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第60話 日没都市から来た少年

 男の子は名前をヒイロと言った。トウマの息子だという。


 それを聞いた時も驚いた。結婚していたという話は聞いていたけど、子供までいたとは。だけど、この子、人間じゃないぞ。人間なのかもしれないけど、俺はこんな人間は見たことがない。魔族でもない。肉体に触れることはできるけど、魔力の塊みたいだ。


 ヒイロを連れて基地まで戻ってくると、アルアラムが気まずそうな顔をして待っていた。パインを見つけると「無事だったか、よかった」と駆け寄ってきた。説教してやろうとしたそのとき、エンツォとベルナルドも戻ってきた。


 「どうだ! 見た!か! 俺の魔法を!」


 エンツォは胸を張っているが、次に出撃するときは打ち合わせをしてほしい。トウマたちがいつ帰ってくるかわからないし、今夜中に2度目の襲撃があるかもしれないし、今から打ち合わせをした方がいいかもしれない。アルアラムとエンツォと、どちらから先に声をかけようかと思っていると、ヒイロがエンツォに駆け寄って言った。


 「見たよ!すごかった!俺、あんなの見たことない!」


 「そうだろう、少年!あれは!土の魔法だ!全てを押し流す!」


 髪をかき上げて格好つけているが、その前にその子が誰だか少しは疑問に思えよ。まずはエンツォに言ってやろうと口を開きかけたところで、あちらが先に「ところで少年!」と言った。


 「君は人間ではないな!君みたいなのは見たことがない!人間ではないが、魔族でもない!一体何なんだ!興味がある!」


 それは俺も知りたい。ヒイロは「おっさん、よく分かるなあ」と目をキラキラさせた。


 「一応、人間だよ。死者の国で生まれたんだ。あっちとこっちを行ったり来たりできるから、普通の人間とはちょっと違うかもね。俺みたいなのは珍しいらしいよ。シェイドさんも言ってたもん」


 「えっ、何だって。誰が言ってたって」


 思わず割り込んで聞いた。


 「シェイドさんだよ」


 「シェイドさんって、あの風の精霊のシェイドか?」


 「そうだよ」


 マジか。探していた魔族の最後の一人を見つけたぞ。思わず唾を飲み込む。ひと呼吸置いている間にエンツォが割り込んでこなかったのは、幸いだった。


 「君はどこから来たんだ」


 「日没都市というところさ」


 ええっ!とエンツォが声を上げた。


 「日没都市!ついにそこからの生還者に出会うことができた!少年!そこに行きたいッ!日没都市に行きたいぞッ!」


 興奮している。俺もその名前は聞いたことがある。年甲斐もなく、胸が高鳴るのを感じた。


 「いいよ。ただし、父ちゃんと会ってからね。俺、そこに父ちゃんを連れていくために、探しているのさ」


 えらいことになったぞ。


 とりあえず屋内にヒイロを招き入れた。アイシャはチラッと少年を見たけど、特に反応はなかった。日没都市ってトウマがずっと行きたがっているところだ。夜中にもかかわらずエンツォが興奮気味に話しているので、聞いてやった。


 彼によれば日没都市とは、西の砂漠に逃亡した魔族が作った都なのだそうだ。エンツォは戦闘で捕まえた魔族と会話して、その存在を知ったらしい。世界の果てに築かれていて、1000年前の魔法が今でも存在して、使われているという。人間の神話と同じように、魔族の間で語り継がれている伝説なのだそうだ。


 「どうしよう!万物の源を手に入れて!日没都市に行ったら!俺、もっとすごい魔法使いになれるかもしれない!それこそタイタンみたいな!」


 酒も飲んでいないのに、どんどんテンションが上がっていく。


 「1000年前の魔法があるかどうかは知らないけど、魔族はいっぱい住んでるよ。普通の人間ならば、びっくりするぞ」


 ヒイロは楽しそうだ。


 「そこに、君のお母さん…つまり、トウマの奥さんがいるのか?」


 「そうだよ。母ちゃんは死んじゃったんだ。だけど、父ちゃんが探していることを知っていて、ずっと待ってる。だから、俺がこうやって父ちゃんを探しにきたってわけ。日没都市は、簡単に入れる場所じゃないから」


 「入れるって、どういうこと?」


 アルアラムとパインは眠ってしまった。ベルナルドも興味がないのか、奥の部屋に行ってしまった。だが、今、冒険の核心に迫ろうとしているんだ。寝ている場合ではない。


 「普通に砂漠を歩いているだけじゃあ、入り口がわからないのさ。おっさんたち、おかしいと思わないの?魔族の大群が突然、砂漠の中に現れるんだぜ。あれみんな日没都市から来ているんだ」


