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第35話 馬がいなくなっていた理由がわかったのじゃ!

 話が前後したけど、そんなこんなで宮廷に行くことになった。爺さんが立派な馬車で迎えに来た。


 「いつでも帰っておいで」


 母ちゃんはそう言って、パインを強く抱きしめた。このまま離さないでくれたらいいのに。悲しくて寂しくて、涙がポロポロこぼれた。願いも虚しく、背中を押されて馬車に乗った。丘の向こうに家が見えなくなるまで、ずっと母ちゃんは近所のばあちゃんたちと見送ってくれた。


 馬車の中で声を上げて泣いた。鼻水まで垂らして、びしょびしょになるまで泣いたなあ。この時はまだパインが泣き出したら止まらないことを爺さんは知らなくて、「二度と会えなくなるわけじゃないから」とか慰めの言葉をかけながら、オロオロしていた。今思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしい。馬車に乗っていた人はみんな、何が起きたのかと思っただろう。


 少し冷静になって考えてみると、よくあんな僻地の村にいた小娘を見出したものだ。あとで爺さんになぜパインだったのか?と聞いてみると「誠実であること、体が強いこと、働き者であることの3つを基準に国中を探していた」と言っていた。


 最初の誠実であることはよくわからないが、後の2つは当てはまる。けど、そんな子供、ムスラファンに星の数ほどいるだろう。


 「そういう子供にたくさん会いに行ったが、お前さんは一番、目がきれいだった。間違いないと思ったのだ」


 そうか。ほめられているので、悪い気はしない。その時に、爺さんが言っていたのだ。


 「私は千里眼でな。西域ならば、どこまでも見渡せるんだ」と。


 実際、爺さんはいろいろなことをよく知っていた。長生きしているので昔のこともよく知っていたし、現在起きていることも、どこで見てきたんだろうというくらいよく知っている。あちこちに爺さんの手下がいて、情報をつかんできているに違いないとパインは思っている。そうでもないと、王様の相談役なんて務まらない。


 だから、今こうしてアルと月明かりの中を西へと向かっていることも、おそらくお見通しだ。まあいいさ。本当にそうなら危なくなった時に助けてくれるだろうから。



 途中までは起きていたのだけど、気がついたらまた馬上で寝てしまっていた。


 「パイン、起きろ」


 アルに揺さぶられて目が覚めた。なぜか砂の上で寝ている。もう夜明けなのか、空がうっすらと紫色に染まり始めていた。寒い。マントを着ていなければ凍死しているところだった。


 「突然、馬から落ちたからびっくりしたぞ」


 アルの吐く息が白い。ああ、そうか。神武院に行った時も、馬上で寝てしまって落馬したのだ。落ちたことに気づかずに寝ていて、その間に馬はどこかに行ってしまったんだ。今更わかったぞ。馬はどこだろうと見渡すと、すぐそばに2頭いた。アルがちゃんと捕まえてくれていたようだ。ところで、アルはちゃんと寝たのだろうか?目をしょぼしょぼさせているところを見ると、パインと違って寝ていないようだ。


 「少し仮眠した方がいいんじゃないじゃろうか?」


 「そうしたいところだけど、もうすぐ夜が明けるし、それならばどこか日をさえぎることができる場所で寝たい」


 確かにその通りだ。起き上がって見渡すと、少し離れたところに集落っぽい明かりが見えた。オアシスかもしれない。「とりあえず、あそこまで行ってみるのじゃ」と眠そうなアルを馬に乗せて、そちらへと向かった。



 集落どころか、ラッキーなことにオアシスだった。よかった。水が補給できる。オアシスのない集落では水が馬鹿ほど高いけど、オアシスのあるところでは比較的、安価だ。もちろんそうじゃないところもある。勘違いした部隊が占領しているオアシスは水がものすごく高価で、お金が払えない住民や周辺の魔族が水を巡って常時、小競り合いを繰り広げている。だけど、ここは王都からわずか半日だから、そんなに治安が荒れていることはないだろう。


