オーキッド、ご苦労さま。この辺りから少し離れて見ていたボクの方が、うまく話せそうだ。つみれを送り込むのは、最初からアイシャの作戦だった。
「効かへんかもしれへんぞ」
そう言う親分を「あなたの邪眼は大したものだわ」と説得して、不意をつく形でタイタンの元へ来させた。もちろん、投げ飛ばしたのはパインだ。アイシャが随分と軽かったみたいで、壁まで届いちゃったのを見て「ああ〜」と驚いていた。だから、アイシャほどではないけど、軽いつみれを投げることには少し自信があったみたい。
「次はうまく投げるから、安心してほしいのじゃ」
鮮やかにタイタンの目の前に放り込んだ。つみれが「あんたが失敗しても、ウチは自分で治療できるから、安心してや」と言って励ましてくれたのも、よかったみたい。
後でアイシャから聞いたけど、数秒でいいからタイタンの注意を引いてほしかったそうだ。そうすればトウマの攻撃が当たるからね。ただ、「私が止まってしまわなければいいんだけど」と心配していたことが、ここ一番で起きてしまった。こうなったら、つみれが万物の源を持って逃げることになっていた。
だけど、想定外のことが起きた。つみれが思った以上に情の深い人だったことと、トウマが思った以上にダメージを負ってしまったことだ。そのために、計画通りいかなくなってしまった。
まあ大体、計画っていうのはそういうものだ。事前に何パターンも考えておいても、それを上回るようなことが起きるんだ。ただ、それはボクたちに限ったことじゃない。相手にとっても、そうなんだ。
タイタンは万物の源を取り戻すと、うれしそうに2つの口をニンマリさせて、球体を眺めた。シェイドはどこに行ったんだろう。助けに来てほしいのに姿が見えない。一帯が火の海になって、逃げてしまったのか?
ボクはアフリートを通じて少ししかシェイドと接していないけど、そんな人には思えなかった。彼は自分が住んでいる…というか、自分が作ったこの街を、とても大切にしている。「壊すな」と言っていたけど、彼の行動原理は、それに尽きる。日没都市を傷つける者を排除する。それだけ。だから、庭園をめちゃくちゃにしているタイタンを必ず倒しにくると思っていた。
でも、いない。
「お前たちが持っていても、こいつの真価を発揮することはできんわ」
タイタンはそう言うと、右の口を大きく開けて、万物の源を飲み込もうとした。ああ、これでまた体外に出させるのにひと工夫、必要になるぞ。そう思った瞬間だった。
城壁の上から何か降ってきた。こっちの仲間じゃない。パインは誰も投げていない。子供だった。身の丈に合わない長い刀を持っている。タイタンの右腕を、手首の辺りで切り落とした。
「父ちゃん!」
腕とともに地面に転がった万物の源を、魔法使いよりも早く取り上げた。あの子がヒイロだね。トウマに子供がいたなんて意外だったなあ。そもそも結婚していることも知らなかったからね。お兄ちゃんというイメージで、お父さんという感じではなかったし。
「逃げろ!」
トウマは海岸の方を指差して言った。声が出るようになっている。つみれが治療したのだろう。ヒイロは一目散に駆け出した。
「おのれ、クソガキが!」
タイタンは落ちた右腕を拾って繋ぎ合わせた。すぐに指が動き始める。すごい治癒速度だ。
左手を上げて炎を発射しようとする。そこにトウマが襲いかかった。左手をつかんで投げを打つ。タイタンは優れた魔法使いだけれど、体をあんなに不自然に改造していることもあって、身体能力はさっぱりだ。あっさりと地面に這いつくばる。今度はためらうことなく踏みつけた。
「うげっ!」
悲鳴がここまで聞こえた。とどめを刺そうと足を振り上げたところで、タイタンが発火した。いつもの螺旋の炎ではない。もう、発現する魔法の形を気にしていない。あふれ出す魔力に、ただ炎を乗せただけという感じだ。危ない、トウマが焼かれる。炎の勢いが強くて、後ろにいたつみれともども吹っ飛ばされた。
と、ヒイロがボクたちのところまでやってきて、シャナの防御魔法陣の内側に飛び込んだ。
「これ、預かってて!」
ボクに万物の源を押し付けると、また駆け出していった。不思議な子だ。人間の形をしているのに人間の感じがしない。魔力の塊みたいだった。肉体があるのに、ないみたいだ。
タイタンから吹き出した炎は、花びらのように開いて周囲を包み込んだ。みるみるうちに広がっていく。トウマとつみれは逃げ遅れて、炎の中に見えなくなった。ヒイロがそこに飛び込んでいく。つみれは強力な治癒魔法を使えるようだけど、自分とトウマを回復させながら炎の外に逃げ出せるだろうか?
と、どこからともなく強い魔力が降ってきた。シェイドだ。空気を圧縮して発射し、刃物のように相手を切り裂く魔法。「風の斧」って言っていたけど、そのまんまだ。
ドスン、ドスンと炎の中心に2発、突き刺さった。さらに2発。火が消えていく。ボクがやられたみたいにタイタンもやられたのだろうか?
トウマとつみれが折り重なって倒れているのが見えた。ヒイロがそこに向かって走っている。炎が小さくなっていって、暗くてよく見えない。でも、動いている。トウマかつみれかどちらかわからないが、生きている。
「シェイド」
シャナが上を向いているので視線を追うと、頭上の宙空にシェイドが浮いていた。地上で戦っては分が悪いと思ったのだろう。空から攻撃してきた。風の精霊なので、浮遊するのはお手のものだ。体が軽くて、自分が発生させた風に乗って飛ぶこともできる。戦場を離脱したと見せかけて、タイタンがボクたちに集中している間に上空に移動していたんだ。
音もなく降りてくる。火はもうほとんど消えていて、倒れているタイタンの上に小さな炎が揺れているだけだった。
シェイドは地面に降り立つと、魔法で入念にタイタンを切り刻んだ。仮に自らを治癒し続けても、間に合わないくらいの勢いだ。炎が変わった。めらめら燃えていたのに、小さな灯りに変わった。シェイドはそれをすくい上げると、こちらへ持ってきた。
「お前に返せばいいのか?」
いや、ボクに聞かれても。それ、アフリートでしょ。
彼女のことは嫌いじゃない。だけど、また乗っ取られるのは嫌だ。一緒に旅をしてきて、随分と分かり合えたとは思う。でも、アフリートに乗っ取られた状態では、主導権は基本的にあちらにある。
魔族のことや魔法のこと、神話の時代のことを当事者として教えてくれるという利点はあるけど、ボクにはまだ行きたいところや、知りたいことがたくさんあるんだ。ボクは、自由でいたい。