アハハ…。いつまで話してくれるのかなって、見ちゃってたよ。そういうわけで、ここからはちょっとだけ私に交代だ。
えっ、オーキッドと仲がいいねって?そうだねえ。マリシャがいない今、パーティーで一番、まともに話ができる人だからね。だって、そうでしょ?アルアラムは子供って感じだし、パインは人の話を聞いているようで聞いてないしね。トウマは言うまでもないな。お互いに魔法の話ができると言うのも大きいかな。
オーキッドはこれまでにいろいろなところを旅しているから、その話がとても面白いんだ。サラマンドルに到着するまでの間、一緒に夜の担当になった時には、いろいろな旅の話を聞いた。私が行ったことがない北西部の話や、これから行く砂漠の奥地の話とか。一緒に魔法の練習もしたしね。
マリシャほどではないけど、結構な量の魔力を持っている。高速呪文でしか出すことができないので治療するときはいいけど、戦闘時には工夫が必要だった。だって、戦っている最中に呪文を唱えている時間があるとは限らないからね。先に魔法を発動させておいて、それを持続させるのが一番、現実的だったので、その方向で練習した。筋がよくて、あっという間に使いこなすようになったよ。センスの良し悪しっていうか、才能ってあるんだなあ。私はああいうふうにはできないからね。
それにしても、こんな奥地まで来た甲斐があったよ。何しろ万物の源を拝むことができたんだから。えっ、知らない? みんななぜ神話の九巻を読んでないの? 神話のなぜ?を補強する、大事な部分なんだよ。私の話が終わったら図書館に行って、チェックしてきて。約束だよ。
それはともかく万物の源というのは、オーキッドも説明していたと思うけど、魔力の泉みたいなものなんだ。どんな魔法にしても使う時には発動するためのエネルギー、つまり魔力が要る。魔力は魔法を使う人が持っているものだけど、無尽蔵なわけではなくて、使えば減って補給しないといずれなくなってしまう。
補給の仕方はいろいろある。休息を取るとか、他人の魔力を吸収するとか。万物の源は、魔力を無尽蔵に生み出す。持ち主がパーティーにいれば、魔法使いはその人から魔力を供給してもらえるし、万物の源の持ち主が他に魔法を習得していれば、その魔法を無制限に使い続けることができる。
それ自体が何かの魔法を発動するわけではないのだけど、そういう特性があるから、昔から魔法使いにとっては憧れであり、是が非でも手に入れたい魔法の一つなんだ。実際に魔族がはびこっていた1000年前には、万物の源を巡って魔法使いたちが血で血を洗うような争いを繰り広げたと書いてあった。
なぜ九巻に万物の源の話が出てくるかというと、アフリートがこれを持っていたからだ。と言うか、アフリートが肉体として使っていた人間が持ち主だったと言った方が正しい。タイタンという、当時の魔術師ギルドを取りまとめていた有名な魔法使いなんだ。
アフリートは魔法としての存在は万物の源の下位にあたるので、タイタンの指示に抗えなかった。当初、2人の目的は一致していたけど、旅を進めていくうちに食い違って最終的にアフリートはタイタンと別れることになるんだ。これが1000年前にアフリートが倒されたというか、旅の継続を断念した経緯。九巻を読むと「そういうことだったのか!」と膝を打つよ。先に言っちゃうと、そのタイタンにも会えた。歴史上の人物に会えて、すごくうれしかった。ただ、その後がね。まあ、それはおいおい話すよ。たぶんオーキッドが。
つみれやエンツォに会えたことも、すごい体験だった。つみれは早々に自分が魔法使いであることを明かしていたけど、最初は触らせてくれないから、どんなものかわからなかった。いや、びっくりした。こんな人がいるんだね。魔力の量は普通だけど、濃度がすごい。つみれの体に触れると、蜂蜜の味を感じるんだ。口の中にね。実際にスプーン一杯くらい含んだみたいだ。
私は接触して相手の魔力を感知する。前にも話したけど、感じ方はいろいろなんだ。マリシャは熱いと感じたし、トウマは引力だった。オーキッドも引力っぽいね。ブワッと体の中に引き込まれる感じがする。味を感じる人もいるよ。塩っぱかったり、甘かったり。でも、つみれみたいに強烈に甘いのは初めてだ。私が魔法使いとしては半人前で、ずっと格下だということはすぐにわかっちゃったんだろうね。言い方が癪に障るから、つい言い返してしまうけど、仕方がない。全然、格が違うよ。
エンツォは守護者だけど、イースで会ったことがないタイプの人だった。西域に15年以上いると言っていたから、私が学校に入った頃には、すでにイースを出ていたということになる。守護者なんて魔法の知識があるだけで実際には使えないし、むしろ使わないことを美徳としているような一面があって、個人的にそれはどうなのよと思っていたけど、そんな私のもやもやを全部すっ飛ばしてくれた。
