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第49話 君は「闇」を知っているか

 ヤッホー、マ…違う、パインだ!


 なんだ、変な顔をして。パインの出番が終わって、しょんぼりしていたんじゃない?安心して、パインはこのお話の主人公だから、まだまだ出てくるよ。いよいよ佳境だ。万物の源ってなんだろうな?神話に詳しくないから、よく知らないけど、何か大事なものみたいだ。それさえ手に入れば、マリシャをアフリートから切り離すことができるらしい。


 なんて都合がいい…ゴホン!便利な話なんだろうね。でも、世の中そんなにうまくいくわけない。これまでも「そんなにうまくいくわけない」が続いてきているわけだし。眉唾っていうのかな?本当にそれでいいのか、いつも疑った方がいいよね。あっ、オーキッドが来た!それじゃ、また後でね!



 今、パインがいなかったか?いや、確かにいただろう。あんなにデカいのを見間違えるはずがない。


 ああ、ここからは俺が担当だ。でも、途中で見ていないところがあるから、そこはシャウナに代わってもらう。パインも結構、見ていないところがあったはずなんだけど、どうしていた?えっ、その前に、なぜこの冒険についてきているのかって?そりゃあ、途中でほっぽりだすわけにはいかないからだよ。俺は医者だからな。目の前に困っている人がいたら、無視するわけにはいかない。


 これまでも困っている人を助けながら、大陸を旅してきた。治療が終われば、助けを求めている人を探してまた別の街へ…という感じだ。治るまで長いことかかった人のところには長くいたし、今回もそれと同じだ。マリシャは最初に治療した時に、体のどこかが悪いわけではなく、どこかから影響を受けて体調が悪くなったのだろうと思った。そういうことは時々あるんだ。よくいう呪いってヤツがそうだ。


 最近では使う人が減ったのであまり見かけなくなったけど、昔は呪いで熱が出たり、寝込んだりということはよくあった。最悪、死ぬこともあったしな。そういう時は影響が出ている人の症状を止めても、あまり意味がない。呪いをかけている方をなんとかしないといけないんだ。


 マリシャもそのパターンだと思ったので、呪いのもとを見つけるために一緒に南方へ行った。あとはご存じの通りだ。呪いのもとは、エントだった。エントはマリシャのお兄さんを取り込んでしまったので、その血族であるマリシャに影響が出た。原因は分かったけど、患者が連れ去られていったので主治医としては見捨てていくわけにはいかない。幸い俺は流しの医者で定住しているわけではないから、訪ねてくる患者もいない。どこにでも行ける自由がある。それでマリシャを追いかける旅についてきているというわけさ。


 気になるのはマリシャだけじゃない。トウマも最初に会った時からヤバいと思っていた。


 君は「闇」を知っているかな? トウマは闇を背負っていた。それも、だいぶ深い闇だ。真っ当な生活をしていれば一時的に闇を背負うことになっても、いずれは消えてなくなる。


 ああ、そもそも闇とは何かという話をしよう。闇というのは、人間の怒りとか憎しみとか悲しみとか、そういうネガティブな感情が凝り固まったものだ。どうしてそういうものを背負うことになるのか。きっかけはいろいろある。わかりやすいのは、人を殺した時だ。君の世界でいえば「罪」とよく似た概念かもしれない。


 でも、罪は誰かから指摘されて認識しなければ、本人の肩にのしかかることはない。闇は本人が認識するしないに関わらず、のしかかる。闇も罪と同じで自ら認識しなければ、それほど影響はない。ただ、闇は本人が気づかないうちに魂を食い潰す。良心を蝕んでいく。闇に囚われた人間は、いずれ魂のない抜け殻になって自ら命を絶つか、さもなくば誰かに殺されるかという末路をたどることが多い。


