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第63話 魔法を複製する

 翌朝もタイタンはうるさかった。早朝から起き出して「メシはまだか!」とシャウナを叩き起こした。


 「私は炊事係じゃない」


 「女だろう!メシの一つも作れんのか!」


 寝ている間にまた開きの状態に戻ってしまって、見た目がグロテスクだ。足が不恰好に短く、体が横に平べったいので歩き方がおかしい。砂漠を歩いていけるのだろうか?


 「いつまでこんなシーツ一枚をまとわせておくつもりだ!」


 服にも文句を言い出したので、マルコが貸した。マルコは背が高いので、上着だけで足元までカバーできる。ターバンを腰のところで巻くと、魔法使い風に見えなくもなかった。頭に巻くターバンもよこせと言うので、ベルナルドが貸した。靴も貸せと言ったが、足が小さくて誰のサイズも合いそうにない。「小僧、靴をよこせ」とヒイロに絡んだが、拒否された。


 「タイタンはん、ここは働くヤツしかメシを食えへんのや。食う以上は、何か貢献してくれへんと困るわ」


 つみれは朝食をがっついているタイタンに言った。どちらの口で食べるのかと見ていたら、向かって右側の口ばかり使っていた。口の幅が狭いため、ボロボロとこぼしながら食べている。こぼしたものを左腕で拾って左の口に入れる。耐え難い行儀の悪さだ。俺はマナーとは無縁の盗賊団で育ったが、老師からそれなりに礼儀作法を学んで今も大切にしているので不快だった。食べ物をこぼしながら「そうだな。お前たちが何か魔法を見せてくれたら、貢献してやってもいいぞ」と言った。


 「ちょっと待ってくれ」


 エンツォが口を挟む。


 「あんた、大魔道士なんだったら、自分でいろいろと魔法が使えるんじゃないのか? 昨夜から不思議でならないが、なぜ俺たちに魔法を使わせようとする?」


 ごもっともだ。


 「それはアフリートと分離した時に、全ての魔法がリセットされてしまったからじゃ。ワシが今、使える魔法は万物の源しかない。誰かに魔力を供給する魔法しか使えない」


 今度は左側の口が説明した。


 「万物の源はあらゆる魔法に対して上位の存在だと聞いたけど、私たちが魔法を使ったら、あなたの支配下に置かれてしまうんじゃないの?」


 シャウナが昨夜から(ここにいる魔法が使える)みんなが危惧していたことを聞いた。


 「ああ、そりゃあ、支配下に置こうと思えば置ける。だが、支配下に置けるのは魔法だけで人格まで支配するわけではないので、安心しろ。それに、魔法も支配下に置こうと思わなければ、置かない。面倒臭い魔法は置きたくないからな」


 タイタンはわかったような、わからないようなことを言った。要するに、こいつの胸先三寸ということか。


 「よし、ほな当たり障りのない魔法を見せたる」


 つみれは座ったまま指をサッとひと振りして、テーブルの真ん中あたりにパッと明かりを出した。タイタンが手にしていたスプーンをひらりと動かすと、明かりが急激に強くなった。どんどん明るくなる。まぶしすぎて目が開けていられないほどだ。まずいとは思いながら、目を閉じて顔を背けた。


 「わかった、もういい!」


 つみれの声で、パッと消える。


 「こんなものは朝飯前だ」


 タイタンがパチン!と指を鳴らすと、広間に無数の明かりが灯った。まるでパーティー会場みたいだ。


 「やべえ、明かりの魔法をパクられたぞ」


 マルコが見回してつぶやく。なるほど。誰かの魔法に魔力を供給すれば、使えるようになるのか。となると、こいつの前で攻撃魔法をうかつには使えないな。


 「へえ、大したもんやな」


 つみれは平然としている。


 「今のは朝飯代くらいかな。で、じいさんよ。荒れた土地に草木を生やしたり、水を湧かせたりできる?」


 「そういう魔法を見せてくれれば、お安い御用だ」


 タイタンはニヤリと笑った。


 「そうか。助けてやった礼を要求するわけやないけど、ひと仕事終わったら、ウチのお願い、聞いてくれへんか?」


 つみれもニヤリと笑い返した。



 朝食を終えて早速、日没都市に向かうことになった。


 「入り口は陽炎みたいなもので、現れたり消えたりするんだ。前回はたまたまこの近くに現れたけど、今はないみたい」


 ヒイロが砂漠を指差して説明している。


 「常時、出現しているところはないのか?」


 「アッシュールって知ってる?そこなら大概あるよ」


 アッシュールか。ここから馬車で2日間かかる。


 「ハイ! 行きたいです!」


 早速、エンツォが手を上げた。


 「マルコとベルとアイシャを残していくわけにはいかない。敵襲があれば、その3人では防ぎきれへん」


 つみれが言った。待ってくれ。全員で行くのか? 


