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第97話 日没都市

 誰一人として似たところがない連中の集まりだったけど、青薔薇はこんな感じでつみれを中心に結束が強く、俺もいつの間にかその中に入っていた。


 黙々とよく働くヤツ。闇の力で、魔族並みの戦闘力を身につけたヤツ。俺の評価はそんな感じだった。昔の俺ならうれしくて、もっとみんなのために働こうと奮起していただろう。だけど、何度も言うけど、当時の俺は心がぶっ壊れていて、何も感じなかった。うれしいとか楽しいとかはもちろん、悲しいとか腹が立つとか、そんな感情も全くなかった。ただ起きてメシを食い、旅をして、命じられれば戦った。


 頭の中は真っ暗だった。目が覚めたのは、青薔薇に来て何年も経ってからだった。最初の頃をよく覚えていないのだが、つみれが言うには俺は青薔薇に7年間くらいいたので、5年目かそれくらいだろう。



 戦闘に明らかに参加しない夜というのがある。オアシスで、他にたくさん兵士がいると俺たちは待機となって、いわゆる休日が発生する。そういう時は全員で酒場に繰り出した。ああ、そう。全員で、だ。意外か?当時の俺は言われるがままだったので、行くぞと言われたらついていっていたし、飲めと言われたら飲んでいた。


 青薔薇のメンバーはみんな飲む。アイシャも含めて、みんな酒飲みだ。飲めないのは俺だけだった。つみれとエンツォがしゃべって、マルコが突っ込んで、俺とベルナルドとアイシャが聞き役だった。違う。ベルナルドが聞き役で、俺とアイシャは聞いていない。全然、聞いてないわけじゃない。なんとなく聞いているけど、基本的に素通りなんだ。相槌を打つ気もないし、何か振られても返事をする気もなかったから。


 ところがある夜、俺の心に刺さった話があった。


 「日没都市って知ってるか?なんでもそこに行けば、死んだ人間と会えるらしいぞ」


 言い出したのはエンツォだった。


 「死んだ人間ってなんだよ。アンデッドってことか?」とマルコ。


 「違う違う。死んであの世に行った人ってこと。アンデッドは死んでいるのに、この世に残っている人だろ」


 「つまり、俺の死んだ親父やお袋に会えるってことか?」


 「そうそう、早い話がそう!」


 今までずっと仲間の会話は、頭の中を素通りしていた。感情があれば反応して喜んだり悲しんだりできるのだろうけど、なかったから。だが、この話は素通りしなかった。ちょっと待ってくれ。今なんて言った?死んだ人間と会える? 


 「この前、尋問したゴブリンが言っていたんだ。あいつら、どこからともなく沸いてくるだろ?どこから来てるんだと聞いたら、日没都市だって言うわけよ」


 「なんやそれ、食えるんか?」


 つみれはいい感じに酔っ払っている。酒が入るとほおが紅潮して、まさに酔っ払いという表情になる。ゴンズは頭の先から真っ赤になって、ゼンジは顔色は全く変わらなかった。マルコはゴンズタイプ、ベルナルドとアイシャはゼンジタイプだ。エンツォは肌が褐色なので、変色しているのかどうかわからなかった。


 「食えない」


 「そこじゃないやろ!」


 エンツォのマジな返事がツボにハマったのか、つみれはゲラゲラ笑い始めた。笑い上戸の泣き上戸で、酔っ払うと面倒だった。


 「世界の果ては知ってるか?」


 「また違う話かよ」


 笑いが止まらなくてヒーヒー言っているつみれに代わって、マルコが返事する。


 「それが、違う話じゃないんだな。世界の果てという、神話に出てくる場所があるんだ。かつて魔族たちが到達しようとした場所だ。生きている者の世界と、死んだ者の世界が接するところと言われている。日没都市は、そこにあるんだって」