 問題は、闇を背負ったことに気がついて、それをのぞき込んでしまった場合なんだ。トウマはそのパターンだ。闇をのぞき込むと心が潰れてしまう。表情がない、喜怒哀楽が表に出ない、疲れ知らずでいつまでも動ける。どれも心が潰れた人間に出がちな特徴だ。何があったのか、直接は聞いていない。たぶん家族に何かあったのだろう。神武院にいたきょうだいのことじゃない。奥さんの方だ。おそらく死に別れたのではないかと思う。その時に、闇を背負うようなひどい経験をしたのだろう。


 聞けば、また闇をのぞかせることになってしまうから、聞かない。闇を克服するには向き合って、自分で乗り越えていくしかない。俺は魔族の血が濃いから他人の魔力が見えるし、闇も見える。マリシャがトウマの周囲に見えると言っていた魔力ではない何かは、闇だ。あんなに体から噴き出すほど強い闇を背負っている人間は珍しい。人格が崩壊寸前まで行った殺人鬼なら、あれくらいになるんだけど。


 えっ、なんでそんなこと知っているのかって? 昔、そういうヤツらと一緒にいたからだよ。まあ、ひどいのをたくさん見てきた。それ以上に、俺も相当にひどかったんだけどな。



 俺は北西部の山岳地帯の出身だ。荒れ地しかなくて、作物は取れず、奪い合い、殺し合う、ひどいところだよ。1000年前の東方も、こんな感じだったのだろう。西域を制覇するつもりのムスラファンでさえ手を出さないところだ。


 出身だと言ったけど、最初に自分がどこにいるのかに気づいたのがそこだったというだけで、実際にはそこで生まれたのかどうか、わからない。「どこの出身ですか」と聞かれた時に「わからない」と答えるのが面倒なので、北西部と言っているだけなんだ。実際にはどこで生まれたのか知らないし、親の顔も知らない。


 気がつけば山賊のメンバーだった。「恐ろしい狼団」という名前の山賊だ。団員以外には「狼団」と呼ばれていた。凶悪なことで知られていて、常時30人くらいはメンバーがいた。そこで思いつく悪いことは大体やった。窃盗、強盗、暴行、放火、殺人。山賊の生活自体がそういうものだった。定住せずに移動を繰り返し、ほしいものがあれば手近な村を襲って奪う。その繰り返しだ。


 見ての通り俺は体が大きくて、力も強い。だから、いつも先頭に立って暴れるのが役目だった。当時は暴れることが快感だった。殺しも日常茶飯事だ。そこにいたからとか、たまたま目についたからとか、そんな理由で殺したよ。大人はもちろん子供も年寄りも、男も女も見境なしだ。狼団の名前を聞けば、みんな逃げていく。それが、たまらなくいい気分だった。ああ、そうだ。俺も闇を背負ったクチなんだ。


 狼団なんて名前がついていたけど、内情はそんな大したものではなかった。ろくでなしの集まりだったから、内輪揉めがしょっちゅう起きる。リーダーの座を争って殺し合うのも珍しくなかった。俺は当時、しゃべることができなくて動物みたいな生活を送っていたから、そういう派閥争いみたいなことには加わらなかった。リーダーが変わっても、いつも先頭に立って殴り込む、切り込み隊長みたいなことが俺の役割だった。


 縄張りに近づく他の山賊は容赦なく叩き潰したから、逆らうヤツはいなかった。唯一、苦手だったのがムスラファンの討伐隊だ。鍛えられていたし、持っている武器も優秀だった。簡単に折れない剣を持っていて、弓矢は遠くまで届く。何度か接触して強さは身に染みて分かっていたので、近づかないようにしていた。随分と広い範囲を縄張りにしていた。「東の山に行けば食い物がたくさんある」と聞いて、東にも行った。確かに木や草はたくさん生えていたし、鳥や獣も西に比べれば多かった。


 ただ、蒸し暑いし、害虫も多い。疲れたらその辺で寝る山賊にとって、あまり過ごしやすい土地には思えなかった。北西部は食うものは少ないが、割と涼しい(冬は寒い)ので、最終的にもといたところに戻ってきた。俺は当時、ズボンしか履いてなくて、上半身は裸だったから、東方の虫の多さには閉口した。住むところというのは難しい。何かを取れば、何かが足りなくなる。

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