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第70話 再登場して早々、オーキッドにまたバトンを渡すんだ

 オーキッドは防御魔法をかけてもらうと、両手で腰の辺りをバンバンと叩いた。


 「じゃあ、行くぞ!」


 気合を入れて、炎の中に飛び出す。見た目以上に燃え上がっているようで、背の高いオーキッドが炎の向こうに隠れしてしまった。しばらくして「いいぞ!」と声が聞こえた。


 「じゃあ、頼む。思い切りいっていいぞ。あの壁にぶつけるつもりでやれ」


 トウマはパインに、崩れずに残っている城壁を指差して言った。パインはうなずくと、トウマの背中側から脇の下に両手を差し込んで「よっと」と言いながら持ち上げた。そして、円盤投げをするようにぐるんぐるんと回って勢いをつけて「うにゃ〜!」と叫んで投げ飛ばした。


 おお、すごいパワーだ。決して小さくないトウマが空中に放り出される。だけど、距離が全然足りない。オーキッドがいるところとの中間地点あたり、火の海に落ちた。ゴロゴロと転がって、何もなかったかのように立ち上がる。


 「もっと思い切り投げろ!」


 こっちに向かって叫びながら、オーキッドのそばへと走っていく。がっかりした表情をしているパインの背中に、アルアラムがそっと手を置いた。


 「大丈夫。パインの力はこんなものじゃない。次は壁にぶつけるつもりで投げるんだ」


 アルアラムの言葉に小さくうなずく。


 「気にしないで。彼ほどではないけど、私もそれなりに丈夫なつもりよ」


 アイシャは早く投げてくれとばかりに、パインに背を向けて脇を開けた。抱え上げると、ぐるぐる回る回数を増やして「ええ〜い!」と投げ飛ばした。


 今度はいいぞ。アイシャがトウマよりも軽いということもあるけど、十分に届きそうだ。いや、壁にぶつかるな。と思っていると、アイシャは空中で身軽に向きを変えて壁に〝着地〟して、待ち構えていたオーキッドの腕の中に飛び降りた。



 ここからはマリシャが間近で見ていないので、代わりに俺(オーキッド)が話そう。


 防御魔法をかけてもらって城壁まで移動したのだが、シャナの防御結界の外は文字通り炎の海だった。どれだけ彼女の魔法が強力なのか身をもって知った。息ができないほど熱い。体表が焼けるのは魔法で食い止められているが、呼吸と一緒に肺や喉に入ってくる空気が熱すぎて、火傷しそうだ。体の内部にも魔法をかけてくれるように念を押しておけばよかった。


 口元を押さえて、息を殺して位置についた。うまくいかなければ死ぬかも知れない。老師と別れて以降、「ここで死ぬかも」と思ったことはそれほど多くない。盗賊団時代に比べて、平穏な暮らしをしてきたからだ。


 とはいえ旅から旅へという生活をしていると死ぬかもと思う場面に出くわすことはある。ただ、この時に限っていえば、万物の源を奪うことができなければ死ぬのは時間の問題だと思った。


 トウマが飛んでくるのを待っていた時間は、ほんの数秒だと思う。その間に走馬灯のようにこれまでの人生を思い返した。


 老師と会うまでは本当にひどかった。それを思えば業火に焼かれて終わるというのは、死に方としてはふさわしい。とか思っているうちに、トウマが飛んできた。距離が全然足りない。随分と先に落ちて、すぐに立ち上がるとこっちに駆けてきた。


 トウマが到着してすぐ、アイシャが飛んできた。今度は投げすぎだ。これでは頭上の壁にぶち当たる。落ちてくるところを受け止めないと…と身構えていると、身を翻して音もなく壁に〝着地〟して、俺の腕の中にふわりと降りてきた。


 驚いた。軽い。医者だからたくさんの人を抱き上げた経験があって、これくらいの背格好ならこれくらいの体重だというのはわかっているつもりだったが、アイシャは予想を上回る軽さだった。まるで綿毛のようだ。


