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第39話 アルバース兄というのは、こういう人なのじゃ

 砂漠といえば砂ばかりしかなくて、どこも同じような風景だと思うかもしれないけど、意外にそうでもない。確かに砂漠は風で砂が運ばれてどんどん地形が変わるので、どこに行ってもどこかで見たような、似た景色が多い。それでも大きな岩盤の上とか、逆に谷になっているところなんかは、地形が変わらない。砂漠にも山や谷がある。


 サラマンドルから西に2日ほど進むと、アッシュールという谷がある。谷とはいえ、パインの生まれた村にあるような小さい谷ではなく、砂の山と山の間みたいな感じの、めちゃくちゃデカい谷だ。谷の中に幾重にも砂丘があって、攻めるにも守るにもいい地形だとイズマイルは言っていた。最近、そこに魔族が集まってきているという噂があって、アルバース兄は200人の配下を連れて様子を見に行ったという。


 200人といえば討伐隊としては大人数だ。普通は10人から20人くらいで組織する。あまり大きくなると、水と食糧を持っていくのが大変になるからだ。砂漠では少数精鋭の方が動きやすいんだ。だから、もっと小さな討伐隊もたくさんいる。



 お礼を言って、お菓子を分けてもらって、馬車に戻った。トウマはまだ寝ていたけど、シャウナが起きていた。代わりにオーキッドが寝ていた。シャウナにお菓子をあげると、飛び上がるくらい喜んだ。ひと口ほお張って「あ〜、幸せ〜!」と珍しく大きな声を出した。それでトウマとオーキッドも目を覚ました。イズマイルから聞いた話を伝えて、アッシュールまで行くことを提案した。


 「魔族が集まってきているということは、彼らの頭領であるシェイドも、こちらに近づいてきている可能性はあるわね」


 シャウナはまだ口をもぐもぐさせている。


 「エントは俺たちより後ろにいるのか? 挟み撃ちにあったりしないだろうな」


 トウマが水を飲みながら言った。


 「そんなにうまいこと、いかないだろう。ああ、俺たちにとってじゃないぞ。エントたちにとってということだ」


 オーキッドがフォローする。そもそもサラマンドルに留まるにしても一度、アルバース兄と会っておいた方がいい。イズマイルは「水も宿も好きなように使ってもらって構いません。王家の者が行くからと、この辺りの商店や宿に知らせておきますから」と言ってくれたが、あの兄貴のことだ。帰ってきてアルやパインたちが勝手気ままに振る舞っていたら「ここは俺の砦だぞ」と怒り出しかねない。いや、間違いなく怒る。だから、会ってあいさつはしておいた方がいい。


 アッシュールまでは岩盤で整備された道がないので、パインたちが乗ってきた馬車は使えなかった。きちんと舗装された道を走るためのものなので、これで砂漠を走ると車輪が砂で滑ったり、埋まって走りにくい。砂漠用の車輪があって、それに付け替えればいいのだけど、そうした馬車を引くにはらくだ4頭では馬力不足だ(馬力ではなく駱力かな?)。


 イズマイルの勧めもあり、アッシュールに補給に行くキャラバン隊の馬車に乗せてもらうことにした。分乗して、食糧とか水を詰めた樽とかを満載した荷台の隙間に入り込ませてもらった。夕方に出発して夜に移動するのは、これまでと一緒だ。夜明けとともにらくだを休ませて、人間も休む。2日目はまだ日が高いうちから移動を開始して、翌日の夜明けにアッシュールに到着した。



 こんなことで来ていなければ、いつまでも見ていたくなる絶景だった。足元からずっと下へとなだらかに砂の斜面が続いている。波打ち、そこに陽の光で陰影ができて、絵画のようだ。底の方は砂が浅いのか、ゴツゴツとした岩肌がのぞいている。その向こうは上りの斜面だ。あちら側は今は日陰になっていて、どれくらい凹凸があるかわからない。だけど、おそらくこちらの斜面と同じように波打っているのだろう。


 日が高くなれば、どんな模様を描くのだろう。砂の山と山の間にある谷のようだと聞いていたが、実際に目にしてみると、その表現はしっくりくる。底の部分からこちら側の斜面にかけて、黒い点のようなものが動いている。ざっと数えたところで40〜50といったところか。目を凝らして見ると、人間に見えなくもない。あれが魔族だろうか。


 今、パインたちがいるのは、山でいえば峰の部分だ。そこに大小さまざまなテントが設営されていた。アルバース兄の陣地だ。到着した時は朝早くで、もうテントの間で兵士たちが忙しそうに立ち働いていた。どこかで朝ごはんの支度をしているのか、穀物を火にかけている匂いがする。