そうそう、私が思い描いていた本物の守護者って、こんなんだよ!って感じ。知識があって、魔法を使って、仲間も守れる。うーん、たまんない!エンツォは土の魔法の素養があったので、西へと向かいながら独学で伸ばしていったそうだよ。西に行った理由は私と似ている。
「スッゲェ魔法使いになりたかったからに決まってるじゃん!」
それ言うか?守護者なのに。
西へ西へと旅をして、ときには魔族にすら教えを乞うて、魔法使いになった。やたらと長いガーディアンスティックを持っている理由を聞くと「これくらい長くないと、魔法を発動させる道具として機能しない!」だって。そうだよね。ああ、もちろん触らせてもらった。魔力はそれほど量があるわけではないし、器も大きくはない。だけど、グルグルと回っている。少ない魔力で効果の大きな魔法を使うための工夫だと言っていた。そんなことができるんだ。初めて知ったよ。
余計な話をしてしまったかな。さて、本筋に戻ろう。予定通りに井戸に潜ることになったけど、仮眠していたとはいえ、さすがにもう少し眠った方がいいんじゃないかと思うコンディションだった。
つみれに潜入隊に指名されたときには、驚いた。てっきりエンツォが行くと思っていたから。だけど、昨夜の戦いぶりを見ると、あの魔法は地底では使いにくいね。みんな生き埋めになりかねない。そうなると回復魔法が使えて、なおかつダンジョンに入れるのは私しかいない。責任重大だ。
ここまで死ぬかもしれないという目にも遭って、それなりに怖い思いをしてきたけど、それでも旅は楽しかった。楽しかったなんていうとマリシャに申し訳ないけど、知らない場所に行って、知らないことを知って、新しい人と出会うのは正直、ワクワクした。
だけど、今回ばかりは楽しいより緊張が先に立った。だって、万物の源と接触するんだから。堅牢なダンジョンに封印されていて、途中に恐ろしい魔族がたくさんいて、血みどろの戦いをしなきゃいけないと勝手に想像していた。それもあって、しっかり眠れなかった。
服はどうしよう。井戸に潜るのだから、濡れてしまう。油紙に包んで、バックパックに入れておくべきだろうか。でも、ダンジョン内がここくらい乾燥していれば、着っぱなしでもすぐに乾く。水の中で攻撃を受けた場合を考えれば、服は着ていた方がいい。学校でもそう習った。実際にオーキッドが潜ったときは、服を着たままだった。そう思って、普段と同じ守護者のユニホームにしてみた。
みんなはどうしているのかな?と思って窓から外を見ると、井戸のそばに立っているトウマとマルコは上半身、裸だった。つみれも上半身は黒いブラジャーだけだ。下は軍装のズボンを履いていたけど。
「みんな服は着ないの?」
バックパックをつかんで外に出て、誰とはなしに聞く。トウマは振り向くと「水中用の防御魔法をかけてくれ」と言った。全然、話を聞いていない。「息が苦しくなくなるヤツだ」とマルコ。こいつも話を聞いていない。
「服を着ていると泳ぎにくいやんか。思った以上に長いこと、水の中におるで」
つみれがようやく答えてくれた。じゃあ、脱いだ方がいいのかなあ。あまり肌を露出するのは、好きじゃないんだけど。
つみれのようにブラ一枚になる自信がなかったので、シャツを着た。ユニホームはバックパックに入れた。自分を含めてダンジョンに入るメンバーに防御魔法をかける。物理攻撃のダメージを弱体化させるものと、水中で多少呼吸ができるものだ。
後者は学生時代に自分を実験台に散々テストした。つみれから見れば物足りないかもしれないけど、数分程度なら水中で呼吸ができる。ただし、浅くなら。息を深く吸い込むと水を飲んでしまう。その注意事項を伝えると、つみれが鼻で笑った。ムカつく。もっと魚並みに活動できる魔法が使えるんなら、あんたがやったらいいじゃんかと思うけど、いちいち口に出すのも面倒だったのでやめておいた。私、だんだんこの魔法使いに慣れてきたみたい。
「じゃあ、気をつけてな。何かあったらすぐに命綱を引くんだぞ」
オーキッドにかけてもらったらよかった。いや、私たちが潜っている間に敵襲があったら、彼は昨夜みたいに後方支援に回っている場合ではない。今、魔力を無駄に使わせるわけにはいかない、か。
「みんなも気をつけてね」
ちょっと不安げなパインと、すごく不安げなアルアラムをハグした。もうトウマとつみれは井戸を降り始めている。
「親分! いざとなれば地上から穴を掘って助けに行きますからね!」
エンツォが言うと冗談に聞こえない。勢いでみんなを生き埋めにしないでくださいよ。