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第65話 ディナー・イン・サンセットタウン

 街の奥に向かって馬車が2、3台は並んで走れそうな広い道路があり、両側に建物が並んでいた。今、夕日で全てがピンク色っぽく見えるが、日中はたぶん白いのだろう。白壁で2階建ての家や商店が多い。夕刻とあって、軒先に行燈が出ているところが多かった。食堂や酒場もある。にぎわって、楽しく騒ぐ声が聞こえてくる。


 だが、住民は人間ではない。オークにゴブリン、一見、人間に見える姿でも角があったり、尻尾を生やしていたり、立って歩いているオオカミやトカゲもいた。大きさもさまざまだ。建物の向こうにはゴーレムだろうか、巨大な魔族の頭部が見える。ドラゴンにも会った。珍しい金色だった。夕日が反射してキラキラと輝き、パインと一緒に見惚れてしまった。ぶつかりそうになって、そいつが人間の言葉で「あら、すみません」と言った。若い女の声だった。


 どいつもこいつも攻撃してこない。警戒くらいはするのではないかと思っていたが、チラッと目があっても、すぐに何もなかったかのように通り過ぎていく。


 「なんや、ここ。たまげたなぁ」


 つみれがいつの間にかターバンを外している。そうした方が馴染むと気づいたようだ。俺もむしろここではターバンを巻いている方が、パンツを履いてないのと同じようなものなのではないかと思えてきた。エンツォはすごい、すごいぞ!とつぶやきながら、舌なめずりをしている。


 「親分、ちょっとあそこの店で親交を深めてきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 つみれの袖を引いて、道路脇の居酒屋っぽい店舗を指差した。


 「あかん。まだどんな場所なんか全然わからへんのに、バラバラになるのは危険や」


 つみれの言う通りだ。気配はないが、もしかしたら大掛かりな幻を見せられている可能性がある。


 「お前たち、こんな街が珍しいのか?1000年前はこれが当たり前だったぞ?」


 背中でタイタンが言っている。


 「むしろここまで会うヤツ会うヤツ人間ばかりで、魔族はどこに行ったんじゃろうなと思っておったわ」


 そうか。魔族が優勢だった神話の時代は、こんな感じだったんだ。俺たち人間の方が、肩をすぼめて暮らしていたんだ。


 「腹が減ったなあ」


 エンツォが誰とはなしに言った。道路脇にたくさんある飲食店から、いろいろないい香りが漂ってくる。肉や魚を焼く匂い、野菜を煮る匂い、何かのスパイスの匂い。こんなに芳醇な香りに包まれるのは久しぶりだ。先頭を歩いていたヒイロがくるりと振り向いた。


 「おっさんたちはメシを食ってきてもいいんだぞ?俺はこれから父ちゃんを母ちゃんのところに連れて行くんだから。他の人は関係ないだろ?」


 確かに言われてみればそうだ。トウマが嫁さんと再会するのはプライベートなことで、俺たちが立ち会うのは筋が違う。トウマはヒイロに連れられて嫁さんと再会する。俺たちはシェイドに会って、エントやアフリートが来ていないか確認する。二手に分かれるのがよさそうに思えてきた。と、その時、シャウナがハイ!と手を上げた


 「私はトウマの奥さんに会いたいです!」


 するとパインも「パインも会ってみたいのじゃ!」と言い出した。アルアラムはえっ?とパインの顔を見てから「じゃあ、僕も…」と言った。


 「ちょっと待たんかい!」


 割って入ったのはつみれだ。


 「なんでみんなそんなにトウマの嫁に興味があるんや!」と言ってから「ウチも会うてみたいわ」と言った。


 なんなんだ。なぜみんなあいつの嫁に興味があるんだ?


 そもそもトウマが「いいぞ」と言わなければダメだろう。トウマを見ると「それより、マリシャがここに来ていないか確認する方が先じゃないか」と言い出した。


 「ヒイロ、先にシェイドに会いたい」


 「えっ、そうなの?別にいいけど」


 「その前にメシにしませんか、親分。俺たちのカネは使えるのかなあ」


 エンツォは相変わらず食堂の方を見ている。確かにそうだ。ここでやることはたくさんある。先に腹ごしらえをするのも悪くはない。


 「そうやな。なんかうまそうな匂いがしとるし、とりあえず敵情視察や情報収集を兼ねてメシにするか」


 朝食べて以降、まだ何も口にしていない。つみれも空腹に負けたのか、食堂へと足を向けた。あれもゴーレムか何かだろうか。すごく大きくて背が高い魔族が、食堂の向こう側を歩いているのが見えた。


 不思議な感覚だ。食堂に入ってテーブルにつくと、ゴブリンのウエイトレスがやってきてニコッと笑って「人間のパーティーなんて珍しいね。で、ご注文は?」と言った。長いこと生きているが、こんなに見た目からして明らかに魔族な生き物から、こんなふうに親しげに話しかけてこられたことはない。


 「俺、魚のフライが食べたいなあ!」


 ヒイロが椅子の上で足をパタパタさせながら言った。何を頼めばいいんだろう。魔族の食堂って、何があるんだ?