 「次は私が先に行く。タイタンに話が通じるのは私だから」


 スカートの裾を直しながら言った。よく何もなかったように動いて、ペラペラと話せるものだ。身を動かせば熱気が皮膚を切り裂きそうだし、鼻の穴から呼吸するたびに熱気が肺まで押し寄せてきて、喉も焼けそうだ。普通に息を吸うことすら難しく、しゃべる気になれない。


 構わないか? トウマの方を見ると、手で口元を覆いながら目だけでうなずいた。


 目測を誤らないように注意して、まずアイシャを投げ飛ばす。われながら上出来だ。タイタンのすぐ向こうに落ちた。この女、普段は全く動かないし、つみれの言い方から戦闘力はないと思っていたが、上手に体をコントロールして着地する。体術の心得がありそうな身のこなしだ。


 続いてトウマを投げ飛ばす。体重が全く違うのでこちらは強めに。悪くない。今度はタイタンの手前に着地した。


 タイタンはすぐにアイシャに気がついた。


 「何しに来た?お前たち負け犬は座って見ておれ」


 アイシャはタイタンの視界を塞ぐように立ちはだかった。


 「そういうわけにはいかないわ。万物の源は本来、私たちが見つけたものよ。返してもらうわ」


 右手を差し出した。


 「バカなのか?返せと言われて返すバカがどこにいる?それに、もはや万物の源はワシの一部だ」


 タイタンは鼻で笑った。そのすぐ右手にトウマが着地する。


 「たかが人間2人で取り戻しに来たのか?誰を相手にしていると思っているんだ?」


 タイタンはニヤリと笑うと右手の人差し指をくるりと回した。螺旋の炎が立ち上る。


 「2人じゃないわ」


 アイシャがそう言った瞬間、上空からもう一人、落ちてきた。誰だ?俺を経由せずにパインが投げ飛ばしたのか?


 アイシャとタイタンの間に降り立ったのは、つみれだった。


 「ウチもおるで!」


 タイタンの動きが一瞬、止まった。


 「ほほう、邪眼か!珍しいものを持っておるな。だが、そんなものでワシはコントロールされんぞ?」


 口ではそう言っているが、明らかに動きがおかしい。右手がプルプルと揺れている。


 「あなた、本当に万物の源を持っているのかしら?自分の魔力で、持っているように見せているだけなんじゃない?」


 アイシャは腕を組んで薄笑いを浮かべた。


 「何を言う!万物の源を奪われたところは、他でもないお前が見ていただろう!」


 タイタンは怒りを含んだ口調で叫んだ。


 「あれから1000年も経ったのよ。その後、どうなったかわかったものじゃないわ」


 アイシャはタイタンの周囲を、ゆっくりと歩いた。挑発している。トウマは着地した場所で膝立ちになり、待機したままだ。


 「こうしてアフリートを操っているということが、何よりの証拠じゃろうが!」


 タイタンは4つある目でアイシャを追っているが、つみれからも目が離せない。


 「じゃあ、出して見せてみなさいよ」


 左手側まで回ると、アイシャは地面を指差して言った。


 「おお、見せてやるわい!」


 タイタンは左手をグッと握りしめて、開いた。手のひらの上、宙空に黒く輝く球が現れる。エントと戦った時に出したアレだ。キラキラと輝く大きな黒い球体は、内部から光が漏れ出している。子供の頭くらいの大きさだ。


 「ほれ、よく見ろ!お前らからいただいた万物の源をな!」


 タイタンが勝ち誇ったように言った瞬間、トウマが動いた。こちらを向いている右側の顔に拳を叩き込む。立て続けに2発、3発。グシャッと肉がひしゃげる嫌な音がした。


 さらに腰のあたりを蹴ると、タイタンはあっけなく倒れた。その手から万物の源が滑り落ちる。燃え広がっていた炎が一気に消えた。黒焦げになった地面を、万物の源が転がる。アイシャは屈んでそれを拾った。


