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第68話 マリシャ奪回

 見た目は人間の男だった。髪が真っ白だ。肌の色も白い。黒地に赤い刺繍の入った豪華な上着を着て、同じく黒いズボンを履いている。首に白いマフラーを巻いていた。


 人間じゃない。気配からして魔族だ。こいつがシェイドか。トウマ以上に感情のない顔は人形みたいだ。スッと通った鼻、切長の目。若く見えるし、美形ではあるが、生きている感じがしなかった。音もなく手を上げる。


 「来るぞ!」


 アフリートとトウマたちの間に、空気の斧が落ちた。


 「うわっ!」


 見えたのか、つみれが驚いて飛びさがる。彼らも新たに登場した魔族に気がついた。アフリートはそいつのそばまで後退した。エントはダメージが大きく、倒れたままだ。とどめを刺すなら今だろう。と思った時、その魔族が低いよく通る声で言った。


 「俺の庭を壊すな」


 ゾッとした。遠くにいるのに耳元で言われたような、不気味な声だ。


 「シェイド、ヤバいのはあの大男の背中にいる魔法使いだ」


 アフリートが言った。やはり、こいつがシェイドらしい。


 「1000年前にお前が肉体を乗っ取っていた人間だろう?」


 背後でタイタンがぐぬぬと唸った。


 「乗っ取っていたのではない!ワシがアフリートを取り込んでいたのじゃ!」


 反論を無視してシェイドはエントに近寄ってきた。顔らしい部分のそばに膝をつくと「なんてざまだ。俺の庭を壊した罰だ」と言った。立ち上がってサッと左手を振る。


 声を出す間もなかった。パッとエントが木っ端微塵になった。木屑が舞い上がり、その中から髪の長い女性が立ち上がる。シャナだ。シェイドは木屑に手を突っ込むと小さな枝を取り出した。シャナは木屑の中から出ると「どうして?」と聞いた。


 「俺の庭を壊すからだ」


 そう言うと、シャナに小枝を手渡した。


 シェイドは俺の方(背中のタイタンを見ていたのだと信じたい)を向くと、もう一度「俺の庭を壊すな」と言った。


 「すまない。これ以上、暴れるつもりはない。ただ、あっちの彼女には少し用がある」


 どこまで意思が通じているのか。手探りではあったけど、知性はあるようなので、要求を伝えた。「あっちの彼女」とアフリートを指差した。アフリートは城壁のそばでぼんやりと立っている。シェイドはアフリートを見て、またこちらを見た。


 「アフリートが今、肉体を借りているのは、俺たちの知り合いなんだ。解放してほしい。その代わり、この爺さんをやる」


 「ワシをやるとはどういうことだ? ワシがアフリートをいただくのじゃ!」


 タイタンがわめいている。


 「その爺さんはやるけど、爺さんが持っている魔法はウチがもらうからな」


 つみれが口を挟んだ。シェイドはアフリートの方に歩いていった。それをシャナが追う。両手で小枝になったエントを抱えている。


 シェイドはアフリートのそばに行くと、のぞき込むようにしてその顔を見た。そしてまたこちらに向くと「俺の作った庭を壊すな」とまた言った。妙な感じだ。ちゃんとこちらの意図は伝わっているのか? 


 「マリシャを返せ。そうしたらすぐに出ていく」


 トウマが一歩踏み出した。


 と、アフリートがいきなり右手を上げて螺旋の炎を出した。


 「まずいぞ。みんな離れろ」


 俺が言うのと同時に、火柱が立ち上がった。シェイドが飛びさがる。アフリートを中心に炎が四方に燃え広がった。


 すごい火力だ。一気に昼のように明るくなり、熱気が全身を襲ってくる。タイタンの援護を受けた防御魔法を使っているから無事だが、それでも火傷する熱さだ。実際に腕の体毛が焼ける匂いがする。早くみんなのところに行かないと。


 「素晴らしい!これこそアフリートの真の姿!美しい!」


 背中でタイタンが歓喜している。それにしても一体どうした?アフリートは狂ったように周囲を炎で包み始めた。背後の城壁にも、なめるように炎が駆け上がっていく。アフリートの右手にトウマたちがいる。シャウナを中心に固まって防御しているが、長くもちそうにない。少し離れたアルアラムとアイシャも炎に包まれそうだ。


 「アルアラム! 集まれ!」


 まるで火山だ。噴火して、周囲を炎で包み込む。熱に耐えきれなくなった城壁が、音を立てて崩れた。トウマのそばに駆け寄ると、防御魔法を展開した。


 「突然、どうしたんだ。無差別攻撃じゃないか」


 誰も答えなど知るよしもないだろうと思いながら、聞いてみた。もちろん返事はない。トウマの顔もつみれの顔も熱で真っ赤だ。後退しないといけない。タイタンがいるから防御していられるけど、この火力のそばでは長くはもたない。


