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第72話 魔族パーティーの一員としての旅を振り返ってみよう

 アフリートはいい人だった。


 人って言っちゃおかしいな。魔族だ。とにかく人間を敵と思っているとか、滅ぼしてやろうと思っている悪いヤツではなかった。


 神話を読んだ時には、あらゆるものを焼き尽くす力を持った恐ろしい魔族という印象だった。当時、肉体として使っていたのがタイタンだったということもある。外見が醜い老人ということもあって、いい印象はなかった。


 だけど、実際に一緒になってみるとイメージが一変した。おしゃべりで好奇心が強くて、おしゃれが好きな女の子だ。いや、子ってのはおかしい。女の人かな。


 雰囲気がシャウナに似ている。口調が下町っぽいというか、あまり上品ではなくて、そこは全然違うけど、それ以外では「シャウナに似ているなあ」と何度も思った。


 乗っ取られた直後はエントとばかり話していて、あまりボクの方を向くことはなかった。だけど、エントが口数が少ないタイプということもあって、すぐにボクと話すようになった。


 まあ、よくしゃべる。起きている間は絶え間なくしゃべっていると言ってもいい。「あっ、花だよ」とか「ほら、鳥だよ」とか見たものを次々に口にする癖がある。ちょっと黙ったらどうかと思ったことは、一度や二度ではない。


 イースを襲撃した時に、初めて人間を食べた。


 それまでは動物を捕まえて食べていた。魔族も食事をする。単純に栄養を補給するためというのもあるが、人間と大きく違うのは、魔力を補給するためだ。魔族は何らかの形で魔力を行動するためのエネルギーにしている。魔法を使わないオークなんかでもそうだよ。


 人間を含めて他の生物は多少ながら、魔力を持っている。知的レベルが高いほど持っている量が多い傾向にあって、確実にたくさん持っているのは魔法使いだ。ただ、魔法使いは今はそんなにどこにでもいるわけではないので、魔族はとりあえず知的レベルが高い人間を食べるんだ。


 東方ではなかなか人間と出会わないので、兎や鳥を捕まえて食べていた。最初は生のままバリバリかじっていて、本当に勘弁してと思っていたんだけど、そのうち「マリシャの口は貧弱だねえ」と言って、炎で吸収するようになった。


 炎を出して包み込んで、吸収するんだ。人間を食べたと神話に書いてあったし、その時が来たら、どう反応すればいいのかずっと不安に思っていたけど、なるほどこういう食べ方なら、百歩譲って我慢できると思った。


 イースでは火柱で人間を捕まえて、魔力を吸収した。食べると焦げ跡みたいになって、炭も残らない。守護庁には魔力を持っている人がたくさんいたので、お腹いっぱいになった。


 最初は見ていられなかったけど、恐ろしいことに慣れてしまった。おかしいね。最初は自分の体が次々に人の命を奪っているということが受け入れがたくて、半狂乱になっていたのに。


 アフリートと同じように、ボクも空腹を感じて、何か食べないともたないということは理解していた。人間を食べれば、それが解消されるんだ。仕方ないと、いつしか思えるようになっていた。今にして思えば、それは本当に恐ろしいことだった。


 アフリートは四大元素なので当然のように持っている魔力は強くて、器も大きかった。ただ、強い魔法を使う分、消費量も桁外れだった。神武院でエントに助けられたのは、栄養補給しないまま暴れ回ったせいだ。しかも最後はトウマとシャウナに侵入されて、それに抵抗するのにも魔力を使った。エントがいなければ、あそこで冒険の旅は終わっていた。


 シャナは行くのを嫌がっていたけど、エントが無理やり吸い上げて、自分の体内に入れてしまった。


 神武院から離れて安全なところで小休止した時に、初めて対面した。エントが脇の下あたりの枝をかき分けると、青くて透き通った女性がいた。幹に左半身から下半身にかけて、埋まっている。足元までありそうな長い髪も、青くて透き通っていた。


 これがシャナか。会えて感動した。それにしても、魔族って本当に老けないんだな。陰気な感じだけど、若く見える。


 「こんなやり方、ないわ」


 シャナは小さな声で言った。


 「こうでもしないと、ついてこなかっただろう?」


 「ついてくる、こないじゃないでしょ。これでは誘拐だわ」


 シャナが不満げに言うと、エントも不満げにうめいて、ワサワサと体を揺さぶった。


 「まあ、そう言うな。1000年ぶりの再会なんだよ?もう少しうれしそうにしたらどうだい?」


 アフリートはシャナに顔を近づける。悲しげな大きな瞳は、今にも涙がこぼれ落ちそうに潤んでいる。まつ毛が長い。美しいなと感心していたら、キッとこちらを向いて指を鳴らした。水滴が飛んでくる。ジュッと音がして、顔に激痛が走った。


 「あいたた!」


 アフリートも痛がっている。


 「私が出不精なのは知っているでしょ?あそこが気に入っていたのよ。折角、長い時間をかけて素敵な庭園にしたのに。早く帰してちょうだい」


 シャナは右腕を突っ張って、幹から出ようとした。だけど、エントは離さない。


 「砂漠を越えてシェイドに会いに行くんだ。お前の力が必要だよ。それに、お前も久しぶりにシェイドに会いたいだろう?」


 「あなたたちが連れてきたらいい話だわ。私、出かけるのは好きじゃないの」


 魔族にも、引きこもりがいるんだな。アフリートは肩をすくめた。


 「折角、途中までやりかけた旅なんだ。一緒にゴールしようよ。ねえ、シャナ」


 満月だった。エントは枝を広げると、月明かりを全身に浴びる。


 「嫌だと言っても連れていく。俺たちは4人でパーティーだ」


 そういうと、黙り込んでしまった。シャナも幹の隙間から半分、体を出したまま黙ってしまった。


 「こうしていると昔を思い出すねえ。あんたは昔も今も不機嫌だ。でも、本当は嫌いじゃないだろう?知らないところに行って、知らないことを見たり聞いたりするのはさ」


 アフリートだけ、ご機嫌でしゃべっている。


 「まあ、そこに挟まっているがいいさ。エントが勝手に遠くまで連れて行ってくれるから。それにしても、シェイドはどこまで行ったんだろうねえ。世界の果てにたどり着いたんだろうかねえ?相変わらず無愛想なのかねえ?そうだ!あいつが見つけやすいように、合図を出してやろう」


 そういうと、夜空に向けて右手の人差し指を突き上げた。指先から猛烈な勢いで魔力が天高くほとばしる。


 音もなく、特大の花火が上がった。うわあ、すごい。赤、青、白、黄…。夜空を埋め尽くす大きさだ。あまりの美しさに、息を飲んだ。と同時に、アフリートがものすごい量の魔力を消費したのも感じた。


 「ちょっとやりすぎたかねえ」


 「あれから1000年も経ったのよ。こんなの見えないくらい、遠くに行ってしまったに違いないわ」


 シャナが呆れたように言う。


 「そうかもしれないねえ。でも、これを見た魔族が、口から口へと伝えてくれるはずだよ。また旅が始まったんだって。きっとシェイドの耳にも入るはずだよ」


 アフリートはうれしそうだ。彼女の胸の高鳴りを感じる。魔族も、こんなふうにワクワクすることがあるんだ。


 神武院で、エントはすごく大きくなった。あれはシャナを含めて、水分を目一杯に吸い込んだせいだ。その証拠に東の山を旅している間に、少しずつ縮んでいった。

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