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第56話 青薔薇隊

 つみれはダンジョンのアタック隊の説明をした。前衛はトウマ。2番手につみれ。3番手にマルコ。弓矢を使う以外にも、工作や料理やと何かと手先が器用なので、わなを解除しなければならないシチュエーションを考えての選抜だった。そしてシャウナ。


 「あのデカい姉ちゃんの処置はあまり関心せんかったけど、エンツォを連れていけへんから。回復系は使えるんやろ?」


 シャウナはムッとして「それなりに使えます」と唇を尖らせた。以前に試験的に潜ってみた時には、ダンジョン内はそれほど暑くも寒くもなかったこと、生き物の気配もしなかったことなどが伝えられた。


 「本格的に奥へ進むのは初めてや。今回も試験的な探索になるかもしれへん。だからこそ、死んだり負傷したりせずに全員で帰ってくる。それが今回の一番の目標や」


 潜入は翌日、朝食を摂ってからということになった。


 そう。俺はダンジョン探索に参加していない。だからシャウナに代わってもらう。トウマでもいいが、あいつだと「話せば長い」で終わってしまうから。みんなもダンジョンで何があったか、実際に入った人から聞いてみたいだろう?そう言うわけで、そろそろシャウナと代わろう。


 …。


 あれ、いないな。仕方ない。もう少し引っ張るか。



 その日の午後は翌日に備えて、いろいろと準備をした。向こう側で何があるかわからない。とは言え、狭い階段を通るわけで、大きな荷物は持てない。最低限の武器と、非常食と薬。シャウナという治療係がいるとはいえ、何でもかんでも魔法に頼ってしまうと、いざというときに魔力切れを起こしてしまいかねない。包帯を巻いたり、薬を塗ったりして対処できるところは、それで対処できるようにしておかないといけない。荷物は油紙に包んで、濡れないようにした。


 「オーキッドはこんなふうにパーティーを組んで冒険したことはあるの?」


 シャウナは楽しそうだ。


 「医者として参加したことは、あるよ」


 過去にもこんなふうに誰かと一緒に旅をしたことはあった。それなりに長い期間を、ともに過ごしたこともある。


 「一番楽しかったのは、どんな冒険?」


 目がキラキラしている。どんな冒険、か。冒険だと思って参加したことなんて、あったかな。心当たりがない。いつも患者に同行して旅をするというパターンで、一緒にいる連中を仲間だと思ったことは、あまりなかった。あくまでも他人のグループに腰掛けさせてもらっている感じで、他に助けなければいけない人がいれば、いつでも抜ける気でいたし、実際にそうした。助けを求めている人から助けを求めている人へ、俺自身が動いていく。だから、パーティーに参加しているという意識はとても薄かった。


 言われてみれば、こんなに長いこと同じ顔ぶれで旅をしたことはなかったかもしれない。それも患者が目の前にいない状態で、だ。今までの自分ならば、途中で別に俺を必要としている病人を探して、パーティーを抜けていただろう。なぜ、こんなに長いこと一緒にいるのか。それはもちろん、マリシャを助け出すという目的が、達せられていないからだ。


 「そうだなあ。冒険を楽しむという感じで、旅をしたことがなかったかもしれないな」


 シャウナが何か返事を求めてそうな目で見ているので、素直な心境を口にした。


 「それじゃあ、今は楽しい?」


 俺の目をのぞき込むようにして、聞く。楽しい、か。シャウナは楽しいと思っているのだろうか? あんなに怖い目にあったのに。疲れてヘトヘトになって、口もきけなくなったのに。仲間が大けがをして、泣きながら治療したというのに。


