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第43話 一方的にやられたような気がするのじゃ

 気がつくと、青い空が見えた。焼け残ったテントだろうか。焦げた跡が残る布地を、同じく焦げた跡がある支柱に張っている。だけど、それほど広くない。パインが横になるスペースをとりあえず確保したという感じだった。体が動かない。喉もカラカラだ。何とか首を動かして横を向くと、アルがいた。


 「あ、目が覚めたかい」


 すぐに気がついてくれた。目の下のくまがすごい。色白だから余計に目立つ。腰の辺りをゴソゴソさせて、水筒を取り出した。アルバースの兵士たちが標準装備していた、皮で作った水筒だ。


 「ゆっくり少しずつ飲むんだ」


 蓋を外して、口に当ててくれた。ああ、美味しい。めちゃくちゃ美味しい。どれくらい気を失っていたのだろう。今は何時だ?左腕を動かしてみた。動かない。感覚がない。切り落とされてしまったのだろうか。戦っていた情景が、頭の奥から蘇ってきた。


 あの後、どうなったのだろう。エントにとどめを刺されたのか?今、生きているのか、死んでいるのかすら自信がなくなってきた。それ以前にアルの盾になるどころか、アルに戦わせてしまったことが情けなかった。喉はカラカラなのに、涙が出てきた。泣きながら少しずつ水を飲んだ。


 「よかったね。まだ生きているよ。大丈夫。すぐによくなるから」


 水筒を片手で持ちながら、アルは頭をなでてくれた。慰めてくれるのはうれしい。だけど、パインは失格だ。


 戦闘が終わり夜明けが来て、昼にもなっていなかった。パインが気絶した後は…。というか、ここはアルかシャウナが話した方がよくない?えっ、まだパインがしゃべるの?仕方ないな。アルとシャウナから聞いた話を、なんとかそれらしくしゃべってみるよ。


 パインが気絶した直後、ドーンという音がしてエントは足を止めた。アフリートがアルバース隊を攻撃し始めたらしく、螺旋の炎が斜面を飛び交っていた。エントはそれを見て、アフリートの方に行ってしまった。シャウナがちぎれた左腕を魔法でくっつけてくれて、とりあえず砂丘の峰までもう一度、上った。陣地の火は夜明け前に消えたので、焼け残った布地や木材を使って、パインを横たえるためのテントを作った。


 アルバース隊は背後から思わぬ攻撃を食らって、あわてて撤収した。だいぶ被害が出たみたい。戦場で見ていたトウマとオーキッドによれば、かなりの人間が焼かれたそうだ。エントに食われた人も多かったらしい。こうつかんで、頭からバリバリ…みたいな感じで。ヒェェ。見なくてよかった。アルバースが生きて離脱できたかどうかはわからないけど、あのよく通る声が「撤収!撤収!」と響いていたので、おそらく無事だと思うとオーキッドは言っていた。


 トウマとオーキッドは、夜明けに帰ってきた。細かいけがをしていたけど、2人ともパインみたいな重傷は負っていなかった。エントとアフリートはどこに行ったのだろう。魔族も夜明けとともに姿を消してしまった。前日は斜面の上から魔族が動いているのが見えたが、今日は全くいないらしい。アルバース隊はパインたちを置いて引き上げてしまった。普通なら重傷者が残っていたりするものなのだけど、そんな人もいない。傷ついて動けなくなった人は、エントに食われてしまったのかもしれない。


 「これからどうするの」


 まだ起き上がれないパインを囲んで、みんなが車座になっている。火災で驚いて逃げ出してしまったのか、陣地には馬もらくだも見当たらず、移動手段がなかった。シャウナの不安は当然だ。


 「パインが動けるようになったら、移動しよう。近くのオアシスに行く」


 トウマがふところをゴソゴソしながら言った。何かキラキラするものを取り出した。赤くて、青い。薄くて丸くて、ガラス細工みたいだった。パインの胸の上に置くと「早く元気になれよ」と言って、立ち上がってどこかへ行った。これ、何だろう。右手でつまみ上げた。きれいだ。太陽の光に当たると、いろいろな色に輝いて宝石みたいだった。


 「それ、ドラゴンの鱗だよ。トウマが昨夜、ドラゴンから引っこ抜いてきたんだ」


 オーキッドが教えてくれた。へえ、優しいじゃん。てゆうか、あのおっさん、ドラゴンを倒したのか?あの金槌2本で?ゴブリン一人すら倒せなかった自分とは、月とスッポンだ。それにしても、これが母ちゃんが言っていた砂漠の宝石か。生きて動いているヤツじゃないけど、ずっと見たかったものが見られた。それはうれしかった。


