つみれはオアシスに到着するまでに、ざっくりと自分のことを話してくれた。もう何年も西部の討伐隊で働いていること。かつて所属していた部隊のリーダーが死んだのをきっかけに独立したこと。ガチの討伐隊というわけではなく、要請があったり、まとまったお金がほしい時に戦闘に参加する傭兵のような部隊であること。小柄な少女に見えるけど、実は末裔で50年以上生きているということ。
「若づくりしているけど、もう結構ええ年やからな。それなりに敬意を払ってや」
そう言って笑った。そうか。母ちゃんみたいな安心感を覚えるのは、そのせいか。魔術師だとも明かした。
「俺がつみれの下で働いていた時は、もっと北西部の山岳地帯で活動していたんだ。討伐隊ではなくて、盗賊団だと思っていたよ」
トウマが言った。
「失礼やな!義賊と言うてんか」
「…」
「少なくとも悪いことはしてへんわ!」
トウマはいやあ、それはどうかなあと首をひねっている。あまり誰かと親しくするつもりがなさそうな人なのに、つみれとは仲が良さそうだ。
「こいつはな、ごっつい使える男なんや。余計なこと言わずに黙々と働くしな。しゃべらへんから嘘もつかへんし、ええ男や」
つみれはそう言って、トウマの肩をポンポンと叩いた。そして少し声のトーンを落として、耳元で「まだ日没都市、探してるんか」と聞いた。トウマは黙ってうなずく。つみれはハァ〜とため息をついて腰を伸ばした。
「あんなん、最前線をうろついてる冒険者気取りどもの幻やって。ウチかてもう何年もこのあたりにいるけど、『ある』っちゅう噂があるだけで、実際に行ったことがあるヤツには会ったことがないからな」
呆れたように言って「もう幻探しはやめて、ウチと一緒に現世の楽園を探しに行かへんか。こっちは幻ちゃうで」と再び耳元でささやくように、でも周囲に聞こえるように言った。
「現世の楽園って何だい」
オーキッドが尋ねた。
「よう聞いてくれた!」
つみれは荷台で立ち上がる。
「魔族の襲撃とか、水がなくなるとか、誰かに支配されるとか、そういうことを気にせずに、安心して生活できるところを探しに行くねん。候補地は北西部の山岳地帯や。あのあたりには、誰も手をつけてへん土地がたくさんあるさかいな」
つみれは荷台に座っている面々を見渡すと、またパインの枕元に来て座った。
「北西部の山岳地帯なんて、荒野ばかりだろう。水も出たり出なかったりだし、それ以前に人が住むには寒すぎる」
オーキッドが反論した。
「おっさん、万物の源って知ってるか?」
「ええっ!」
反応したのはシャウナだった。
「万物の源って、あの、あらゆる魔法の根源になった魔法ってヤツのことでしょ?」
「そうや。姉ちゃん、魔法の腕はイマイチやけど、よう知っとるな」
聞いたことがない。残念ながらパインは魔法にあまり興味がないので、知らない。
「万物の源を使えば、寒冷地は温暖になり、砂漠は緑の森林になる。水のないところには水が湧くっちゅうヤツや」
「神話に出てくる伝説の魔法だわ」
「伝説やと思うやろ? ところがどっこい、実際にあるんやな」
「どこに?」
「まあ、そう焦りなさんな。実はアテがあるねん。それで、や」
つみれはパインの髪をなで、ほおずりした。
「トウマ、一緒に万物の源を探しに行かへんか。お前がいれば百人力や。万物の源を使って、山岳地帯に理想郷を作る。そこでウチと楽しく暮らそう」
なんだかすごい方向に話が転がり出したぞ。マリシャ探しはどうなる?