 「アフリート、どうした!」


 少し離れたところで、シェイドが声を上げている。風の魔法で炎を防いでいるが、それでも腕で顔を覆って熱そうだ。炎は芝生の庭を覆い尽くし、市街地と分け隔てている林まで到達していた。このままでは街に被害が出るのは時間の問題だ。


 「なっ、なんで」


 アフリートが表情を歪めてうめいた。涙をポロポロこぼして「この子、エントが木っ端微塵になってキレちゃった。止められそうにない」と言った。右手を開き、シェイドに向ける。オレンジ色の炎が風の精を襲った。


 「エントといいお前といい、面倒なヤツらだ!」


 シェイドは吐き捨てると、両手を振り下ろした。シュバッと音がして、押し寄せる炎を振り払う。さらに両手を振り出して、風の斧を発動した。


 「あっ」


 つみれが声を発するのと同時に、シェイドの魔法がアフリートを切り裂いた。首を切り落とし、勢いで崩れていた背後の城壁も破壊した。



 まさか、自分の仲間を殺すとは思っていなかった。一瞬の出来事に反応できなかった。波となって周辺を包み込んでいた炎が消えていく。マリシャの首が胴体から離れて、地面に落ちるところがスローモーションのように見えた。地面に落ちるか落ちないかのうちに、トウマが駆け出した。


 「オ ー キ ッ ド !」


 初めて聞いたあいつの絶叫で、我に帰った。トウマはマリシャに駆け寄ると、バラバラになった体をかき集めた。


 「治療だ!シャウナ!エンツォ!」


 そうだ。まだ大丈夫だ。走り出す。途中でシャウナが追いついてきた。


 「マリシャ!」


 すごい速さで俺を追い越した。


 「固定しろ!」


 トウマがマリシャを抱きかかえる。これはひどい。直撃を食らうと、こんなふうになるのか。マリシャは首を切られたように見えたが、実際には首の左側から右肩までをバッサリといかれていた。右腕は脇のところで皮一枚で繋がっていて、少しでも触れば取れそうだ。


 同時に2発食らっていて、左足が太ももの真ん中から切断されていた。右足は大丈夫だ。切り口が鋭利なのでピタリとくっつけることができるのが不幸中の幸いだった。シャウナが首を、エンツォが左足を持ってバラバラにならないように保持する。俺とシャウナとエンツォの3人で一斉に治療魔法をかけた。


 「一晩で2人も古い友人を倒すことになるとはな。気は進まなかったが…」


 少し離れたところでシェイドがしゃべっている。誰に向かって話しているんだ?シャナか?どこにいる?だが、今はそれを確認している場合ではなかった。


 人間は一瞬で死ぬことはあまりない。たとえマグマのたぎる火口に叩き込まれても、落ちた瞬間は魂が肉体のそばに残っている。魂が肉体と完全に離れてしまうと、魔法で蘇生するのは難しい。首を落とされると切られた衝撃と大量の失血で意識を失い、急激に魂は離れていく。だが、今なら間に合う。


 「戻ってこい、戻ってこい!」


 トウマがマリシャの耳元で叫んでいる。パインとアルアラムも駆け寄ってきた。つみれとアイシャも一緒だ。マリシャの鼻先に、ふわりと火の玉が浮かんだ。なんだ?と思う間もなく、背後からタイタンが手を伸ばして、それをつかんだ。


 「お前たち、よくやった!アフリートを取り戻したぞ!」


 タイタンはうれしそうに言うと、火の玉を左の口で飲み込んだ。パッと体の輪郭がオレンジ色に染まる。着ていたものが一変して、ゆらゆらと揺れる炎のローブ姿になった。頭には炎のとんがり帽子をかぶっている。


 「落ち着くのう、この姿は」


 タイタンが俺とのリンクを解除したのか、自分の魔力が急激に減っていくのを感じた。


 「タイタ…」


 顔を上げると、1000年前の姿を取り戻した大魔道士は、俺のそばから離れ始めていた。シェイドに向かって歩きだしている。浮遊しているので、これまでようなヨタヨタした歩き方ではなく、スムーズで速い。


 「世界を焼き尽くす炎だ。さて、改めてワシの時代を作り始めるとしようかのう。まずは手始めに風のエレメントをいただこう」


 シェイドは一歩退がると、風の斧を発動した。ジャリン!という音を立てて、タイタンの目の前で粉砕される。


 「お前の風の魔法はなかなか強力だが、残念ながらワシには効かないのう」


 タイタンが風の大砲を発射する。俺からパクッたヤツだ。炎が絡まった砲弾を、シェイドは風の斧で防いだ。ギャン!という金属音を残して、弾き飛ばされた砲弾は背後の黒焦げになった林のあたりに落ちた。


