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第84話 鍛錬

 連日、村へ山へと忙しくしていた俺を見て、ゴンズは「よく働くなあ」と呆れていた。


 「わざわざ俺が教えなくても、よくわかっただろう?」


 ニヤニヤしている。


 「わかったって、何が?」


 「言わなくてもわかるだろう」


 言わせたいことはわかる。魔族は敵ではないと言わせたいのだ。


 実は、山に行った時にゼンジから聞いた。ゴンズもここに来た当初は、魔族は敵であると固く信じていた。当時、このあたりにはもっとたくさんの魔族がいて、人を食うために村を襲う者もいた。ゴンズはそういう連中に容赦しなかった。殺して山の高い木に吊り下げて、見せしめにした。何度かそういうことが繰り返され、魔族はゴンズの担当地域の村には近づかなくなった。


 「一族で話して、人間を食わずにやっていこうと決めたんだ。ちょうど魔族狩りが現れた時期でもあってな。人間から離れて暮らしていこうとしたんだ」


 だが、人間を食べない生活はなかなか大変だった。どんな種類の魔族でも、人間が何かを食べて栄養を得るのと同じように、生きていくためには魔力が必要だ。魔力は月の光を浴びたり、特定の植物を食べたりすることで補給できるが、最も簡単なのは人間を食べることだ。人間の生命力は他の生き物とは桁違いに強く、魔力を補給するのに一番、適している。


 魔力が常に低いレベルのままだと、いろいろ不都合が出た。まず、魔族らしい力が発揮できない。パワーだけではなくスピードも出ない。体力が人間並みになってしまう。感知能力も下がってしまう。危機が近づいていることが、分かりにくくなった。この地域の魔族がどんどん狩られていったのは、それが大きな原因だ。


 減少していく魔族に救いの手を差し伸べたのが、ゴンズだった。食糧や衣料を差し入れてくれた。転々と引っ越すようにアドバイスをくれたのも、彼だった。「なぜ俺たちを助けるんだ」と聞くと「困っているヤツを助けるのが俺の仕事だからだ」と言ったらしい。


 あの酔っぱらいが、本当にそんなかっこいいことを言ったのかどうか怪しい。ゼンジは基本的にすごい善人なので、ゴンズのことをすごくいいように言っている可能性がある。


 それはともかく、ゴンズはそんな経緯で人間を捨て置いて、魔族の保護に乗り出した。魔族は人間に比べて、割り切りが早い。ちょっと前まで敵だったゴンズが優しくしてくれるものだから、すぐに友達になった。人間ならば、何か裏にあるのではないか?と怪しむところなんだろうけど。


 ゴンズは怠け者になったのではない。人間ではなく、魔族のために働くようになっただけだ。「最初は分からなかった」と言っていたけど、その意味も今ならわかる。神武官は魔族は敵だと教えられるが、同時に地域の住民を助けるように教えられる。魔族も地域の住民なのだ。ゴンズはそれに気がついて、神武官なのに魔族を助ける活動をしているのだ。


 「お前、毎日のようにゼンジのところに行っているらしいなあ。ナズナちゃんが目当てか?やめとけ、魔族だぞ!」


 ダッハッハと愉快そうに笑っている。ゴンズは俺が山に行って、魔族相手に鍛錬していることについて何も言わなかった。ゼンジから全部、聞いていたはずなのに。それは要するに、ゴンズが魔族を害悪のないものとみなしているからに他ならない。


 実際に俺が単身で集落に乗り込んでも、嫌な顔をする魔族は少なくともあそこにはいなかった。同い年くらいの少年少女たちは興味津々で寄ってきたし、人間のことを知りたがった。俺は親がいないし、特殊な環境で育ったのであまり参考にならないとは思ったものの、聞かれたことには答えた。気心が知れると、逆に、こちらが知りたいこともどんどん質問した。


 人間を食べたことはあるか?と聞くと、10代後半に見える連中は、ほとんどが「ある」と答えた。では、また食べたいと思うか?と聞くと、全員が「食べたい」と言う。これを聞いた時には、背筋に冷たいものが流れた。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。じゃあ、俺を食べたいか?全員が「食べたくない」だった。


 「トウマは友達だから、食べないよ」


 ナズナは言った。


 「だけど、俺を食えば魔力が回復して、もっと速く走れるようになるし、もっと怪力が発揮できるようにもなるんだぞ」


 「でもその代わり、トウマがいなくなっちゃうんでしょう?それは嫌だなあ」


 顔が熱くなった。ナズナが俺のことを好きだと思っているわけないじゃないか。魔族と人間だぞ?と思いながらも、激しく心はざわついた。


 ナズナは見た目は少し怖い感じだけど、優しくて面倒見がよかった。けがをすれば手当をしてくれたし、処置も上手だった。弟や妹たちから慕われていて、ゼンジの自慢の娘だった。「魔族狩りの心配をしなくていい土地に一族で移り住んで、ナズナを立派な男に嫁がせること」がゼンジの夢だった。酒を飲みながら、3度に1度はその話をした。


 「一番下のガキが旅ができるようになれば出発するんだ。どこがいいかな? やはり西域か? あそこは魔族に寛大だと聞くぞ」


 「そりゃあ、西域しかなかろう。魔族が一旗あげるなら、あっちしかねえ」


 ゴンズはかなり酔っていて、目がどんよりしていた。


 「ナズナの婿を探さないとなあ」


 「人間でよければ、ここにいるじゃないか」


 ゴンズは俺を指差してダハハッと笑う。


 「トウマはいい男だが、神武官だからなあ」


 「魔族の嫁をもらったら、世間体が許さねえってか?足を洗えばいいだろう」


 勝手に人の将来を決めないでくれ。


 「それに、人間だから絶対にナズナより先に死ぬだろう?」


 そうだな。普通ならそうなる。魔族は100年以上は普通に生きる。


 「ナズナが一人になってから長いと言うのは、ちょっとなあ〜」


 ゼンジは長椅子にひっくり返ると、足をぶらぶらさせた。


 「魔族で金持ちで優しくて、ナズナの面倒を最後まで見てくれる男はおらんかなあ〜」


 「そんな都合のいいヤツがいるわけがないだろう」


 ゼンジを見ていると魔族も人間も変わらないと思った。家族思いのいい父親だ。


 いつまでこの話をするんだと思っているんだろう?もう少し付き合ってくれ。リュウをぶっ壊した蹴り技をどこで学んだかという話をしようとしたら、随分と脱線してしまった。タマジに習ったという話はしたから、もう終わってもいいんだけど、この話にはもう少し続きがある。その話をさせてほしい。

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