 「移動するも何も、馬もらくだもないじゃない。歩いて近くのオアシスに行くといっても、どこにあるかわかるの?適当にうろつくなんて、自殺行為だよ」


 トウマの背中に向かって、シャウナが呼びかけている。そうだな。そうだろう。でも、ここでじっとしていても、いずれ死ぬ。水も食糧も近いうちになくなる。アルバース隊が探しに戻ってきてくれればいいけど、敗走したばかりだし、期待しづらい。とはいえ、5人で砂漠をあてもなくうろつけば、これまた死ぬ可能性は高い。


 「まあ、とりあえず当面の問題を解決するから、お前ら手伝えよ」


 少し離れたところからトウマの声がする。ざっくざっくと砂を掘っている音がする。


 「何するのよ」


 「もう少し快適な部屋を作るんだよ」


 「じゃあ、俺も手伝おう」


 オーキッドも立ち上がって、外に出ていった。アルだけがパインのそばに残った。パインの前髪を触っている。


 「随分、髪が焼けちゃったなあ」


 そうなの? 自分では見えないから全然、気が付かなかった。


 「帰ったら、散髪しないとなあ」


 簡単に言うな。髪は女の命なんだ。


 トウマたちは砂を盛ったり、木材を集めて来たりして、随分と広い日陰を作ってくれた。砂を周囲に盛って、柱を立てて、ちょっとした部屋みたいな感じになった。作りながら話している声が聞こえる。シャウナだ。


 「それにしても、アルアラムがエントの前に飛び出した時は、マジでびっくりしたよ。神武院では隠れていた王子様がだよ。ちょっと見直したね」


 そうだったな。確かにあの時のアルはカッコよかった。でも、知っている。アルはもともとそういう人だ。危ないところに飛び込みたがるという意味じゃない。大切な人のためには、命も惜しまないということだよ。


 「パインはちゃんと戦えていたのか?」


 これはトウマだ。


 「いやあ〜。なんか、峰打ちばっかりだったなあ。初めての戦場でビビっちゃったのかな。かくいう私も何もできなかったけどね」


 シャウナが答えている。そうだ。人型の生き物を殺すのが怖くて、峰打ちしてしまった。あそこで1撃目から殺していれば、ゴブリンたちは恐れをなして、それ以上、攻撃してこなかったかもしれない。


 「ちゃんと殺せって言ってやればよかったのに」


 「無茶を言うな。初めて殺し合いの場所に出たんだ。相手がオークやゴブリンでも、命を奪うことには抵抗があるものさ」


 オーキッドがかばってくれている。


 「アイツ、砂虫は普通に殺していたじゃないか」


 「あれは見た目が怪物だからなあ。オークやゴブリンは人間に見えなくもないだろ?」


 「いや、見えない。砂虫と一緒だ」


 トウマはシビアだ。


 部屋を作り終えると、焼け跡から小麦を見つけてきて、水でこねて簡単なパンを作ってくれた。パサパサでアルバースとの朝食で口にしたものとは似ても似つかなかったけど、こっちの方がずっと美味しい。魔族との戦闘でオーキッドは魔力を使い果たしてしまって、しばらく魔法での治療はできなかった。


 代わりにシャウナがつきっきりで看病してくれた。ちぎれた左腕が一番の問題だったけど、背中とお腹に当たった矢の傷も深くて、そっちの方が大変かもと言っていた。下半身は右腿を切られただけだったが、お腹の傷が深くて力が入らず、歩き回るのはもちろん、体を起こすのもひと苦労だった。


 困ったのはトイレだ。テントの近くに拾ってきた布と木材で、身を隠して用を足せるところを作ってくれたのだけど、まず立ち上がってそこまで行くのが大変だった。一度、おしっこがしたくて目が覚めた。いつもシャウナがそばにいるのに、その時に限ってアルしかいなかった。


 恥ずかしいけど、仕方がない。漏らすよりマシだ。うたた寝をしていたアルをつついて起こすと「おしっこがしたい」と言った。アルは「えっ」と言って少しうろたえていたけど、肩を貸してトイレまで連れて行ってくれた。よかった。間に合った。何も食べていないから、うんちは当分、出ないだろう。けど、おしっこは出る。シャウナがいる時に、まめに連れて行ってもらわないと。というのも、お腹が痛くてしゃがむのが辛いんだ。手を貸してもらわないと、おしっこすらできない。


 何だかしんどいと思っていたら、夕方から熱が出始めた。最初、頭がガンガン痛くて、そのうち寒くなってきた。夜になったので寒いのかなと思っていたら、ブルブル震え出して様子がおかしい。隣で寝ていたアルを、またつついて起こした。何か用?と手を取ったアルが「うわ、すごい熱だ」と言って、シャウナを起こしてくれた。治療魔法をかけてもらって少し楽になったけど、全身がだるくて重くて、全然動かない。このままここで死ぬのかな、なんてことを少し考えた。

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