 「シャウナは今、楽しいのか?」


 逆に聞いてみた。彼女は目を丸くしてニッと笑うと「楽しいって言ったら怒られそうだけど、どちらかといえば、楽しいよ」と言った。そうか。たくましい子だな。


 「で、オーキッドは?」


 そうだなあ。どうだろう。


 「楽しい、かな」


 そうでしょう?と言いたげに、シャウナはまた微笑んだ。



 その夜、襲撃があった。1階の床で毛布にくるまっていると、結構な人数で押し寄せてくる気配を感じた。起き上がってアッシュールの時から拝借したままになっているナイフを腰に差す。マルコが2階から降りてきて「敵だ」と押し殺した声で言った。


 トウマはもう靴を履いて、ドアのそばまで行っている。奥の部屋からベルナルドとエンツォが出てくる。エンツォは「先に行くぞ」と言い残すと、ベルナルドとともにドアを開けて出ていった。トウマも飛び出そうとするので「ちょっと待て」と引き止めた。マルコがボウガンを装備し終わった頃に、2階からつみれとシャウナが降りてきた。


 「ウチらの戦術は、もうバレバレやねん。パターンを変えるのが大変や」


 大あくびをしている。「せやけどな」。ドアのそばに置いてあったたいまつを取ると、トウマの方を向いて「今夜は秘密兵器がいるさかいな」と微笑んだ。


 外に出る。オアシスは西の方に向かってなだらかな丘になっていて、月が出ていることもあって稜線がよく見えた。そこを黒い影がうごめいている。ざっと数えただけでも100は下らない。


 「多いな、おい」


 つみれは特に動揺する様子もなく「これくらいおらへんと、ここを落とせへんとわかっとるんや」と言った。マルコが出てくる。


 「今日は見張り台から頼むわ。機動力があるのが、もう一人おるからな」


 つみれの指示にうなずくと、また屋内に消えて行った。入れ替わりにアルアラムとパインが出てきた。パインはよせばいいのに、鎧を装着して帯刀している。


 「トウマ、敵のすぐそばにエンツォとベルナルドが行ってる。エンツォは地面を動かす魔法を使うさかい、注意してや。基本的に相手の構成はゴブリンがいっぱい、オークがそこそこ、ドラゴンが2匹おるかどうかという感じや。飛び道具で攻撃してくるから、懐に入って引っ掻き回してきて」


 つみれの指示は的確だった。トウマは返事もせずに行こうとするので、呼び止めて防御魔法をかけた。


 「ウチも敵の近くまで行ってくる。おっさんはここの防衛や。姉ちゃんは治療係な。王子とパインもここの防衛や。けがされたら困るしな。アイシャは戦力にならん。突破して近づいてくるヤツがいたら、おっさん、遠慮なくやっつけてや」


 わかったと言うと、つみれはニコッと笑ってトウマの後を追って走っていった。


 「パインはどうすればいい? パインも戦いたい!」


 パインが剣を抜いてやる気になっている。その左腕では無理だろう。確かに片手で剣を振り回すパワーはあるけど、もう一方の腕は使い物にならない。今も力が入っていないのか、だらりと体の横に垂らしている。


 「パイン、まだ体が治っていないんだ。ここでアルアラムを守るのが、お前の仕事だ」


 想像していたが、パインは悲しそうな顔をした。自分が役立たずだと思わないでほしい。今は我慢の時だ。


 「アルアラムはパインを守れ。お互いに守り合うんだ」


 指示を出していると、アイシャが丸いものを持って出てきた。パインに左腕を出せと言うと、それを装着する。木の盾だった。「矢がすごく飛んでくる。これがないと危ない」と言って、戻っていった。


 「私も近くまで行きたいなあ。エンツォが戦っているところを、そばで見たい」


 シャウナが歯噛みしている。つい先日、戦場で死にそうになっただろう。冗談でもそんなことを言うんじゃない。


 砂丘の上から魔族が攻めてくるのが見える。青いドラゴンも2匹もいた。パラパラパラ…と矢を放つ音がする。


 「俺たちが近距離戦に強いのを知っていて、しつこく弓矢で攻めてくるんだ。気をつけろよ。結構、強い弓を持っているぞ!」


 見張り台でマルコが声を張り上げている。ゴブリンがたくさんいると言うのは、そういうことだったのか。白兵戦で押し切るつもりなら、フィジカル優位のオークを主体に部隊編成するはずだ。


