ええっと、それで、どこまで聞いたんだっけ?そんなことより、帰ってくるのが遅すぎるって?仕方ないじゃない。だいぶ奥地まで行っていたんだから。遊んでいるんだろうって?失礼な。ちゃんとした調査活動だよ。守護者としてのね。それで、どこまで話は進んでいるの?えっ、神武院に行くところ?そこ、私が話すところなの?トウマじゃないの?てゆうか、なんで守護庁のところ、もう終わってるの?それこそ、私が話すところじゃないの?
他の人にあの場面を語られてしまうとは…。いや、父さんと言い争いをしたところだよ。言われなくてもわかってる。心配して言ってくれていることも、残った方が私にできることがあるということも。なんせ一人娘だからね。でも、だからって「分かりました」って言える?言えないでしょ?マリシャはアフリートになってしまったけど、神話通りなら分離することができるし、助け出すこともできるんだ。ならば、マリシャを追うでしょ。
誤解されたら嫌だから断っておくけど、父さんのことが嫌いなわけじゃないんだ。アルアラムからどう聞いたのか知らないけど、本当は尊敬しているから。そりゃあ、10代の頃は反発したこともあったよ。父さんの生き方は物足りないと思っていたから。堅物だしね。
でも、自分も守護者になって外で働くようになると、父さんのやり方は案外、間違っていなかった。むしろちょうどいいと思ったぐらいだった。だから、嫌いで言い争いをしたわけじゃないんだ。私が大人気なかったんだよ。言い訳になってしまうけど、あの時は自分でも生まれて初めてじゃないかっていうくらいパニクってたしね。
正直いうと、人が死ぬ実戦は初めてだったんだ。今だからこうやって普通に話しているけど、あの時は悲しいとか苦しいとかを通り越して、心が砕け散ってしまいそうだった。だって、エントとの戦いで死んだ人の中には、知り合いもいたから。親友とかじゃないけど、知らないわけないじゃない。私も守護庁で生まれたんだから。周りの大人なんて、みんな知り合いみたいなもんだよ。
実戦で人が死ぬのを見たのも、エントと最初に遭遇した時が初めてだった。そう、ジョシュ。かわいそうに。あんなところで、あんなふうにいきなり命を落とすなんて、思ってもいなかったと思う。今思い返しても、彼の無念だとか、家族の悲しみとかを想像して辛くて涙が出そうになる。
守護庁ではそれ以上だった。あっという間に焼き尽くされて、死体も残らなかった人がたくさんいた。実戦と言ったけど、実際には私は戦っていない。一方的にやられるのを見ていただけだった。見ていることしかできなかった。あんなのを相手に動けたトウマとオーキッドはすごいと思う。
エントとアフリートが逃げたのを追いかけたのは、ただ夢中だったから。走りながら、こんなの絶対に追いつかないと思っていた。怖くて、追いつかなければいいのにとも思っていた。でも、ああすることしかできなかったから。
実戦が初めてだったわけじゃないよ。西域に行く前には、コウモリの魔物が湧いたダンジョンをふさぎに行ったことがある。オーク退治に行ったこともある。でも、コウモリの魔物はただのコウモリで魔物じゃなかったし、オークは別の班が殺してくれて、私が駆けつけた時には死体が転がっていた。
西域では、トウマたちと一緒に冒険の予行演習でダンジョン探索に行った。でも、魔物の相手をしていたのは主にトウマとマリシャで、私は後ろの方で見ていただけだ。何もしていない。偉そうに守護者を名乗っているけど、実際には何もしていないし、何もできない。イースを出てから薄々感じてはいたけど、守護庁の一件では身につまされたよ。私は無力だ。
イースを出た後は、アルアラムのお兄さんから借りた馬車で神武院を目指した。エントがアフリートを手に入れた以上、次に目指すのはシャナだということは容易に想像できた。シャナを復活させずにシェイドを探しに行くことは考えにくい。神話でもシャナはエントに水を供給する役目を担っていたからね。シェイドは西の砂漠の果てにいるし、そこまでたどり着くには是が非でもシャナをもう一度、仲間に迎え入れる必要がある。
「泉にこちらが先に着いて、迎え撃つ」
夜、焚き火を囲んでいる時にトウマが言った。また野営だった。というのも、東の山の中には、休みたい時に都合よく現れる宿屋なんてなかったから。もう、どこまで行っても山、山、山。草と木と岩ばっかり。今回、まだ救いだったのは、アルアラムのお兄さんから借りたというか、もらった装備の中にテントとかシュラフとか快適に野営するための道具があったということ。
山あいで開けたところはなかったけど、何とか4人で寝られる場所を見つけてターフを張って、火を起こして夜を過ごした。食糧も乾パンや干し肉などを持たせてもらっていたし、オーキッドが木の実を集めたり、鳥を捕まえて焼いてくれたりしたので、前回よりずっとましな食事をすることができた。トウマも少し落ち着いたのか、食事時間になると馬車を止めて、みんなを休ませてくれた。
「迎え撃つって、どうやってやるのよ」
アフリートだけなら何とかなるだろう。マリシャに呼びかけてみればいい。ただ、一緒にエントがいる。大暴れされている間に、またアフリートを取り逃しそうだ。逆にエントを倒すことに集中していたら、アフリートに焼かれてしまうだろう。どうするつもりなのかと思っていたら「次は俺がマリシャに接触する。邪魔するなよ」とオーキッドに向かって言った。
「焼け死んでしまうぞ」とオーキッド。少し間を置いて、トウマは「俺は元神武官だ。魔物対策はいろいろできている。それに、俺は泉の女神に祝福されている。火に耐性はある」と言った。