 「隠し扉みたいなものでもあるのか?」


 「ちょっと違うなあ。魔法の入り口というか、知らない人はわからない入り口というか。とにかく父ちゃんと会えたら、案内するよ。母ちゃんは首を長くして待ってる」


 道理で突然、砂漠に大軍が現れるわけだ。



 夜明けにアイシャがお茶を入れてくれた。それを飲んでから仮眠した。ヒイロもしゃべり疲れたのか、俺の足にもたれかかって眠っていた。目が覚めると、いない。窓の外を見ると、パインと一緒だった。


 「姉ちゃん、そんなんじゃ俺に触ることもできないぞ」


 「うるさいのじゃ!今度こそ一本取ってやるのじゃ!」


 2人ともどこから探してきたのか、木刀を持っている。パインのは大剣ほどの長さがない。そりゃそうだろう。あんな長い剣を使っているヤツは滅多にいない。


 「うりゃ!」


 パインは木刀を振り回す。危ないな。本気で当てにいっている。ヒイロはかわすと、パインの肩に飛び乗って頭をペシッと叩いた。


 「あいた!」


 「ほら、一本!」


 昨夜は暗闇に突然、現れたのでよく見ていなかったが、すごく身軽だ。跳躍力もすごい。壁にヒイロの刀が立てかけてあった。黒い鞘は傷だらけで、かなり使い込んだのか柄糸がツルツルになっている。この刀からも魔力を感じる。ヒイロが魔法を使うのかどうかまだわからないが、もし使うのであれば、この刀が魔力の器の役目を果たしているのだろう。


 「お前にも稽古をつけてやろう」


 パインが疲れてひっくり返ってしまったので、ヒイロは今度はそばで見ていたアルアラムを相手にしようとしている。


 「いや、僕はいいよ」


 「遠慮するな。何だかナヨッとした男だな。俺が鍛え直してやるぞ」


 この辺りの国の王子だと知らないようだ。無理やり木刀を持たせて、打ち掛かった。アルアラムは必死になって抵抗している。


 「見た目とは違って、やるじゃないか!」


 どこで仕込まれたのかわからないが、いい腕前だ。打ち込みが正確だった。俺は剣術を習ったことはない。それでもヒイロがきちんとした技術を習得していることはわかった。見ていると確かにあいつの息子っぽいなと思った。有無を言わせないところとか、自分勝手なところとか。顔立ちもなんとなく似ている。ただ、父親と違って、愛嬌がある。元気一杯だし、笑顔がとてもかわいい。



 その夜は、珍しく襲撃がなかった。


 「こんな美味いもの、初めて食った!」


 ヒイロはエンツォが作ったドラゴンのシチューをガツガツと食べた。


 「それは光栄だ!お腹がいっぱいになったら、また日没都市の話を聞かせてくれ!」


 ヒイロによれば、日没都市は魔法の扉の向こうにあるという。知っている人間…というか、魔族だな。魔族でなければ、くぐることができないのだそうだ。それを通過すると、いきなり街のそばに出る。緑が生い茂り、白いレンガで作った建物が整然と並んでいる、小綺麗な街だという。広い庭園があり、その中にこれもレンガで作られた城がある。その城内が、死者の国なのだそうだ。


 「城の中は死者の国で、住んでいるのはみんな死んだ人なんだ。外に出てくるのは、生まれ変わる時だけ。でも、俺は死者の国生まれなのに、出たり入ったりできるんだ」


 シェイドは日没都市の市長というかリーダーというか、そういう役目らしい。


 「人間に見つかったら困るから、魔族の軍隊を作って近づくヤツらを追い払っているんだ。だけど、最近は様子が違ったなあ。なぜだろう? やけに出撃が多い気がしたよ」


 ほぼ丸一日、日没都市の話を聞いて、かなり概要がわかってきた。


 「魔法で覆われているのではないか? 実は目と鼻の先にあるのに見えないということは、街全体が魔法で覆われて見えなくなっているのだ!」


 エンツォがまた興奮している。死者の国か。トウマの奥さんは死んでいて、でも、トウマに会いたがっている。


 「回廊に来れば会えるよ。触れ合うことはできないけどね」


 ということは、俺も老師に会えるのか? ヒイロに頼んで、連れてきてもらおうか? そんなことを考えているうちに、つみれたちが潜ってから3日目を迎えた。

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