 そこまで考えて、ふとこの部隊は誰が編成して、どこからやってきているのだろう?と考えた。アッシュールで出会った部隊もそうだ。烏合の衆ではなかった。弓矢隊がいて、白兵戦用の兵士がいて、後方から援護するドラゴンがいた。きちんとした指揮官がいないと、あんな部隊にならない。


 そもそもこの人数、日中はどこに隠れていたのか。日中にトウマがこのあたりを探索しに行ったが、見つけていれば、さすがのあいつでも口にしただろう。それもなかったということは、きっと見ていないのだ。どこから湧いて出たのか。その疑問をシャウナに話すと「私も同じこと考えてた。この数、どこから出てきたんだろうって」と言った。


 ヒュンヒュンと矢が空気を裂く音がする。近距離戦に強い相手を飛び道具で攻める。オーソドックスな戦術だ。ただ、こちらで前線に出ているのは、わずか4人。みんなその場にじっとはしていないだろうし、当てるのは至難の業だ。遠くで叫び声がする。エンツォだ。


 「ボー・シェン・トー!」


 ザザザ…と地鳴りがして、時間差を置いて俺たちが立っているところも揺れた。砂丘の稜線の形が緩やかに変わっていく。アア〜とかグワア〜とか魔族の叫び声がする。いた。砂丘の上の方にエンツォがいる。長すぎるガーディアンスティックを月夜に掲げると、また叫びながら地面に突き立てた。ドドド…と地鳴りがして、砂が流れていく。


 「うわっ、すごい!」


 シャウナが興奮している。なるほど、これがエンツォの魔法か。地面を動かしている。確かにこれをダンジョン内でやられたら、みんな生き埋めだ。魔族は動く砂に足を取られて、転んだり立ち往生したりしている。


 「授業で習った土のエレメントの魔法だ! 使っている人、初めて見た!」


 身を乗り出して今にも駆け出していきそうなシャウナの襟首をつかんでおく。飛び出していくんじゃないぞ。音を立てて流れていく砂の上を慣れた様子で走りながら、ベルナルドが次々にオークやゴブリンを切り捨てていた。少し離れたところにトウマもいる。矢の雨をかいくぐって近くまで行けたようだ。あそこまで行けば、トウマが有利な距離のはず。あとは、ドラゴンさえなんとかできれば。


 「こっちまでたどり着けるヤツは、見当たらねえなあ」


 マルコは夜目が効くのか、見張り台でそんなことを言っていた。と、右側にいたドラゴンが炎を吐いた。長い火柱のタイプだ。それを避けて走っている人影が見える。小さい。つみれだろう。ゴオーッ。ここまで音が聞こえてくる。


 2発目のドラゴンブレスの後、戦場にパッとたいまつの明かりが点いた。こんなところでたいまつ隊もあるまい。いや、そうじゃない。なるほど!と思わず膝を打った。ドラゴンの動きが止まる。首をもたげ、左を向いて、もう一匹いたドラゴンに向かって炎を吐いた。仲間に攻撃されてギャーと叫び声を上げている。


 つみれが邪眼を使ったのだ。わざわざたいまつを点けたのは、自分の目を相手からよく見えるようにするためだ。ドラゴンはそれを見てしまって操られて、味方を攻撃したのだろう。


 「何、あれ? つみれがやっているの?」


 シャウナは邪眼を知っているだろうか。知っているはずだ。そのうち気が付くかもしれない。説明したら、また近くに行こうとするから、今は何も言わずにおこう。つみれの支配下になったと思われるドラゴンは、足元にいたオークを攻撃し始めた。さらに炎を吐いて、もう一匹を攻撃する。