 トウマは倒れたタイタンの背中というか腹というか、とにかく胴の辺りを踏みつけてアイシャの方を向いた。承諾を得る必要がなければ、そのまま背骨をへし折っていたのだろう。反撃を受けたような感じではなかったが、鼻血が出ている。


 ん? なんだか様子がおかしいぞ。


 「殺していいわ」


 アイシャは躊躇せずに言った。そばにつみれが駆け寄る。


 「ハァ〜、助かった!あと数秒も、もたへんところやったわ!」


 大袈裟に言って、アイシャにもたれかかった。


 と、トウマが後方に飛び下がった。タイタンの顔の辺りから鋭く火柱が立ち上がる。


 「何のために体をこんな形にしていると思う?お前たちのようなバカどもを支配するためだ!」


 タイタンがゆっくりと起き上がった。ああ、そうか。この爺さんは背中側にも顔と手足があるから、倒れていてもトウマのことがよく見えているのだ。


 「もうやめておいたら?今のあなたは、ただの魔法使いだわ」


 アイシャが万物の源をつみれに手渡す。


 「ただの魔法使い?かつて世界を手に入れかけた偉大な魔道士に対して、それはあまりにも失礼な言い方ではないかな?」


 タイタンが両手を大きく広げると、再び炎が燃え広がり始めた。


 「魔力が尽きてしまうわよ」


 「その前に万物の源を取り戻す!」


 タイタンが右手を振ると、螺旋の炎がつみれを襲った。


 「あっ、ヤバい」


 つみれは万物の源を持ったまま、駆け出した。タイタンを背後から…いや、こっちも正面か。トウマが攻撃する。もう少しで触れようかというところで炎が地面からカーテンのように吹き出して、行く手をさえぎった。勢いが強いのか、トウマは押し戻される。


 まずい。こんな時にアイシャは静止モードに入ってしまった。さっきから同じところで突っ立っている。そうか。こういうことになるから、先に万物の源をつみれに渡したんだな。


 助けに行きたいところだが、炎の圧力が強くて近づけない。それに、長いことタイタンの魔法の影響下にいたせいか、シャナの防御魔法の効果が切れそうだ。


 タイタンはアイシャを攻撃した。螺旋の炎を真っ正面からぶつける。一瞬で黒焦げになるのを覚悟していたら、ならなかった。火はついたものの、燃え広がるところまではいかない。魔力で自分を守っているようだ。


 「さっさと万物の源を返さないと、この女を消し炭にしてしまうぞ!」


 タイタンは火力を上げた。つみれがトウマのそばにやってくる。


 「大丈夫か? さっきから様子が変やで」


 トウマは小さくうなずいた。


 「さっき攻撃した時に、火を吸い込んでしまった」


 そう言うと、ゴホゴホと咳き込みながら血を吐いた。たまらず膝をつくと、もう一度、鼻と口から大量に吐血した。ああ、まずい。早く治療してやらないと、息ができなくなってしまう。


 「なんや、魔法に耐性があるくせに、意外に軟弱やな」


 口ではひどいことを言いながら、つみれは小さな体でトウマを抱えた。


 「一度、退却かなあ」


 手にした万物の源を見つめて、思案している。


 「やめとけ。らしくない」


 トウマは口元の血をぬぐいながら、息も絶え絶えに言った。タイタンがアイシャへの攻撃の手を緩めないまま、近づいてくる。


 「全員、ここで焼け死ぬか、万物の源を返して生き残る可能性を探るか、どっちがいい?」


 赤い目をギョロギョロさせて、つみれを見つめる。こんな状況で返したところで全員殺されるのは目に見えている。かといって万物の源を持って逃げ出せば、トウマとアイシャは高い確率で死ぬだろう。


 つみれは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、トウマの背中に手を置いていた。ん?手を置いている?


 「万物の源を返せば、見逃してくれるという保証はあるんか?」


 右手に乗せて、タイタンに差し出した。


 「保証?そんなものあるのかな?」


 魔道士はそれをむんずとつかむと、つみれの手から取り上げた。

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