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第59話 ヒイロ

 シャウナ、交代しよう。見てないだろ、ヒイロが初登場したところを。


 シャウナたちがダンジョンに潜っていた時間は、地上では3日間だった。彼女らには数時間に思えたみたいだけど、時間の流れが地上と地下では違ったみたいだ。さっさと帰ってきてくれてよかった。地下に数日いれば、地上では1年くらい経っていたかもしれない。


 みんな命綱をつけて潜っていったけど、ずっとつけているわけにはいかない。無事に水中を潜り抜けて息ができるところに出たら、放すことになっていた。ダンジョンに入ったとマルコが命綱を引っ張って合図をくれたので、無事なことはわかった。ただ、それから待てど暮せど何の連絡もない。知らせがないのは順調に探索が進んでいるからだと考えようと思っていたが、心配なことに変わりはなかった。


 夜になると、また敵襲があった。エンツォが「敵だ!」と見張り台で大声を上げている。マルコには声をひそめる配慮があったけど、この男にはない。さあ、正念場だ。昨夜はエンツォとベルナルド、トウマ、つみれと接近戦要員が4人もいたけど、今夜は俺を含めて3人だ。パインを駆り出すわけにはいかない。アイシャは戦わないので、誰かが残って彼女を守らなければいけない。パインとアルアラムにやってもらおう。


 「アル、起きろ!」


 叩き起こしたところに、パインが2階から下りてきた。


 「ベル! 先に行くぞ!」


 エンツォはもう砂丘を駆け上がり始めている。少し遅れてベルナルドも抜き身の剣を手に、後を追った。早く俺も行かないと。2人だけでは荷が重い。


 「パインとアルアラムはここでアイシャを守ってくれ。危ないと思ったら、すぐに離脱するんだ。ヤツらの狙いは井戸だろうから、井戸を明け渡せば、必要以上には追ってこないはずだ」


 「オーキッド、今夜はパインも前線に行くぞ。前衛が全然足りないじゃろ」


 ありがたい申し出だったけど、そうしたら後方支援もいなくなってしまう。


 「パイン、うれしいけど、それでは俺たちが敗走した時に敵を食い止めてくれる人がいなくなってしまう」


 「ああ、そうか!」


 アルアラムに「パインを頼むぞ」と言い残して、エンツォとベルナルドを追った。



 昨夜と同じくらいの数の魔族が攻めてきていた。ドラゴンが1匹確認できた。稜線のところで首が出たり引っ込んだりしているのが見える。ドスン!と音がして、砂が流れ始めた。エンツォめ、もう始めやがった。つみれの邪眼も今夜はない。どれくらいダメージを与えれば相手が引き下がってくれるのか、想像できない。


 長期戦を覚悟して砂丘を上がっていく。おっと、もうこのあたりから流れているのか。エンツォとの間に何か申し合わせでもあるのか、ベルナルドは流れる砂の上を何もないかのように走って、剣を振るっていた。いや、俺は無理だ。こんなにズルズル流れる足場をあんな自由に走るどころか、歩くのさえ難しい。


 砂の流れていないところを選んで移動していく。ヒュンヒュンと矢が飛んでくる音がする。防御魔法を展開しつつ、こちらも風の矢の魔法を使って反撃した。目視できれば当たるのが、この魔法の便利なところだ。しかし、数が多すぎる。2匹ずつくらいしか当てられないし、当たったところで致命傷になっているかどうかよくわからない。しっかりした鎧で武装していれば、一発くらい当たってもまだ生きているだろう。


 走るスピードを上げて、一気に距離を詰めた。今夜も弓矢隊はゴブリンだ。口々に何か言いながら、矢を打ってくる。防御魔法の上にぶつかってバラバラと音を立てる。あまり数を受けると効果がなくなってしまう。その前に接近戦に持ち込まないと。ベルナルドと連携したいが、あちらは流れる砂の上、こちらはその外側なので近づけない。ええい、出撃する前に打ち合わせしておいてくれたらいいのに。だが、いまさらそんなことを言っても仕方がない。


