目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第73話 神様たちをリアルに見た人(魔族)としゃべっているって、すごくない?

 西に向かう旅が始まった。


 トウマたちは、ボクたちが次々に人間を襲って、大騒ぎになるんじゃないかと思っていたみたいだね。正直、ボクもそう思っていた。だけど、結論を先に言うと、そうはならなかった。と言うのも、彼らは人間を襲ったら、集落ごとに全滅させてしまうからだ。


 東の山地を抜けて中央高地を越える間に、いくつか村を襲った。もともと中央高地には街と呼べるほど大きな集落はなかった。だから、全滅させるのも簡単だった。


 乗り込んで炎で捕まえて、食べる。エントはバリバリとかじったり、突き刺した枝をストローみたいに使って、魔力を吸い取ったりしていた。全滅すれば、近隣の村に魔族が来たことを知らせる人はいない。ボクたちが次の村にたどり着くまで、誰も襲ったことを知らない。そんなことを繰り返して、中央高地を抜けた。


 砂漠の旅は、意外に過酷だった。人間は馬車に乗って街道を通っていけばいいけど、魔族はそういうわけにはいかない。まず、馬車に乗るのが難しい。砂漠に入ったとき、まだエントは馬車に乗れるほど小さくなかった。アフリートは常時、めらめらと燃えているから、木造の乗り物はまずい。馬車移動が可能なのはシャナだけだ。


 そもそも、どこで馬車を調達するのかという問題もあった。遠くにキサナドゥーが見えるところまで来た時に、馬車を奪おうかという意見が出た。だけど、さすがに魔族とはいえ、3人で乗り込むのは危険だという結論になって、やめた。


 馬車は奪えるだろうし、キサナドゥーを抜け出すこともできるかもしれない。だけど、ボクたちの存在が広く知られることになったら、追っ手が来る可能性が高い。シャナがいるとはいえ砂漠は水がないので、エントに必要以上の負担をかけるわけにはいかない。不必要な争いごとは避けたいということで意見が一致した。


 意外だった。魔族はもっと好戦的だと思っていたから。考えていることが思った以上に人間と似ていて、驚いた。


 そういうわけで、それほど街道から離れないところを進むことにした。なぜ離れなかったかというと、いざという時に人間を襲えるからだ。砂漠のど真ん中を進めば見つかりにくいだろうけど、その代わり人間と遭遇する機会も減って、魔力切れして遭難する可能性が出てくる。


 アフリートは普段ふわふわ浮いて移動していて、浮くことに魔力を使っている。普通に足で歩くと、エントの大きな歩幅についていけない。エントは前回の旅で乾燥した荒野を移動した経験があるようで、体内の水分調整が上手だった。日が昇って暑くなると、砂の中に潜って水分の蒸発を防いでいた。そうなるとシャナも出てこない。暇だ。


 「街道まで行ってみようかねえ」


 アフリートは一人になると街道へ行って、オアシスに立ち寄った。人間に見つかるとか、あまり気にしていなかった。炎のレベルを極小まで抑えると、意外に気付かれなかった。


 「おお、なんだ、お嬢ちゃん。こんなところで一人か? 乗っていくか?」


 通りかかった馬車から声をかけられたことは、一度や二度ではない。そりゃそうだ。こんな砂漠のど真ん中に、どう見ても10代、しかも派手な赤いドレスの女の子が突っ立っているんだから。


 「ありがとう。今、仲間が戻ってくるのを待っているから、大丈夫」


 そう言って追い払う時は、まだいい。ニコッと笑って、そのまま食べてしまうこともあった。人間と出くわした時はヒヤヒヤした。


 オアシスを襲って、住民を全滅させたこともあった。ボクが止めるのも聞かずにムスラファンの討伐隊を食べてしまったので、後で叱っておいた。


 彼らは大きな国に所属している戦士で、連絡が取れなくなったら王都から大勢の仲間が探しにくるだろう。ボクたちのしわざだと知ったら、どこまでも追いかけてくる。何しろカインの末裔たちだからというと、エントと顔を見合わせて「次からあいつらを食うのはやめておこう」となった。どうやらカインは魔族にとって、厄介な人だったらしい。