 「多すぎない? 乗り切れるの?」


 シャウナが俺の疑問を代弁した。馬車は1台しかない。


 「移動魔法を知っている者はおらんのか」


 タイタンが聞いた。つみれが静かに首を振る。エンツォも同じく。俺か? 知らない。タイタンはシャウナを見た。


 「あ〜。知らないことはないけど、使ったことないなぁ」


 シャウナは視線を逸らしてあごをかいた。


 「知っているのなら、なんとかしてやる。手を出せ」


 タイタンが左手を差し出す。シワシワでシミだらけの汚い手だ。シャウナは恐る恐るその手を取った。


 「詠唱が必要か? それとも念じるだけでいいのか? 好きにしろ」


 タイタンは右手の人差し指でくるくると空に円を描いた。ふう〜っと深呼吸をすると、シャウナは目を閉じる。次の瞬間、砂埃を残して目の前から消えた。


 「あ〜あ。大丈夫やろか」


 つみれが空を見上げている。視線の先を追うと、遥か上空に人影が見えた。空中浮遊の魔法か? 声が聞こえる。シャウナの悲鳴だろうか。


 「落ちてくるかな? 受け止めた方がいいか?」


 一応、言ってはみたものの、こちらに落ちてくる気配はない。大きな弧を描いて随分と遠くに落ちそうだ。


 「エンツォ、見えるところに行っといて」


 つみれの言葉にうなずいたエンツォは、砂丘を駆け上がっていった。丘の上で額に手をかざしている。しばらくして「親分、見えなくなりました!」と言った。


 それから小一時間も経たないうちに、シャウナとタイタンが帰ってきた。空を見上げていると青空の中に黒点が現れた。「あ〜!」というシャウナの悲鳴とともに落ちてくる。基地の見張り台くらいの高さで急ブレーキがかかって、そこからゆっくりと地面に降り立った。


 「こやつ、全然使いこなせていないぞ」


 タイタンがはだけた服を直しながら、不満げにつぶやいた。シャウナは四つん這いになって肩で息をしている。


 「大丈夫か?」。


 背中に手を置くと、ようやく顔を上げた。「み、水」というので水瓶からコップに一杯くんできてやる。井戸端まで出てきていたパインが「シャウナが空を飛んでいたぞ!パインもやりたい!」と興奮していた。シャウナは水を一気に飲み干すと「ああ!」と大きなため息をついた。


 「なんだ、あれ。空中浮遊か?」


 ウンウンとうなずく。


 「まだうまくコントロールできない。スピードが出過ぎて、息ができなかった」


 ようやく吐き出すように言った。とはいえ、これでこの魔法は、あいつも使えるということだ。タイタンを見ると目を細めていた。


 「察しがいいな。是が非でも馬車でというヤツは別だが、それ以外はワシが連れて行ってやろう」


 馬車がないと万が一の時に不便だろうということで、マルコとベルナルドは馬車移動になった。


 「こいつを連れて行くのか? こいつはワシを殺そうとしたヤツだぞ?」


 タイタンはアイシャが一緒であることに怒りをにじませたが、そうもいかない。彼女は1000年前の記憶を持っている。エントやシェイドに会った時に、役に立つ情報をくれるかもしれない。


 そういえば今更気がついたけど、エントとエンツォって響きが似ている。見た目が全く別物なので、結びつけて考えたことがなかったけど。


 マルコとベルナルドはアッシュールに到着したらアルバース隊のテントがあったところで待機ということにして、俺たちはタイタンの魔法でひと足先に向かうことになった。


 「手を繋げ。離すなよ。魔法のリンクから外れたら落下しかねないからな」


 ロープで互いを繋いで、手も繋ぐ。接触している者全員に魔法がかかるという仕組みだ。いかにもシャウナからパクった魔法らしい。


 「落ちたらアッシュールで集合な」


 トウマがそう言っているけど、落ちたら普通に死ぬだろう。

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