夜は寝ている人もいたし、盗賊が襲ってこないか見張っていて、みんなピリピリしていたからそうでもなかったけど、昼間に休憩している時には、いろいろな話をした。人の話を聞いているだけのこともあった。
ある日、オアシスの木陰で夕暮れを待っていた時に、シャウナがトウマに「結婚しているだなんて、知らなかった」と言った。トウマはその時、寝っ転がってぼんやりと空を見上げていた。まだ日は高くて、木の葉の間からキラキラと陽光が差し込んでいた。隣同士にいるのだから、聞こえなかったわけがない。だけど、トウマは返事をしなかった。
このおっさんは、よく人の問いかけを無視する。おしゃべりじゃない。いや、むしろ無口だ。むっつりってヤツだな。そういう性格なのはわかるけど、無視は良くない。はいとかいいえくらい言えよと思っていたら、シャウナが「全然、そんな気配がなかったから気づかなかった。今、どこにいるの?」と続けて聞いた。
その会話を聞くまで、トウマが結婚しているなんて知らなかった。あまりモテそうではないし、戦闘バカっぽいので、ずっと独身だと思っていた。戦闘バカというのは、母ちゃんとかアルバースとか、戦ってないと死にそうなタイプの人をパインが勝手にそう呼んでいるんだ。トウマも戦闘バカだ。キサナドゥーにいた頃は仕事が終わったら毎日、訓練場に行っていたし、朝も仕事に出る前に寮の中庭で一人で訓練しているのをよく見かけた。プチ冒険に行くと、真っ先に魔物の前に飛び出していった。とにかく戦いたくて仕方がないんだ。砂虫狩りにもついてきて、素手で取り押さえていた。頭がおかしいよ。
それはともかく、東方人はこういう顔をしているヤツが多い。ブスッとしていて無表情で、愛想がない。マリシャと一緒にいる時だけ、表情が緩んでいるのを見かけたことがあった。結婚しているのに十代の少女に手を出していたなんて、それって浮気じゃあないのか?許さないぞ。
シャウナの質問に、トウマはまた返事をしなかった。何度か聞いて、こういう反応をされ続けているのだろう。シャウナは小さなため息をついて、目を逸らした。まあ、確かにちょっと興味はあるな。こんな男に、どんな女が惚れたのか。子供はいるのか。いるとすれば何人?同じパーティーで長いこと一緒に生活しているのに、トウマのことは意外に知らない。
アルのことはもちろんよく知っている。幼馴染だし、ずっと一緒にいるから。シャウナのことも、割とよく知っている。これまでたくさん話したから。オーキッドはよく話してくれる人なので、一緒にいる期間は一番短いけど、トウマよりはよく知っている。トウマからはいつもの悲しい匂いがする。話したくないのだろう。別れたのか。もしかして、死に別れたのか。
「亡くなったの?」
シャウナが少し声を落として聞いた。そうだろうな。パインもそんな感じがするよ。
「だったら、ごめん」
そんな返事しない失礼なヤツに謝る必要なんかない。
シャウナは好奇心がとても強い人だ。いろいろなこと、それこそ世界中のことを知りたいと思っている。実際に知ろうとして行動する人だ。だから、トウマがどんな人なのか知りたいのだろう。なぜマリシャをそんなに一生懸命、追いかけるのか。パインやシャウナだったらわかるよ。大事な友達だからね。アルもわかるよ。大学の学長なんだもの。オーキッドもわかる。親切な人だし、こういうことを途中で投げ出さない人だ。
だけど、トウマはわからない。仲がよかったことは知っている。だけど、そこまでやる必要があるかな?話してくれないから、わからない。ただ一つ、はっきりしているのは、トウマがとても悲しんでいるということだ。それを振り払うためには、マリシャを助け出さないといけないのだろうか。本人が全部話してくれれば一番、よくわかるんだけど。コイツは頑なに自分のことを話そうとしないんだ。
ああ、そうそう。肝心なことは全然、話してくれないトウマだけど、よくしゃべる時もあるんだ。それは盗賊に襲われている時。サラマンドルに到着するまで2度、襲撃を受けた。月が出ている砂漠の夜は、思った以上に明るい。あるならば新月の夜だろうと思っていたけど、その通りだった。
新月とはいえ、砂漠は星がすごく出ているので慣れれば結構、明るく感じる。盗賊もこれくらいの暗さに慣れているのだろう。砂丘に姿を隠しながら巧妙に近づいてきた。だけど、こっちには夜でもよく見えるトウマとか、末裔らしくめちゃくちゃ見えているオーキッドとか、何より世界一、鼻の効くパイン様がいる。かなり遠くにいる段階で「10人程度の汗臭い男たちが近づいてきているぞ」ってわかったんだ。