 「おすすめはなんですか?」


 俺より先にシャウナが質問した。


 「サンセットタウンは初めてかい?ここは海沿いの街だから、海鮮ならなんでも美味しいよ」


 「この、星エビのホワイトソースがけというのをくれ。あと、ワインはあるか?」


 エンツォがメニューを見ながら普通に注文している。星エビってなんだ。そんなエビ、聞いたことがない。頼んで大丈夫なのか?こいつもシャウナに負けず劣らず好奇心の強いヤツだ。そうでなければ、こんなところまで来ていない。


 「メルルーサってなんですか?」


 またシャウナが聞いている。


 「魚だよ。白身で美味しいよ」


 ゴブリン女子と楽しく会話している。数日前にはこの子と似たような魔族を、ナイフで切り殺していたのに。


 「パインは肉が食べたい。でかーい肉」


 「ボリュームが多いのがいいならジャンボハンバーグの目玉焼き乗せがおすすめかな」


 みんな思い思いのものを注文した。


 「ワシのことを気味悪がらないな」


 右の口で赤ワイン、左の口でビールを飲みながらタイタンが言う。自分が気味が悪い姿をしている自覚があったのか。まもなく大皿に小魚とポテトのフライが盛られたものがやってきた。俺の注文だ。これから戦闘になる可能性があるので、酒は飲まなかった。


 トウマは先ほどのウエイトレスを呼び止めると、チップ(入店する時に確認したら俺たちが持っている金が使えた)を渡して「最近、デカい木の魔族が来なかったか」と聞いた。


 「エントさんのことかな?来たよ。シェイドさんの古い仲間がきたということで、ちょっとしたお祭り騒ぎになったんだ。うちでもディナータイムでドリンクサービスをやってね」


 よくしゃべる女の子だ。額の端から太くて短い角がのぞいていて、右側にリボンを結んでいた。ゴブリン風のおしゃれなのだろうか。トウマはもう一枚、コインを渡すと「火の魔女が一緒ではなかったか?」と聞いた。


 「ああ、アフリートさんだろう?美人だったなあ!今頃、お二人ともシェイドさんのところだろうね」


 そうか。では、この街のどこかにマリシャがいるわけだ。


 「腹ごしらえしたら早速、会いに行こうかのう」


 タイタンが何かのフルーツを頬張りながら言った。


 「お兄さんたち、どこから来たんだい?」


 「人間のパーティーは珍しいのか?」


 ゴブリン女子の質問をさえぎって、トウマが逆に聞いた。


 「そりゃ珍しいよ!ここは魔族の街だからね。人間を見かけることは少ないから。きっと遠いところから来たんだろうねえ。ゆっくりしていってよ」


 女の子はトウマの肩をポンと叩くと、隣に座っていたヒイロの頭をなでて、別のテーブルに行ってしまった。なんだろう。この居心地の良さは。最初は敵の真っ只中に入った緊張感がすごかったけど、今はそれがない。


 「ここ、魔法で作られた空間とちゃうな。普通の街や。瞬間移動したみたいやな」


 つみれは大きな魚を蒸したものを食べている。香草が散らしてあって、席が離れているてもいい匂いが漂ってきた。


 「瞬間移動じゃない。次元の裂け目を移動してきたんじゃ。ここはワシらが知っている大陸のどこかじゃ」


 タイタンが言った。


 「次元の裂け目?」


 シャウナが聞いた。


 「お前らが〝カーテン〟と言っている場所を通った時、魔力の影響をあまり感じなかった。と言うことは、魔法でどこかに移動したか、させられたわけではない」


 タイタンはまたフルーツをほおばる。


 「不勉強なヤツらじゃな。次元の裂け目というのがあってな。そこを通ってどこか遠いところや、別の世界に移動することができるんじゃ。今回通ってきたアレは、魔法で巧妙に隠されていたけど、それじゃな」


 そんなものがあるんだ。


 「ということは、ここは世界の果てのそばなのか?シェイドは旅の目的を達したということなのか?」


 エンツォが勢い込んで聞く。


 「それは知らん。ワシは世界の果てに興味はない。ただ、現実世界のどこかの街であることは間違いない。もし〝カーテン〟が使えなくても、空中浮遊の魔法で元の場所まで帰ることができるはずじゃ」


 そういえば基地を出てからずっと存在感のないアイシャは大丈夫だろうか。先ほども何かを注文していた気配はなかった。また記憶の海に沈んで外界を遮断しているのかと思って見てみると、ちゃんと何か食べていた。なんだろう。アイスクリームか?

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