 ドラゴンは魔力の塊みたいな生物なのに、それを操るとは大したものだ。魔力の濃度が違うと思っていたけど、見当違いではなかった。シャウナは後でつみれと握手すればいい。きっと驚くぞ。



 明け方までかかるのではないかと思うくらい相手の数は多かったが、月の傾き加減から見て、それほど時間がかからずに青薔薇隊は勝利を収めた。相手はドラゴンが裏切ったことで大ダメージを負って敗走した。戦闘が終わると、ベルナルドは支配下にしたドラゴンの首をはねて殺してしまった。


 「すごない? 久々にドラゴンを操ってしもたわ!」


 つみれはご機嫌で帰ってきた。トウマとベルナルドとエンツォが手分けして、ドラゴンを切り身にして運んできた。


 「当面の食糧も手に入ったで!」


 俺も肉を運ぶのを手伝った。砂丘の上でベルナルドが手際よく解体している。このおっさんも、だいぶ闇を背負っているな。大人しくなったドラゴンの首を、なんのためらいもなく切り捨てた。まともな精神の持ち主なら、そんなことはできない。何度も命を奪ったことがあるに違いない。人間を殺したこともあるかもしれない。


 シャウナが治療をしようと待っていたが、戻ってきた連中は驚いたことに無傷だった。


 「いやあ、今日はホンマにトウマに助けられたわ。機動力があるのがもう一人おるだけで、ホンマに楽や〜。おかげでドラゴンに術をかける時間が稼げたわ」


 エンツォが足元を動かして機動力を奪い、ベルナルドが倒す。浮き足だったところでつみれが邪眼を使って同士討ちを誘発する。もし、そこを突破して井戸に向かう者がいれば、マルコが迎撃する。そうやって戦ってきたのだろう。なかなか強力だ。一人ずつでは物足りないが、この4人が組むと強力だ。そりゃあ、あんな大軍で来るよな。


 今夜はトウマがいたから、足止めを食った魔族たちはしっちゃかめっちゃかにされて、さぞかし驚いただろう。そもそも、砂漠という土地の特性を考えれば、エンツォの魔法はとても厄介だ。


 「さっきの魔法、授業で習いました! どうやって使えるようになったんですか?」


 早速、シャウナが質問攻めにしている。


 「修行の成果だ!」


 エンツォは髪をかき上げて、胸を張った。何もすることがなかったパインはしょんぼりしていた。アルアラムが背中をなでて慰めている。あれだけの馬鹿力の持ち主だ。またそのうち出番があるだろう。俺は前にも話したと思うけど、パインは戦闘員としてではなくムードメーカーとして期待している。また俺たちがギスギスしたら、お前の明るさで救ってくれ。頼りにしているぞ。



 マルコが昨夜は遅くまで戦ったし、計画を一日延ばさないかと提案したけど、つみれは飲まなかった。


 「今夜も襲撃があったらどうすんねん。また延期するんか? 延期延期ゆうてるうちにウチやトウマが死んだらどないすんねん」


 死ぬのは自分かトウマなのか。つみれは随分とトウマを買っている。というか好意を抱いているように見える。他の部下には姉のように接しているのに、トウマにだけは甘えたり絡んだり、妹のようだ。この2人がどんな出会い方をして、どんな時間を過ごしてきたのか知らない。だけど、少なくともつみれはトウマを、背中を預けられる相手として信頼しているように見える。


 仮眠して、少し遅い朝食を摂った。とうもろこしの粉を湯で練ったものと、採れたてのドラゴンの肉のシチューだ。すごい肉の味。ザ・肉という感じ。みっしりと詰まった赤身で脂に癖がある。それを除けば悪くない。むしろ美味しい。砂漠で食べる肉はパサパサしているものが多いので、ジューシーな肉はそれだけで美味しいと感じる。


 それにしても、いつまで俺に話させるんだ? そろそろ交代してくれないか? 井戸に入るまで俺がしゃべるのか? おーい、シャウナ!

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