 ナイフを抜くとゴブリンの群れに飛び込んだ。これで矢は打てまい。同士討ちになってしまうからな。右手に握ったナイフを振るって、手の届く範囲を次々に切り付けた。蜘蛛の子を散らすように隊列が乱れた。まずいぞ。振り返って矢を打つヤツが絶対に出てくる。いつまで魔法がもつかな。


 ヒュンヒュンと音がして、右肩あたりに一発もらった。魔法の効果が切れた。もっと準備する時間があれば、全身を入念に保護できたのに。走ってゴブリンの間を抜けながら、魔法の盾を展開する。これで前面は防げるけど、後ろから攻撃されたらまずい。と思っていると、背後でゴブリンの悲鳴が上がった。


 「オーキッド!」


 振り返ると、パインがいた。来るなって言っただろう。アルアラムは何をしていたんだ。とはいえ助かった。「背後は任せろ!」というので前面の敵に集中した。右上からドラゴンが近づいてきている。もう少しでブレスの射程圏に入ってしまいそうだ。


 「パイン、右側に前進しろ!」


 指示を出して後退する。ゴブリンは隊列を立て直して、また弓を引いてきそうだ。ドラゴンが首をもたげている。火を吹くつもりか。パイン、離れすぎだ。矢もブレスも当たる距離になってしまう。もう少し戻ってこい、歩調を合わせろと言おうとした、その時だった。


 ドラゴンが何かの攻撃を受けたのか、首をすくめた。ギャッと声を上げて後退した。続いてゴブリンの弓矢隊が乱れた。ギャッとかグエッとか叫びながら、散り散りになる。おお、チャンスだ。


 「パイン、一気に後退だ!」


 その背を押して走る。背後で悲鳴が続いている。ベルナルドか? それにしては姿が見えなかったが。十分に離れたところで振り返ると、ゴブリン隊が敗走していくところだった。ドラゴンの姿も見えない。砂埃の中から、小さな人影がこちらに近づいてくる。


 「オーキッド、ベルナルドがあんなに縮んでしまったぞ!」


 違う、パイン。あれはベルナルドじゃない。


 少年だった。最初、髪が長いので女の子かと思ったけど、顔立ちを見ると男の子だった。まだ声変わりしていない甲高い声で、話しかけてきた。


 「大丈夫か?」


 刀を持っている。剣じゃない。片方にしか刃がついていない。アルアラムが愛用している片手持ちではなく、両手持ちだった。子供には不釣あいな武器だ。実際、身長に比べて随分と長く見える。


 「君が助けてくれたのか? ありがとう」


 そう言って手を差し伸べようとして、右肩に矢が刺さっていることを思い出した。痛いな。一発で済んだからよかったが、2、3発もらっていたら、深刻なけがになっていたかもしれない。


 「おっさん、そんなに大きいのにゴブリンの中に突っ込んでいくなんてムチャだぞ。いい的だ。そっちの姉ちゃんもそうだぞ」


 少年は刀を腰につけていた鞘に収めると、頭の後ろで手を組んでエヘヘと笑った。その時に気がついた。この子、人間じゃない。外見は人間だけど、魔力の塊みたいだ。不思議な感じがする。こんなの初めて見たぞ。


 「そうだな。危ないところだった。ところで、君はどこから来たのかな? 近所の子供かい?」


 自分で言いながら、そんなわけないだろうと思った。近くに家はないし、こんな子供が一人で、こんな夜中の砂漠をうろついているなんておかしい。助けてくれたから警戒を少し解いてはいるが、どう考えても存在そのものがおかしい。


 「うーん、近所といえば近所だし、遠くから来たといえば、そうかもしれない」


 少年は腕組みをして首を傾げる。パインが割って入った。


 「オーキッド、ここは近所に家があるようなところじゃないぞ」


 パイン、それは俺もよく知っている。どうしたものかと思っていると、少年は驚くことを言った。


 「あのね、俺、人を探しているんだ。トウマって東方人なんだ。知らない?」


 こんなところでまたしてもトウマの知人に会うとは。世界は狭い。

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