 死んだ者の世界。みずほに会えるんじゃないのか。ずっと真っ暗で、人の話はぼんやりとしか聞こえなかったのに、急にエンツォの言葉が粒のようにはっきりと聞こえた。


 「そんなところに行ってどうするんだ。死んだヤツらが何をしてくれる?それに遠そうだ」


 「いやいや、シンプルに行きたくない?万物の源探しのヒントがあるかもしれないぞ。ほら、だって、万物の源は1000年前、四大魔族と一緒に行動していたんだ。最後の魔族は世界の果てを探して西へと逃げていったわけで、世界の果てまで行けば、万物の源もそこにあるかもしれない」


 立ち上がっていた。唾を飲み込んで、エンツォにはっきりと聞こえるように、ゆっくりと大きな声で言った。


 「死んだ人に会えるって、本当か?」


 ものすごく久しぶりに言葉を発したので、自分の声ではないみたいに聞こえた。こんなに低い声だったかな?みんながすごく驚いた顔をしてこっちを見ている。つみれも立ち上がった。立ち上がっても、小さいので大して高さは変わらない。ジョッキをつかむと「ゴンベイがしゃべったぞ」と言った。


 つみれは一気飲みすると、ジョッキを乱暴にテーブルに置いた。ガン!と音がして、割れたのではないかとびっくりした。つみれは俺のところに駆け寄ってくると、すがりついて言った。


 「ゴンベイ、もういっぺんしゃべってみ?な、もういっぺんなんかしゃべってみ?」


 俺はつみれを見てからエンツォに視線を戻して、もう一度、聞いた。


 「死んだ人に会えるって、本当なのか?」


 みんなまだびっくりしている。そりゃそうだ。何年もひと言も話さなかったヤツが、いきなりしゃべったんだから。酒場の喧騒がはっきりと聞こえるくらいの間があった。


 「お、おい」


 マルコがゆっくりと俺を指差した。


 「ゴ、ゴンベイがしゃべったぞ」


 声が震えている。エンツォは呆けたように固まったままだ。どうした、そんなに驚くようなことか。しゃべれるけど、そうしなかっただけだ。いいから俺の質問に答えてくれ。アイシャが静かに「ずっと前からしゃべれたわ」と言った。ベルナルドを見ると、いつも眠そうに半分閉じている目をカッと見開いていた。そんなに驚かなくてもいいだろう。


 「ゴンベイがしゃべった!」


 つみれは周囲の客が思わずこっちを見たくらい、大きな声で叫んだ。椅子を足がかりに俺の首に飛びつくと、息が詰まるくらいの勢いで抱きしめた。


 「く、苦しい」


 文字にすればうわあ〜ん!だった。本当にそんな声を上げて、つみれは泣き出した。また周囲の客がこっちを見ている。


 「親分を泣かせたぞ!」


 エンツォが椅子を蹴って立ち上がり、ようやく声を上げた。そうじゃない。質問に答えろ。


 俺は一度、つみれを抱きかかえたまま座った。背中をポンポンと叩いて、もう泣かないでと声をかけたが、なかなか落ち着いてくれない。泣き上戸だから仕方がない。これは寝落ちするまで泣くかもしれない。


 「ゴンベイが親分を泣かせたわ」


 アイシャも尻馬に乗った。わかってる。たまにしかしゃべらないんだから、何かもう少し役に立つことを口にしたらどうだ。



 結局、この時は俺が初めてしゃべったということで大騒ぎになって、日没都市の話は聞けなかった。つみれが「ゴンベイがしゃべってうれしい〜!」と叫びながら泣き続け、エンツォとマルコに「お前、しゃべれたのか?」と何度も突っ込まれ、つみれが寝落ちするまでそれが繰り返されて、酒盛りは終了した。


 俺の名前はゴンベイじゃなくてトウマだと訂正して、それでも一悶着あった。もう何年もゴンベイと呼んできたのに今更、違うと言われても困る。このままゴンベイで行こうとエンツォが主張して、マルコも同意して、ベルナルドは賛成なのか反対なのかわからないが、うなずいていて、俺はゴンベイにされてしまうところだった。


 ところが、つみれが寝落ちする直前に「本当はトウマって言うんか〜。ええ名前や〜」と言い出したので、じゃあ本名で呼ぼうということになった。つみれはずっと俺の膝の上にいたので、暑くてたまらなかった。酒臭い汗でびっしょりだ。

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