アルバースの本陣があった場所まで昇っていくと、テントがほとんど焼け落ちていた。声が聞こえる。アルアラムだ。
「こっちだ」
トウマを呼び寄せて少し北に向かい、小さな窪地で3人を見つけた。これはまずい。パインが大けがをしている。
「よかった。オーキッド、手伝って…」
シャウナの顔は涙でグシャグシャだ。一生懸命、パインの左腕を押さえている。パインを抱えているアルアラムも泣いていた。彼の嗚咽が聞こえていたんだな。
魔法での治療はできないが、他にもできることがある。左腕は一度、完全に切り落とされたようだが、シャウナの必死の治療で脱落せずに済んでいた。とりあえずくっついているし、腐敗もしていない。動くようになるかどうかはともかく、失わなくて済みそうだ。
それよりも、腹と背に受けた矢傷があまり良くなかった。至近距離から防御魔法がない状態で被弾したのだろう。どちらも筋肉を突き抜けて、腹の奥まで到達している。内腿の切り傷も筋肉を裂いていて、回復に時間がかかりそうだった。
俺が指輪をジャラジャラつけているという話をパインから聞いたと思うが、実はこれは半分以上が薬入れだ。こうやっておけば、置き忘れることがない。ばい菌の増殖を防ぐ薬は左手の薬指に入れてある。意識を失っていたが、口に含ませておいた。飲み込まなくても効果はある。試しに魔法をかけてみる。一瞬、発動したが、効果があるほどではなかった。俺も眠るか何か食べないと、回復しない。
手持ちの薬で治療している間に、トウマがアルアラムを連れて(「立てよ」と言って尻を蹴飛ばしていた。王家の人に対して敬意がないのか)材木や燃え残ったテントをかき集めてきて、直射日光が当たらないように屋根を作った。シャウナは俺が治療しているのを憔悴しきった顔で見ていた。おそらく彼女も相当、魔力を使ったはずだ。
シャウナからは、とてもきれいな魔力を感じる。魔力は人を守りもするけど、傷つけもするものだから、本来はどちらかといえば危険なものだ。だから、マリシャのように魔力を影として認識する人は多い。俺は魔力を気配で感じる。普通は暗いと感じるものなのだけど、シャウナは明るい。こういう魔力は珍しい。春の日向のような心地よさを感じる。彼女の魔法が防御や治療に特化していて、なおかつ相手に接触しないと使えないという特性とも無関係ではないだろう。
日陰ができて、パインが小康状態になったのを見届けると、シャウナとアルアラムは疲れ果てて眠ってしまった。無理もない。徹夜だったのだから。
シャウナはこのパーティーではただ一人といっても過言ではない、普通の人だ。それだけに頼りになる。常識があるからだ。よく勉強していて知識が豊富で、度胸もある。ただの人間が、よくここまで来られたものだ。それだけマリシャを助け出すという意志が強いのだろう。
彼女はトウマやパインみたいな特殊な人間ではない。特別に強いわけではなく、過酷な世界を生き抜くための特殊能力を持っているわけでもない。守護者だから特殊な力があるだろうって? いや、ないな。俺はあちこち行って、守護者にもたくさん会ったけど、ほとんどがただの人だった。一般人と違うのは、魔法に関する知識を持っているということくらい。世界の監視員とはよく言ったものだ。
彼や彼女らは、見ていることしかできない。シャウナのように自ら魔法を使いこなせる人の方が、逆に少ない。身体能力にしてもそうだ。神武官みたいに特殊な体術を身につけているわけではないから、一人では本当に役に立たない。1匹のオークを捕獲するために、5人も6人も集まってパーティーを組まないと仕事にならない。
シャウナは非常に好奇心が強い子だけど、それは「ただの守護者」では、普通の人となんら変わらないということをよくわかっているからじゃないかな。なんというか、学んだ知識を使いこなせないと意味がないと思っているというか。彼女を見ていると、そんな感じがする。エンツォにすごく興味を持ったのも、彼が「使いこなしている守護者」だったからだと思う。
アルアラムは一国の王子という立派な肩書きを持っているけど、それを除けば普通の人だ。精神的にシャウナより幼いという意味では、もっとただの人だと言っていい。だからこそ、彼もここまで来たのは、大したものだと思う。後でシャウナからパインを守るためにエントに立ちはだかったと聞いて、感心した。勇敢だ。いつもの頼りない姿からは想像できない。
そういえば、お兄さんの前で気丈に振る舞ったのも、大したものだった。何も言えなくなるかと思っていたけど。そういう強さがあるから、ここまで来られたのだろう。まあ一番は、パインがいたからというのが大きいんだろうがな。パインのことが好きなんだろう?そんなの聞かなくったってわかるよ。早く嫁にしてしまえばいいのに。
パインは素敵な女の子だ。とてもかわいらしい。あの子が加わる前は、パーティーの空気はそれはそれは悪かったものさ。シャウナがなんとかしようと奮闘していたけど、彼女が疲れて黙ってしまうと一気にドーンって感じで雰囲気が重くなる。だけど、パインが来たことで一変した。底抜けに明るくて、よく笑ってよくしゃべって、ムードをよくしてくれた。
マリシャを助けに行くことに雰囲気なんて関係ないといえば関係ないんだけど、そうは言ってもモチベーションを保つためにはパーティーの雰囲気がいい方がいいに決まっている。チームワークというのもあるしな。
俺はトウマと組むことが多いから、あいつのことを嫌いになりたくないなと、ずっと思っている。だけど、旅の序盤は、いつもあいつが空気を悪くしていた。その度にシャウナが気を遣って、何か話してくれた。もちろん、俺も年長者だから、なんとかしないとと思ってみんなに話しかけていたけど、限界がある。それだけに、パインには本当に救われた。
大けがをしているのを見て、マズったと思ったよ。こんな辛い思いをさせるつもりはなかった。本当に申し訳ない。ただ、後でパインが魔族を一匹も殺せなかったと聞いて、よかったとも思った。なぜなら、パインにはこれっぽっちも闇を背負ってほしくないからだ。天真爛漫な明るさこそ、彼女の持ち味だ。それがかげるようなことは一切、やらせたくない。命を奪うことで、あの子の心が傷つかなくてよかった。それは救いだったと思う。
つみれを初めて見た時は、またとんでもないのが現れたと思った。他に非接触で魔力を感知できる人間がいなかったので、みんななんともない顔をしていたが、彼女はなかなかの魔法使いだ。「また」と言ったのは、その前にマリシャがいたからだ。マリシャは成長途上だけど、結構な魔力を持っているし、それを使う術も身につけている。マリシャがいれば、弟子入りを志願していただろう。
西部戦線にはこういう本物の魔法使いがときどきいて、過去に何人か会ったことがある。だけど、彼らと比べても、つみれは強力だった。器は大きくないけど、濃度が高い。どんな魔法を使うのかわからないし、要注意だ。それに、邪眼を持っている。見ればわかる。
邪眼を知っているか?目を合わせることで、相手を思い通りに操ることができる魔法の一種だ。「思い通りに」というところにレベルの差があって、一時的に意識を失う程度から、自分の代わりに戦わせるくらいまで、さまざまだ。悪用する方法の一つに、惚れさせるというのがある。こんな小さな女がリーダーだと知った時点で、邪眼で部下を束縛しているのではないかという疑念はあった。
だけど、神武官の訓練を受けていて、あまり魔法が効かないトウマが仲良く話しているのを見ると、全ての部下に邪眼を使っているわけではなさそうだと思われた。