 サラマンドルから一緒に来た兵士がひときわ大きなテントに案内してくれた。パインたちが野営で使っていたような小さいヤツではない。オーキッドが立ったまま出入りできるし、数十人くらいの人が生活できそうなくらい広かった。内部はカーテンで仕切ってあって、複数の部屋があるようだ。奥に進むと広間っぽいスペースがあり、アルバース兄が使うのであろう、立派な椅子が置いてあった。しばらく待っていると近くのカーテンが開いて、アルバース兄が現れた。


 寝起きなのかズボンは履いているが、上半身は下着のままだ。足元も裸足のまま。ターバンを巻いていないので、ボサボサの長髪が寝癖であちこちに跳ねていた。ふわぁ〜と大きなあくびをする。身なりはむさ苦しいのに、やはりあの兄とこの弟の兄弟なので、顔立ちは整っている。無精髭を生やしていても、精悍な顔立ちだ。髭を剃って髪を整えれば、立派な王子に見えるだろう。


 そして、むき出しの両腕に嫌でも目がいく。丸々としたメロンのような肩の筋肉に、岩から削り出したような太い腕。前腕部にタトゥーを入れているが、日焼けでくすんでしまって、もう何を掘ったのかわからない。胸板の厚さもすごい。どう鍛えればこんなふうになるのか。末裔のようだ。オーキッドもがっちりとした体格だが、こんなにマッチョではない。


 「おお、まさかこんなところにやってくるとは思っていなかったぞ、アルアラム」


 いきなり小馬鹿にしたように言って、もう一度、大あくびをした。そして、近くにいた兵士に「メシだ!」と偉そうに言った。言われるのはわかっていたし、もう準備もしていたのだろう。兵士は「承知しました」と言って敬礼すると、パッと駆け出していった。


 「見ねえ顔も一緒だな。ああ?」


 あごをぼりぼりとかきながらシャウナ、オーキッド、トウマと品定めをするように顔を近づけてねめ回す。パインの前にも来た。


 「おっ、お前のことは覚えているぞ。アルアラムの小姓だろう。でっかくなったな」


 ニヤリとしたかと思うと突然、パインのおっぱいをつかんだ。「ふぎゃあ!」。思わず変な声が出てしまった。飛びさがってアルの後ろに隠れる。と言ってもアルの方が小さいから丸見えだ。


 「ケツもデカくなって、たくさん子供が産めそうないい体になったじゃねえか。いいぞ、俺の嫁になれ!」


 ニヤニヤ笑っているが、目は本気だ。アルが立ちふさがっているのを押し退けて、こっちに来る。逃げ出そうと後ろを向いたところを、腰をつかまれた。


 何をされるのか。今後はお尻を触られるのだろうか。恐怖で体が固まったところに「やめろ」とトウマの声が聞こえた。振り向くと、アルバース(もう兄とつけるのはやめよう)の手首あたりをつかんでいる。


 「ああ?」


 アルバースは怒気を含んだ声で唸ると、空いた方の拳でトウマの横っ面を殴りつけた。ゴツッと鈍い音がしてトウマがよろめく。返す拳でもう一発。次も正確に顔面をとらえて、たまらず地面に膝をついた。アルが「あっ」と声を出して間に入ろうと踏み出した瞬間、今度は顔面を蹴り上げた。


 「てめえ、誰に向かってものを言っているんだ? ああ?」


 アルバースはトウマの後頭部の髪をつかんで引き起こすと2発、3発と顔面に拳を叩き込んだ。オーキッドが助けに入ろうとするのを、アルが静止する。シャウナも突然始まった暴行に声を失い、固まっていた。アルバースは殴る蹴るをやめようとしない。地面に伏せたトウマの腹を「コラッ、死ぬか? おお?」と怒声を上げながら狂ったように蹴り上げている。途中で兵士が食事を持ってきたが、こういう場面に慣れているのか、驚きもせずに部屋の隅で食事を乗せた盆を持ったまま、待っていた。


 時間にしてみれば数分もなかったと思うけど、何時間も続いたような気がした。気がついたら、涙がボロボロ流れていた。アルバースは散々暴れて汗びっしょりだ。殴り疲れたのか「はあ〜」と大きく息をつくと、トウマにペッと唾を吐きかけた。


 「朝飯前の運動にしては骨があったなあ。おい、お前ら。メシはもう食ったのか? 一緒に食っていけ」


 そう言うと、先ほどから待機していた兵士にパインたちの分の食事を持ってくるように指図した。どうかしている。弟の仲間を、それも会ったばかりなのにボコボコにして、挙句に一緒にメシを食っていけというのは、どういう神経なのだろう。こちら側としては、とても食事をする気にならない。


 オーキッドがこちらを見ている。シャウナの肩に大きな手を置いて、抱きかかえるようにしている。シャウナは倒れ込んだトウマを凝視して震えていた。オーキッドはパインを見て、アルを見る。口に出していないが、みんな大丈夫か?と言っているのがわかる。パインもアルを見た。アルはオーキッドを見て、こちらを見て、そして消え入るような声で「ご馳走になろう」と言った。

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