 「カインとシャインとどっちが嫌だったかといえば、カインだ」


 夜に月光を吸収しながら、エントが言った。


 「ああ、そうだったねえ。何しろあいつらは死ぬことを恐れなかったからねえ。少々驚かせたくらいでは、引き下がらなかったねえ」


 アフリートも相槌を打つ。


 「それはあなたたちが面白半分に人間を殺したり、街を破壊したりしたからよ」


 砂漠に入ると、シャナはエントの中に入ってしまって、外から見えなくなった。だけど、声は聞こえる。


 シャナは乾燥した砂漠でも、空気中の水分を集めることができた。わずかな量だけど、それをエントに供給していたので、エントが急激にしぼむことはなかった。とはいえ、それだけでは足りない。危険を冒してオアシスを襲い、水分を補給した。もちろん、住民は討伐隊も含めて、全滅だ。


 「シャインはスマートだったんだ。私たちが逃げたら、必要以上に追ってこなかった。味方の損害ができるだけ少なくなる、スマートな戦い方をする女だったねえ。機会があれば酒を酌み交わして、いろいろな話をしてみたかったねえ」


 今、女神様と崇められている人に実際に会ったことがある人…いや、魔族と話している。それは何にも変え難い貴重な体験だった。


 「シャインって、どんな人だったの?」


 「だから、話したことがないから、知らないんだって」


 「そうじゃないよ。外見、見た目がということ」


 「ああ。そうだねえ。魔族から見ても、美しい女だったねえ。長い金髪をなびかせてねえ。青い瞳で、抜けるような白い肌でねえ。雪の精霊みたいだったねえ。人間にしておくのは惜しかったねえ」


 シャインをほめている。自分たちから自由を奪った人間なのに。そして、復活しないように世界の仕組みを作った人間なのに。


 「憎くないの?」


 「はあ?」


 呆れたような声を出した。


 「なんでさ?」


 「だって、あなたから自由を奪った人でしょう?」


 アフリートはしばらく宙空に視線を漂わせて「それで、なんで憎いと思うんだい?」と逆に聞いてきた。


 「人間は、自由を奪われることが嫌なの。だから、自由を奪おうとする相手とは戦うし、奪われれば取り戻そうとするわ」


 ふうんとアフリートは感心したような声を出した。


 「だから、あんたの仲間は、あんたを取り戻そうと追いかけてきているわけなんだね」


 「そうだよ」


 「魔族なら、そうは思わないねえ」


 アフリートは砂の上に座り直した。


 「自由を奪われるのは、自分が弱いせいさ。だから、仕方ない。魔族の世界は強いか弱いかなんだ。それは、生まれつき決まっているものだよ。だから、奪われたらそれでおしまい。諦めるしかないのさ」


 そうなんだ。


 「だから、カインみたいなのは理解できないのさ。仲間が殺されても殺されても、何度でも立ち向かってくる。意味がわからなかったねえ。一度戦えば私たちの方が強くて、かないっこないってわかっただろうにねえ」


 お兄ちゃんが名前をもらったカインは、最後まで魔族を追って西の砂漠の果てに消えたと言われている。神話には「無敵の部隊を率いた」と書かれている。それを伝えるとアフリートはおかしそうにアハハと笑った。


 「無敵が聞いて呆れるねえ。たくさん死んだよ、カインの部隊は。カインがなかなか死ななかっただけで、兵隊は私たちがそれこそ星の数ほど殺したよ。だけど、次から次に集まってくるんだよ。全滅寸前まで追い込んでも、次に会った時には、また同じ数になっているのさ。いや、前以上の規模になっていたこともあったねえ」


 死を厭わずに参加した兵士が多かったのだろう。それほどカインという人には、カリスマがあったのだろうか?


 「カインはどんな人だったの?」


 「そうだねえ。髪がボサボサだったよ」


 そんなことが最初に出てくるのか。


 「いや、そうじゃなくて…。ほら、勇敢だったとか、面倒見がよかったとか、なんというか、人間性の話だよ」


 「ああ、それもよくわからないねえ。カインとも酒を酌み交わしたことはないからねえ。ああ、そうそう。恐ろしい目をした男だったよ。あれは闇だねえ。闇落ちした人間の目だ。死ぬのが怖くないというよりも、もう死んでいる人間の目つきをしていたねえ。戦場で向かい合ったら、ゾッとしたものさ」


 へえ、そうなんだ。西域では神様として崇拝されているんだけど、そんな話を聞くと、ありがたい感じがしないな。


 「なんていうのかな。運がいいんだろうねえ。部下がいっぱい死んでいるのに、あいつだけは死なないのさ。いつも最後に生きて立っているんだ。恐ろしかったねえ。弱いくせに、何度でも立ち向かってくる。二度と顔を見たくないねえ」


 アフリートはそういいながら、自分のすねをなでた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?