「盗賊だ」
真っ先に言ったのは御者台のオーキッドだった。見える人または気づける人と、そうでない人でコンビを組んでいたので、もう一人、御者台にいたのはシャウナだった。
「えっ、本当?」
パインは荷台にいた。ぐっすり眠っていたけど、パーティー以外の匂いで目が覚めた。トウマがバチンと平手で背中を叩く。
「叩かないでくれなのじゃ!」
「盗賊が来たぞ」
言うや否や、荷台から飛び降りた。盗賊は闇夜でも、まず弓矢で攻撃してくる。飛び道具でダメージを与えてから、乗り込んでくるんだ。矢がブスブス刺さって幌が傷んだら、また修理代が掛かる。日中、日を遮る場所がなければ、荷台しか逃げ込む場所はない。幌を無用に傷つけさせないためには、弓矢を放つ前に先制攻撃を加えないといけない。
御者台からヒュルル〜とオーキッドが高速呪文を唱える声がする。パインも剣を手にして荷台から飛び降りた。アルが目を覚ましたようだったので、パインが使っていた毛布をかけておいた。砂漠の寒い夜をしのぐための分厚い毛布だ。頭からかぶっておけば、矢が直撃でもしない限り、けがすることはないだろう。
「うぐっ」
「ぐえっ」
割と近いところで叫び声がした。オーキッドの魔法の矢が当たったのだろう。標的が見えていれば自動的に当たる、すごく便利な魔法だ。少し前の砂丘をトウマが走っている。
「こっちだ!」
飛び越えて、砂丘の向こうに消えた。肉と肉がぶつかる鈍い音がする。ああもう、パインは足が遅いな!いやいや、遅いわけはない。だって、トリスタンでもキサナドゥーでも、駆けっこで負けたことがないんだから。トウマが速すぎるんだ。やっと砂丘の頂点に立って見下ろすと、斜面で今まさに交戦中だった。すでに4、5人が倒れている。まだ同じくらいの人数が立っている。トウマの反撃が想像以上に早かったのか、そもそも反撃されると思っていなかったのか、完全に浮き足立って逃げ出す者、立ち向かう者とバラバラだ。
「援護を呼ばせるな!全員倒せ!」
言われなくてもわかっている。ひとっ飛びで離脱しようとしている2人に追いつくと、峰打ちで気絶させた。1人は強めに脇腹に当ててしまったので、肋骨が折れたかもしれない。再び肉がぶつかる鈍い音がして、トウマの足元に1人が転がった。もう1人、ナイフを構えて逃げ出すこともできず、かといって戦うには相手が強すぎて、どうしようもなくなっている盗賊がいた。トウマが一歩踏み出す。盗賊は身を翻して、こちらに向かって走ってきた。
「殺せ!」
それはかわいそうだ。一歩後退して、峰打ち。今度はしっかり鳩尾に突き込んで倒せた。顔を上げると、トウマが倒れた盗賊から水筒を取り上げている。2度目の時もそうだったが、トウマは盗賊から水筒と武器を没収した。そうすれば水の補給のために拠点に帰らざるをえなくなるし、少なくともパインたちをしつこく追跡できなくなるからだ。最悪、気絶している時間が長ければ死ぬだろう。トウマはこちらに近づいてきて、パインが倒した盗賊からも水筒を取り上げた。
「殺してもよかったのに」
こちらを見上げて言った。満点の星空の薄明かりで、にこりともしていないのがわかる。冗談で言っているのではないことは、匂いでもわかった。確かに盗賊は悪いヤツらだ。こちらに夜に有利なスキルを持っているメンバーがそろっていなければ、誰か死んでいたかもしれない。だけど、それでも盗賊も人間だ。仲間がいるし、家族もいるだろう。砂虫を殺すのとはわけが違う。パインには、とてもできない。
「前線より先に行けば、手加減できない敵がたくさんいる。お前が死ぬぞ」
トウマが人をほめるようなタイプでないことは、しばらく一緒にいてわかっていた。「よく頑張ったな、助かったよ」なんてことを言ってくれないことも、知っている。でも、なぜ殺さなかったのか責められると、しょんぼりした。今夜はアルのために戦ったと考えよう。トウマを助けるためだったと思うと、悲しくて泣いてしまいそうだった。
「水筒と武器を没収しろ」
こんな時だけよくしゃべるヤツだ。うっとうしいと思った。気は進まなかったけど、足元に倒れている盗賊から水筒と武器を奪うと、馬車に戻り始めていたトウマを追った。