つみれたちが拠点としているオアシスは、これまで見てきたものの中でもひと際、小さかった。オアシスは小さな池くらいの水場であることが多いのだが、ここははっきり言って井戸だ。4人くらいで十分に取り囲める大きさ。隣に砂漠では珍しい石造りの2階建ての建物があり、そこがつみれたちの現在の基地だった。
「魔族に場所がバレててな。定期的に襲撃があんねん。放棄して他のところに逃げようかと思っていたときにトウマに会えたんや」
基地にはつみれの部下が3人、帰りを待っていた。守護者のエンツォはすでに登場した通り。剣士で大男のベルナルドと、職業不詳のアイシャという女性がいた。マリシャにシャウナにアイシャと似た名前の女性が次々に出てくるけど、この世界では割とよくある名前なので、仕方がない。
ベルナルドは末裔のおっさんだ。オーキッドくらいデカい。もじゃもじゃの赤い長髪に赤い髭を生やしている。人間でいえば50歳くらいの老け具合だが、たぶんこのデカさは末裔だろう。ということは100年くらい生きているかもしれない。体つきも若々しい。肩も胸も足も筋肉モリモリだ。ちょっとテゾを思い出す。パインのものと長さは同じくらいながら、厚さは倍近くある大剣を持っていて、到着した時はこれの手入れをしていた。
アイシャは若いということがわかるだけで、東西南北どこの人なのか分かりにくい。白い肌は北国風だけど、顔立ちは南方風だ。しかし、華奢な体格は東方風である。黒いローブ姿は、北国にある女神シャインの教会にいる修道女のスタイル。つみれは「僧侶だ」と紹介した。黒い瞳が魅力的だけど、ものすごく愛想が悪くて、こちらを一瞥しただけであいさつもしない。ちなみにマルコは弓矢隊長なのだそうだ。隊長と言っても、一人しかいないのだけど。
基地の1階は、食堂兼集会所といった風情だった。玄関を開けて入ると木造の床の上に10人くらい座れそうな長方形のテーブルがあり、周囲に椅子が並んでいる。そこでベルナルドが剣の手入れをしていた。アイシャは奥に座って何か飲んでいた。ジロリとこちらを見ただけで、目線を逸らしてしまった。その奥は台所でマルコが早速、料理を始めた。装備を下ろし、つみれに誘われて席に着く。エンツォが水が入ったマグカップを持ってきた。
「諸君! わが青薔薇隊へようこそ!」
つみれはカップを乾杯をするように宙に掲げた。同じようにカップを掲げて、喉を鳴らして飲んだ。美味しい。ここ数日、水がなくならないようにチビチビ飲んでいた。こんなに存分に飲めるのは久しぶりだ。食事も出た。とうもろこしの粉をお湯で練ったものと、何かの肉と玉ねぎを煮込んだ赤いスープだ。サフランの香りがする。温かくて水分の多い食事は久々だったので、とても美味しかった。
つみれは自分の部隊に「青薔薇隊」という名前を付けていた。青いマフラーとターバンはトレードマークなのだそうだ。メンバーになると、体に青い薔薇の刺青を入れるという。食事中のトウマの上着を無理やり脱がせて「ほら、ここにあるやろ?」と右の肩甲骨の上にある青い染みを見せてくれた。薔薇なのか?打撲傷に見えなくもないが…。
「最近は魔族がよく出るねん。連日、攻めてくる日もある。ここは水があって、たまに旅人が立ち寄って金を落としてくれるから居着いていたんやけど、もう潮時かもなあと思っていたんや。ところがなあ」
食事をして、お腹がいっぱいになったので、床に毛布を敷いてもらって横になった。
「万物の源とはすごい話だが、実はこっちもやっていることがある。エントとアフリートがこの辺りに来ていて、探している」
トウマが言うと、エンツォがヒェッというおかしな声を上げた。
「エントにアフリートって、あの神話に出てくるアレのことか?」
「そうだ」
一瞬、シーンとした。
「俺のツレが、アフリートに肉体を乗っ取られている。助けに行かないと」
つみれとエンツォが顔を見合わせる。つみれはアイシャを見た。アイシャは黙って首を横に振る。
「あかんってゆうてるわ」
あかんというのは、ダメと同義語だったはずだ。
「手伝ってくれとは言わない。俺たちだけでやる。終わったら万物の源探しを手伝ってもいい。だから、水と食糧を分けてほしい」
珍しくトウマがたくさんしゃべっている。頑張れと思っている間に、疲れが押し寄せてきて、眠ってしまった。
翌朝、目を覚ますとベッドの上だった。誰かが運んでくれたみたいだ。小さな部屋だった。床に畳まれた毛布が置いてあるので、もう一人、ここで寝ていたのだろう。ゆっくりと起き上がる。つみれの魔法が効いたのか、まだ少し痛みが残っているものの、歩くことができた。
ドアを開けると廊下があって、その先に階段が見えたので、2階にいることがわかった。転げ落ちないように、狭い階段を注意しながら降りる。トリスタンにいたころ、よく足を滑らせて階段から落ちた。お尻をしたたかに打ち付けて、泣いてアレックスに慰めてもらったことを思い出す。階下に降りると、台所でつみれが自ら料理をしていた。
「おっ、目が覚めたんか?テーブルで待っててや。すぐに朝メシにするさかい」
こちらに気がつくと、微笑んでそう言った。目が優しい。この人は、いつも目が笑っている。
階段脇の床でアルが眠っていた。毛布にくるまって、みすぼらしくて、とても一国の王子に見えない。そばに毛布が2組畳んで置いてあるのは、トウマとオーキッドの分か。ということは、2人はすでに起きてどこかへ行ったということだ。
窓から外を見ると、井戸端にオーキッドがいた。マルコとベルナルドと一緒に水を汲んでいる。あれだけ男手があれば、1日分の水汲みなどすぐに終わってしまうだろう。
井戸の向こうではシャウナがエンツォと話している。エンツォは長い棒を手にしていた。ガーディアンスティックにしては長く、槍に近い。シャウナが一生懸命話しかけて、エンツォが答えているように見える。好奇心でいっぱいのシャウナのことだ。こんな西部の奥地で、魔法使いをリーダーと崇めて活動している先輩が、どんな経緯をたどってここまでやってきたのか、気になるのだろう。
トウマはどこだ?あと、アイシャという女も見当たらないと思っていたら、台所から出てきた。お椀を両手に持っている。昨夜のとうもろこしのスープみたいなヤツだろうか。パインも何か手伝おうと足を向けると「こちらに来るな」とばかりに手で制された。
食事が始まってもトウマは帰ってこなかった。シャウナによれば、朝早く「偵察に行ってくる」と言って出ていったらしい。大丈夫だろうか?