 「ワシは風の魔法だけでも、お前と互角に戦える。その上で世界最強の炎を駆使する。勝てるかな?」


 タイタンは左手で空をなでた。炎が燃え広がる。どんどん広がっていく。まずい。ここにいたら一緒に焼き尽くされてしまう。


 マリシャから手を離して、防御魔法を展開しなければいけない。だが、その余裕があるだろうか。かなり魔力を使ってしまった。ここで防御魔法をかけたとして、いつまで耐え切れる?エンツォとシャウナはどうだろう。2人ともマリシャを助けるために、かなり魔力を使っているように見えた。


 と、マリシャがゴホッと咳き込んだ。真っ黒に近い血を吐き出す。さらにゴホゴホとむせて、血を吐いた。よかった、とりあえず息を吹き返した。


 「くっついたな。マリシャ、大丈夫か?」


 トウマがマリシャの体を抱え直して、少し体を傾けた。口から血が流れ出している。まだ目を閉じていて、意識は戻っていない。


 「マリシャ、私だよ。わかる?」


 シャウナがマリシャの頬に手を当てて呼びかけている。マリシャはもう大丈夫そうだ。炎の対処をしよう。そばでパインとアルアラムがマントを脱いで、炎が少しでも近づかないようにバサバサと仰いでいる。つみれは魔法使いなのに、こういう時に対処できる魔法を知らないのか?アイシャのそばで、彼女を守るようにターバンを振り回していた。


 「エンツォ、まだ魔法は使えるか?」


 エンツォはマリシャの左足から手を離すと「こんなに魔力を使ったのは久しぶりだ」とニヤリと笑った。


 「行けるところまで行ってみるさ」


 2人で防御魔法を展開する。なんとか炎が押し寄せてくるのを防ぐことはできたが、熱気が止められない。ああ、まずいぞ。もう魔力が尽きそうだ。


 「おっさん、すまん!俺、もう限界!」


 そういうと、エンツォは後ろ向きにバタッと倒れてしまった。


 「シャウナ!移動魔法が使えないか?」


 「やってみる。みんな、手を貸して!」


 シャウナを中心に手を繋ぐ。


 「行くよ!」


 一瞬、浮いたが、すぐに浮遊感が消えた。


 「ダメだ、魔力が切れちゃったみたい」


 気がつけば、前も後ろも炎に包まれていた。逃げ場がない。


 「マリシャを担いで炎を突っ切ろう」


 トウマはマリシャを背負って立ち上がったが、見渡す限りの炎だ。


 「ちょっと待てや!万物の源を取り戻さなアカンやろ!」


 つみれが呼び止めた。それを持っているタイタンは、炎の海の向こうでシェイドを追い回している。


 「あんなところまで行けるわけないだろう。焼け死んでしまうぞ」


 「諦めろっちゅうんか?あれをここで逃がしたら、次はどこで巡り会えるかわからへんのやぞ?」


 言わんことはわからないでもない。だが、その前に命あってのものだねだ。


 「誰か消火の魔法とか使えないの?」


 アルアラムが言う。そうだ。誰がそういう便利な魔法を覚えておけよ。


 「知っているけど、もう使えないよ」


 シャウナが言った。俺の防御魔法も、もう限界だ。魔力が切れたらどうする?とりあえず走れるところまで走って逃げるか?どこかに退路がないか見回すと、不思議なことに自分たちの周囲だけ炎がないことに気がついた。これは俺の魔法の効果じゃないぞ?誰の魔法だ?周囲を見まわすと、アルアラムの隣にシャナがいた。完全に俺たちの仲間のような顔をして混じっていたので、全然気がつかなかった。


 「私が防ぐわ」


 シャナは言った。どういうつもりだ。こいつ、俺たちの敵じゃないのか?そういえば、神武院でもトウマを助けてくれたな。


 「早く万物の源を取り戻しましょう」


 聞きなれない声だと思ったら、アイシャだった。「そうやな。どうやったらいい?」とつみれ。


 「簡単よ。万物の源は、簡単に取り出すことができるわ。だって、占い師が持っている水晶玉みたいなものなんだもの。あの年寄りをぶん殴って、取り上げればいいわ」


 えっ、なんだって?何を言っているのかわからなくて混乱していると、トウマの背中でマリシャが「お兄ちゃん…」とつぶやいたのが聞こえた。

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