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第61話 大魔道士タイタン

 「というわけだ」


 ヒイロは自分で説明したがったが、子供だからか脱線しがちなので、俺がかいつまんで説明した。トウマは時々、顔を紅潮させて聞いていた。照れているのか、怒っているのか、よくわからない。だけど、ずっと隠してきた過去が、全てではないといえ自分の息子の手で暴かれているのだから、冷静ではいられないだろう。


 「父ちゃん、後で全部、俺がもう一度ちゃんと話すから、聞いてくれよな!」


 トウマが座っている横に仁王立ちして、ヒイロが息巻いている。トウマはヒイロをまじまじと見ると、亜麻色の髪をなでた。後頭部に手を触れると、立ち上がってもう一度、頭から首筋にかけてなで回した。


 「なんだよ。くすぐったいよ」


 ヒイロは身をよじって逃れようとする。


 「お前、あの時の赤ん坊なのか?」


 シャウナのそばに逃げていったヒイロを、驚いた表情で見つめていた。シャウナはヒイロの背中をなでている。


 「この子、すごい面白い。人間じゃないみたい」


 「姉ちゃん、その通りやで。それ、人間とちゃうで」


 つみれは面白くなさそうだ。テーブルに肘をついてヒイロを見ているが、表情に明らかに不満の色が浮かんでいる。


 「最後に会った時は赤ん坊だったのか?俺は父ちゃんのことは覚えてない。母ちゃんから、こんな感じの人って教えられて、探していた。純血の東方人だと聞いていたから、すぐわかったぞ」


 奥さんも随分とざっくりと教えたものだ。


 「大きくなったなあ」


 めちゃくちゃ荒唐無稽な話なのに、納得しているじゃないか。トウマの表情が少し緩む。マリシャと一緒にいるときの顔だ。


 「おい、感動の再会もいいけど、こっちも見てくれよ」


 マルコが呼んでいる。そうそう、万物の源を拝まないとな。シャウナは「木の根っこ」と言っていたけど、ちょっと違う印象を受けた。何というか、魚の干物?平べったくて、左右が微妙に対照で、茶色く乾燥している。一階の床にゴロンと投げ出してある。とても伝説の魔法の扱いとは思えない。


 「どうやって使うんだろう?」


 シャウナは手袋をした手で、あちこち触っている。


 「ここを見ろ!」


 エンツォが大きな声を出して、端っこを指差した。油紙の間から水か染み込んだのか、端が濡れてふやけていた。人間の肌のような色になっている。


 「うわあ、気持ち悪いなあ。よく見たらこれ、人間みたいじゃないか」


 アルアラムがのぞき込んで言った。


 「どこが人間みたいなんだよ」


 マルコはピンとこないようだ。


 「ほら、ここが頭で、これが目でしょ。ここが鼻で…」


 アルアラムが言う通りに見ると、確かに見えなくもない。人間を横から見た形だ。しかし、それではおかしい。アルアラムの指摘する通りだとすれば、この人間は腹開きされていることになる。


 「もう少し水をかけてみたら、戻るんじゃないか?」


 エンツォが言った。


 「そんな、乾燥肉でもあるまいし」


 シャウナが言っている間に、つみれがコップに水を汲んできた。ふやけている部分に少しずつかける。おっ、すごい勢いで吸うぞ。全然、床にこぼれない。水を含んだ部分はどんどん色が変わっていく。褐色だ。先ほどアルアラムが人間みたいだと言ったものだから、人の肌に見えなくない。ほら、ここが指で、これが手の甲で…。


 「もっと水を持ってこい」


 つみれの指示で、マルコが水を汲みにいった。おお、何ということだ。間違いない。これは人の腕だ。木の根っこに水をかけると、どこからどう見ても人の腕にしか見えないものが出現した。褐色の肌。シミやシワがあり、初老の男性のようだ。爪も復活した。


 「これがタイタンなんじゃないの?」


 「とりあえず半分に水をかけてみよう」


 開きになった半分に水をかけていく。すごい勢いで吸う。途中で水瓶の水が底を尽き、井戸に汲みに行った。首が現れ、胸が現れる。裸だ。顔にかけていくと「ここが目」と言っていた部分が、みるみる輝きを取り戻した。白目が多く、瞳が赤い。白髪が生えている。水を十分に吸った口の部分が、てらてらと輝き始めた。