「そう簡単に死なへんよ。3日間くらい飲まず食わずで生きていける特異体質やから」
つみれがいう。朝ごはんはとうもろこしの粉を煮たものと、あと何かわからない肉を玉ねぎと一緒に塩とスパイスで煮込んだものだった。この肉、一体なんだろう? 豚のような食感だけど、それにしては特有の匂いがしない。繊維も荒めで、食べ応えがある。ただし、あまり旨味はなかった。
「これは何の肉じゃ?」
「オークや」
つみれの返事を聞いて、アルがブッと吹き出す。口元を押さえて、顔を青くした。
「心配すんな。毒もないし、味も食べてもらった通り悪くないやろ? 最近、よく出没するから肉を確保しやすいんや。まあ確かにあまり食べるものではないかもしれないけど、砂漠では背に腹も変えられへん」
シャウナはどうかと見てみると、こちらは吹き出しこそしなかったものの、口元を押さえて微妙な表情をしている。普通に食べているのは青薔薇隊の面々とオーキッドだけだ。オークって、あのオークだよね?戦場で遠目から見た人型の魔族を思い出す。人間を食べているわけではないのだけど、何かモヤモヤする。
昼前くらいにトウマが帰ってきた。マントをかぶっただけで、その下は砂漠を旅してきた装束のままだ。こんな軽装で出掛けて行ったとは少し驚く。
「ダメだ。この程度の探索では見つかりそうもない」
青薔薇隊はアイシャ以外、オアシスの点検と周辺の警備に出ていた。オーキッドもそれを手伝いに行っている。今、基地にはパインとアルとシャウナしかいなかった。みんなで床に車座になった。ああ、アイシャがいた。今日はテーブルの片隅で、何やら分厚い本を読んでいる。相変わらず朝からひと言もしゃべらない。
「どうやって探そうか。こんな広い砂漠の中だよ?」
シャウナがうーんと伸びをしながら言った。魔力を追ってみるというのは昨夜、パインが眠ってしまってから策の一つとして上がったらしい。ただ、現在のメンバーで最も魔力を感じられそうなオーキッドをもってしても「ちょっとわからないな。そもそも、あの姉ちゃん(つみれ)がそばにいるので、他の魔力を感知しにくい」と言っていたそうだ。
もちろん、つみれにもお願いしてみた。「エントってヤツの魔力を感じたことがないから、わからへんな」。一度、接触していればわかるのだそうだが、未接触の魔力は全て同じように感じられるらしく「これがエントの」と判断しにくいのだそうだ。
「そもそも、どこに消えたんだろうね。魔族も一夜でいなくなってしまったし」
アルがいいこと言った。確かにそれは不思議だ。アッシュールは大小の砂丘が形成している谷とはいえ、そこまでしっかりとした身を隠す場所はない。最後まで戦場で戦っていたトウマによれば、エントとアフリートはアルバース隊を背後から襲って総崩れにし、逃げ遅れた人間たちを谷底に追い詰めて、そこで食べ散らかして、ふっと消えたのだそうだ。
「谷底に穴でもあるんじゃないか」
それがトウマの見立てだった。
「砂漠を放浪していれば、魔力なり気配なりがそれなりに流れ出して、誰かが感知する。だけど、それがないということは、ものすごい速さでこのあたりから離脱したのか、さもなくばダンジョンがあって、そこに潜ったのかのどちらかだ。前者も可能性としてはありうる。何しろ東へ戻れば、人間がたくさんいるサラマンドルがあるから」
トウマの発言に、アルはええっと困った声を出した。
「サラマンドルには兄さんがいるんだけどなあ」
頭を抱えている。あんなにひどいことをされたのに、それでも心配するんだ。全く、どこまでお人好しなのだろう。
でも、でも。結局、ここに戻ってくるのだけど、エントたちを見つけ出したとして、どうやってアフリートとマリシャを切り離すのだろう。居場所がわかったところで、そこがクリアできないと、また瀕死の重傷を負って撤退して…を繰り返すのではないか。みんなで頭を抱えていると、アイシャが立ち上がってこちらにやって来た。
「あなたたち、マリシャって子とアフリートを、どうやって切り離すつもり?」
なんだ、しゃべれるんじゃん。高く澄んだ、きれいな声だった。歌わせたら上手そうな感じだ。ただ、ニコリともしない。シャウナの背後で、これぞ上から目線という感じでにらんでいる。パインたちの話に聞き耳を立てていたのか。なんだか、やな感じだ。
「それでずっと頭を悩ませているんだ」
シャウナは苦笑いをした。
「そういうお前は何か知っているのか?」
ちょっと元気が出てきたので、調子に乗って聞いてみた。アイシャはパインら4人を見回すと言った。
「そうね。一番簡単なのは、万物の源を手に入れることだと思うわ」