから静かにしろ。
死者の国から戻ってきたら、体中が痛くてまた気を失いそうになった。
「あかん、意識がまたどっか行ってしまう」
つみれが俺の口に何か入れた。たぶん飴だ。つみれはいろいろな魔力を込めた飴を持ち歩いている。痛み止め、化膿止め、眠気止め、尿意を止めるってのもある。素直に気絶させてくれと思ったが、させてくれなかった。しばらく激痛で気が狂いそうだった。シェイドは不意に、つみれの手から万物の源を取り上げた。
「あっ」
飛びついて取り戻そうとする。腕を伸ばして、それを避けた。
「返さんかい!」
チビの癖に向こうっ気は強い。シェイドは魔法を月にかざして見つめると「本来はわれわれ魔族のものだ」とつぶやいた。
「私たちが発見したものよ」
アイシャの静止モードが解けたみたいだ。シェイドはアイシャを見つめて「この世に無限というものがあるのは不自然だ」と言った。
「生命が有限である以上、この世の全ては有限であるべきだ。この大陸も、あの海も、いつか消えてなくなる。無限という概念は、この世界のバランスを崩す」
何か難しい話をしているが、そんなことよりも誰かもっと痛み止めをくれないか。あと、体勢を変えてくれ。背中が割れそうに痛い。
「命は新しい命を生み出して繋がっていくものよ。一概に有限とは言えないのではないのかしら?」
また万物の源を月にかざしていたシェイドは、再びアイシャを見た。
「昔、同じことを言っていた人間がいた。誰だったかな。忘れてしまった」
アイシャは歩み寄ると、右手を差し出した。
「悪いようにはしないわ。その魔法も、必要な人が持っていた方が幸せなんじゃないかしら」
シェイドはしばらくその手を見ていた。もう一度、万物の源に目を落とす。
「お前、もしかしてエドワードなのか?」
そう聞きながら、手渡した。
「そんな名前だったこともあったかもしれないわ。大事なのは今、一緒にいる仲間の役に立つことよ」
アイシャは万物の源を取り上げると、そのままつみれの手に戻した。
街に戻って一夜を明かし、翌日、傷だらけの俺も含めて庭園に戻って修復作業をした。
つみれが万物の源を使うと、焼け果てた庭に色とりどりの花が咲いた。シェイドが「イメージと違う」というので2度ほどやり直したが、大方納得のいく修復ができて、日没都市の王様は俺たちの誠意を受け取ってくれたみたいだった。
城壁は主にシェイドとつみれが魔法で直した。物を動かす魔法が使えない連中も、手作業で手伝った。俺は庭園の端っこに布を敷いて寝かされていた。右足が痛くて歩き回ることができなかったんだ。それから数日で、タイタンがめちゃくちゃにした庭園の修復は終了した。
「助かった。ここを作るのに1年くらいかかった。あんな焼け野原にされて絶望していたが、お前たちのおかげでこんな短時間で元通りだ」
シェイドは無表情なので心の底から喜んでいるのかどうかわからないけど、とりあえず話している様子からは喜んでいるようだった。
「よっしゃ、これで貸し借りなしや。ウチらは東に帰る。ここの話はあっちではしない。だから、あんたも部下を攻め込ませるのをやめさせてや」
つみれが交渉している。それではこれからアルバースたちは何を相手に戦えばいい?
「わかった。だけど、お前たちがまたここを探そうとしたら、妨害するからな。肝に銘じておけ」
よかったと言っていいのかどうかわからないけど、それならばアルバースのやることはなくならないだろう。あの男はなんらかの暴力に縛り付けておかないと、どこで爆発するかわからない。
修復が終わった日、街に繰り出して打ち上げをした。右足は思ったように動かなかったし、相変わらずあちこちが痛かったけど、それ以外はだいぶ動けるようになってきた。
「肩を貸してやろう!」
エンツォが近寄ってきて言った。勘弁してくれ。肩なんか借りたら耳元でしゃべりまくられて、うるさくて仕方がない。オーキッドに支えてもらいながら、みんなで最初にここに来た時に入った食堂に行った。マリシャの肩に小鳥くらいのサイズの炎が乗っている。アフリートだ。
マリシャは結局、アフリートを受け取った。同化すると制御されてしまうので、小鳥のように肩に乗せている。そういうことで2人の間で折り合いがついたらしい。エントはシャナが持っていった。エントはシェイドの庭園を壊したから、日没都市から追放になった。
「ならば、私が連れて帰るわ」
シャナが言い出した。そして「さあ、連れて帰ってちょうだい」と言う。えっ…と人間勢が絶句していると「あんな砂漠の中を歩いて帰るなんて無理だわ。あなたたち、馬車でしょう? 一緒に乗せて行って」とさも当たり前のように言った。神武院の泉に帰りたいのだそうだ。
まあ、別に構わない。全然、守ってくれなかったけど、俺が物心ついた時から信奉している女神様でもあるし。
庭園の修復をしている間、シャナは小さな苗木になってしまったエントを連れて、また花屋の店番をしていた。