 「うわっ!」


 水をかけていたエンツォが驚きの声を上げる。だが、飛び下がりはしない。


 「目が動いた!」


 のぞき込むと、確かに赤い瞳がギョロリとこちらを見ていた。ゴホッと咳き込むような音がして、ビクビクと動き始める。


 「めちゃくちゃ気持ち悪い…」


 アルアラムはパインの後ろに隠れて、壁際まで後退りしている。


 「こいつ、生きてるぞ」


 つみれもエンツォの肩越しにのぞき込みながら言った。信じられない。カラカラに干からびているだけならまだしも、これは魚の開きのように腹開きされているのだ。それでビクビクとまだ動いている。今、俺たちが見ているのは体の表面側だ。と言うことは、裏返したら腹の中身が見えると言うことか?あまり想像したくないな。


 腕の部分もビクビクと動き始めた。そしてついに、そいつはしゃべり始めた。


 「もう一方にも…水を…」


 シューシューと空気が抜けたみたいな音がする。聞き取りにくい。しゃべった勢いで、反対側のまだ水を吸っていない部分がビシッとひび割れた。


 「まずい。割ったらアカン。何人かで手分けして水をかけるんや」


 つみれの指示でマルコとシャウナも水をかけ始めた。たぶん、つみれはトウマに言ったつもりだったのだろうが、ヒイロを膝に抱いて座り込んでいるのを見るや、シャウナがサッとポジションを奪ってしまった。いや、これは吸うな。水瓶4杯分。昼過ぎから始めた作業は夕方までかかった。


 「父ちゃん、あれ何?」


 「何だろうな」


 父子が見ている前で、水やりは終了した。ちょっと何を見ているのか、にわかには信じ難い。人間の開きだ。しかも、開かれた状態で生きている。頭が異様に大きく、腕はともかく足がすごく短い。イチモツはあるのか?とつみれが足を持ち上げて見ていた。確認したようで、どこからかシーツを持ってきて首から下にかぶせた。


 裏側はどうなっているのだろう。知りたい。だけど、見たくない。シャウナはもうそれの鼻をつまんで、見ようとしている。医者としては見た方がいいのだろうが、あまり気は進まない。そんな物件だ。


 「ちょっと見てよ。裏側は体の内側かと思ったら、そうじゃないよ」


 シャウナ、君は勇敢だ。そして好奇心旺盛だ。それは認めよう。だけど、それが君の寿命を縮めかねないことも理解しておいた方がいい。エンツォも持ち上げて見ている。


 「裏側も裏だ! いや、裏側も表側だ!」


 何を言っているのか意味がわからない。と、突然、干物がしゃべった。


 「失礼なヤツらだな!もう少し水を持ってこい!立ち上がれないではないか!」


 みな、あっけに取られている。つみれがプッと吹き出して「マルコ、水持ってきて」と言った。


 さらに水をかけるとシーツに覆われたそれは、むっくりと起き上がった。どうやって立っているんだ。自分の見ているものに混乱する。立ち上がった時に見えた。表も裏も、表面だ。薄っぺらい人間が、背中合わせにくっついていると考えてもらえればいい。ちょっと待ってくれ。これこそ人間ではない。これに比べれば、ヒイロはずっと人間だ。干物は相変わらずシューシューと空気が抜けたような音を立てながら言った。


 「ここはどこだ? アフリートはどこにいる?」


 みんなで顔を見合わせて、何となく全員でつみれの方を見る。ウチが代表してしゃべるんか?という顔をして、質問に答えた。


 「えっと…ここはムスラファンの砂漠で…西の方やな。アフリートはよく知らん」


 それは赤い瞳をギョロギョロと動かした。目が前後に4つあるわけで、気持ち悪い。


 「フン、使えんヤツらだ!とっととアフリートを探してこい!」


 憤慨している。


 「もう一度、ダンジョンに放り込んでやろうか」


 トウマが立ち上がった。


 「ふざけるな!誰がダンジョンに戻るものか!お前たち、ワシが大魔道士タイタンだと知って、そんな口をきいておるのか?!」


 シャウナとエンツォがえーっ!と言って驚いている。


 「この干物がタイタンなの?!」


 シャウナ、近づくと危ないぞ。


 「干物とはなんだ! 好きでこんな形になっているわけではないわ!」


 言うなり、それの形がぐにゃぐにゃと変わり始めた。開いていたものが畳まれたというか、相変わらず不恰好に頭が大きいものの小柄な老人が現れた。


 「お前たち、魔法使いであろう?ならば、万物の源の恩恵を受けたいとは思わぬのか?我こそが万物の源そのものであるぞ。ひれ伏せいっ!」


 言い終わらないうちにトウマが歩み寄ると、タイタンの横っ面を叩いた。ヒエエッッと叫び声を上げて倒れる。


 「うるさい。お前は黙って俺の仲間を助ける手伝いをしてればいいんだ」


 背後でヒイロが「父ちゃん、カッコいい!」と手を叩いている。

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