マルコとエンツォは翌日の日中は戻ってこなかった。そりゃそうだ。帰還するのに1日、戻ってくるのに1日。計2日かかる。夜明け前にトウマとオーキッドは食糧を探しに出て行った。エンツォが「何もない」と言っていたが、目を覚ますとオーキッドが何か肉を焼いていた。
「あれ、どうしたの」
アルに聞くと「何だかよくわからないけど、砂の中に住んでいる生き物を採ってきて、食べようとしているんだ」と嫌そうな顔をして言った。
今は切り身になって、焚き火の上でいい匂いをさせているけど、もしかしたら本体は、生理的に嫌悪感があるような外見をしていたのかもしれない。アルはそれを見てしまったので、こんな反応をしているのだろうと想像した。とはいえ何も食べないわけにもいかず、みんなでそれを食べた。砂虫に似ているけど、砂虫以上に水分がない。むしって口に入れると、口の中がパサパサになった。
「何か、もう少し美味しく食べる方法はないものかなあ」
オーキッドがボヤいていた。
翌日の夜明けに、2頭立ての馬車(駱車?)が来た。御者台にいたのはマルコだ。まだ到着してないのに、荷台から子供かと思うような小柄な人が飛び降りて、走ってくる。ターバンからはみ出した長い髪がピョンピョン跳ねているので、女の子のようだ。
「トウマ!」
迎えに出たトウマに身軽に飛びついた。おっとといいながら抱き止める。小さいので、子供を抱っこしているような格好になった。
「久しぶりやなあ! 会いたかったわ!」
すごく訛っていた。西は西でも北西の山岳部で使われている言葉だ。王都で使っている人は少ない。
砂漠の軍装だが、この子も目の覚めるような青いマフラーを巻いていた。ターバンも青い。漆黒の髪が後頭部からはみ出している。ポニーテールにして、その上からターバンを巻いているのだろう。何度も油を重ね塗りしたと思われる肌は油染みていたが、たぶんもともとは色白だ。でも、北国人ではない。南方人と東方人の中間のような顔で、鼻が低かった。それがなおさら幼い印象を与えている。猫のような大きな瞳が印象的だった。
「何だ、親分直々に来てくれたのか?」
えっ、この子が小隊のリーダー?
「そうやで!ず〜っとず〜っと会いたかった男が戻ってきたんやさかい、ウチが出て行くのは当たり前やんか!」
ピョンと飛び降りるとドヤ顔をして、自分の胸をポンと叩いた。このテンションの高さ、どこかで見たような気がする。
「トウマ、もうどこにも行かさへんで!ずっとウチのそばにおり。さあ、おうちへ帰るで!ほら、ツレもさっさと馬車に乗らんかい!」
オーキッドとトウマが担いで荷台に乗せてくれた。やれやれ。とりあえず助かったみたいだ。
馬車が走り出すと、女の子は荷台にやってきた。15、16歳くらいだろうか? マリシャと同じくらいに見える。だけど、どちらかといえば華奢なマリシャに比べて、女子にしてはガッチリしている。バストもヒップもバーンと張り出していて、あれ…体つきは随分と大人っぽいな。パインたちの前に立って「えっへん!」とわざとらしく胸を張った。
「ウチの名前は…」
言いかけて、止まった。こっちを見ている。一歩、二歩と踏み出してパインの顔をのぞき込むと「おい、マルコ!」とびっくりするような大声を上げた。
「へい、何でしょう、親分」
マルコが御者台から声だけで答える。
「へい、何でしょうやない!こっち来んかい!」
馬車が止まり、マルコが荷台にやってきた。さすがに7人も入ると狭い。
「おい、これはなんや」
女の子はパインを指差して言った。
「えっ。これはと言われても…。トウマのツレですが」
いい大人なのに、なぜこんな子供にヘコヘコしているのだろう。女の子は「あほんだら!」と言ってマルコのお尻を蹴飛ばした。
「お前、こんなかわいい生き物を置き去りにしようとしたんか!あほ!このあほたれ!」
あほ、あほと言いながら2度、3度とマルコのお尻を蹴り上げた。
「いやあ、暗くてよく見えなかったんスよ。勘弁してくださいよ、親分」
マルコは逃げ出すように御者台に戻っていった。馬車が動き出す。女の子はシャウナを押し退けて、パインの枕元へきて正座した。
「何これ!めちゃくちゃかわいいやん!ウチはつみれゆうねん。よろしくな」
目がキラキラして、ほおが上気して赤くなっている。あっ、この光景、見たことあるぞ。ずっと昔、そっくりな顔を見たことがある。つみれと名乗った少女は「触ってええか」と言いながらパインの頭をなでた。もう触ってるじゃん。
「うわっ、すごいもふもふや。うわっ!」
興奮しながら髪を触りまくっている。
「ちょっと。けが人なんだから、そっとしておいてあげて」
シャウナが声をかけた。つみれはろくにシャウナの方も見ずに「けがをしとるんか。どこが痛いんや?」と聞いた。
「えっと…左腕とお腹が…」
かけていた毛布をめくって、お腹と左腕を触り始めた。手を当てて優しくなで回す感じだ。しばらく触ってから「ふん、誰や!雑な治療やな!ろくに魔術も使いこなせへんのか!」と吐き捨てた。
「悪かったわね。私の処置です」
つみれはやっとシャウナの方を向くと、ジロジロと頭の先から足の先まで見て「ふん!」と鼻で笑った。シャウナもムッとした顔をする。そんなこと全く気にする素振りも見せず、つみれはベルトにつけていた物入れから銀色のボトルを取り出すと、中から黄色くて丸いものを取り出した。
「アメちゃんいる?いらんゆうてもなめさすで」
食べないという選択肢はないらしい。「はい、アーン」と言いながら、パインが開けた口にその黄色くて丸いものを入れた。むっ、甘い。マンゴーみたいな果物の香りがする。なめていると、痛みが引いていく。
「何これ!」
思わず声が出た。あれ? お腹が痛くて声も出せなかったのに、すごく大きな声が出たぞ。つみれは満足そうに微笑むと「ウチの魔法、すごいやろ?で、あんた、名前は?」と言った。
「え、えっと…パインと言うのじゃ」
きちんとした言葉遣いで答えようか、いつもの口調にしようか少し迷ったけど、どうせあとでいつも通りに話すのなら最初からこっちでいこうと思って「じゃ」を付けた。
「いま、なんて言うたん?言うのじゃ?めっちゃかわいいやん!」
どうやらつみれをキュンとさせてしまったみたいだ。「もう我慢できへん!好きや!」と叫んで抱きついてきた。「あんた、ウチの子になりよし!」。なんかすごい。この人、愛情表現が強烈すぎる。
オアシスに戻るまで、ずっとつみれに抱っこされていた。いや、つみれがパインにしがみついていたと言った方が正しいかもしれない。とにかくベッタリだった。でも、嫌な気はしない。
「そいつ、変な魔法を使うから気をつけろよ」
トウマがそう言っていたけど、変なことをされた感じはしなかった。むしろ抱っこされていると、すごく気持ちよかった。
つみれは母ちゃんと同じ匂いがした。台所の煙と布団の匂いだ。その匂いを別にすれば、つみれはアレックスみたいだった。初めて会った時からパインのことが大好きだった。母ちゃんに見捨てられたと思っていたけど、代わりにこんなに愛してくれる人がいるのなら、頑張っていこうと思わせてくれた人だった。