 水源を中心に商店や宿屋や住宅があって、その周囲を簡単な木の柵で囲んでいる。何箇所か門があり、そこを通る時にお金、要するにオアシスの水を採集する権利代を払う。厳重な城壁がないのは、それを作るための石を運んでくるのが大変だからで、どうせ堅牢な城壁を築いたところで門を通らずに侵入してくるヤツが必ずいるからだ。


 ただ、水は砂漠では貴重なので、そういう悪さをするヤツは住民はもちろん旅行者だって許さない。見かけたら即通報されるから普通は間違いなく料金を払う。だから、城壁が簡素なんだ。アルと一緒に王都からそう遠くないオアシスには何度か視察に行ったことがあって、どこも似たような作りだ。ここも夜明けなので遠目ではわからなかったけど、見覚えがある。


 城壁内に入って左の方へ進むと、開けた場所があって、馬車がたくさん停まっていた。宿に泊まる金がないとか、あっても節約したい連中は、ここに馬車を停めて荷台で夜を明かす。こんなところで会えたらラッキーだなあと思って見渡すと、少し離れたところに見慣れたエンブレムがついた馬車があった。シャウナたちが無断拝借していったヤツだ。


 「どこにもないなと思っていたら、勝手に使っていたのか」


 アルと一緒に馬車に近づいていくと、荷台からシャウナが顔を出した。


 「あっ、早かったね」


 パッと表情が明るくなる。幸せな匂いがする。待っていてくれたのだろう。


 「待ちきれなかったじゃろ?」


 「わずか一日じゃん」


 笑顔がまぶしい。


 トウマとオーキッドは水を汲みに行ったらしい。ここで会えてよかった。砂漠で移動中だったら、間違いなくマントを着ている。フードをかぶっていれば顔がわからないし、いちいち接近して確認しないといけないから大変だなと思っていた。しばらく待っていると二人が大きな水筒を背負って帰ってきた。アルの顔を見るなり、トウマは「ほったらかしにしてきて大丈夫なのか?」と聞いた。アルは怒ったような表情で何度かうなずいて「覚悟の上だよ」と言った。


 水汲み場で聞いてきた情報によれば、中央高地で村ごと住民が消えた事件があったのだそうだ。神隠しではないかという話だったが、エント一行の仕業である可能性が高い。だけど、中央高地なんて、ここからずっと東の方だぞ?もっと先に行っていると思ったが、もしかして通り過ぎてしまったのだろうか。それとも、その情報がここに到着したのが遅くて、実際にはエント一行はこの先にいるのだろうか。


 あと、東の森がどんどん枯れているという噂で持ちきりだったという。そもそも植物があまり生えていない砂漠の住民には、森が枯れていっているということが想像できないだろう。それがどれだけ重大なことなのかも、よくわからないと思う。東方の住民にとっては大問題だ。だって、シンプルに食べるものがなくなっていくのだから。森がなくなるということは、食べられる植物もなくなるということで、そこに住んでいる鳥や獣もいなくなるということだ。


 「これからのことなんだけど」


 アルが一生懸命、声を絞り出した。ここに到着したら即刻、寝落ちするつもりだっただろうに、想定外にシャウナたちとすぐ出会ってしまって、寝るに寝られなくなってしまった。眠ってしまう前に自分の意見を言っておかないと、思わぬ方向に行ってしまうかもしれないと思ったのだろう。


 「アルバース兄さんのいるサラマンドルまで行ったらどうかと思うんだ」


 なるほど、それは悪くないアイデアだ。


 「サラマンドルは前線の中心地だから、どこへ向かうにも便利だ。アルバース兄さんの管理しているオアシスだから、水や宿を安価に提供してくれると思う」


 西の砂漠に逃げ込んだ魔族の生き残りを追って、初めて討伐隊が組織されたのが1000年前。最初の指揮官は、伝説の騎士カインだ。魔族と戦いながら西へ進み、今もそれが続いている。


 ならば西域の東の端から1000年、西に進んだあたりが最前線なのかというと、そうでもない。砂漠は広いから、交戦地域は転々とするし、それにあまり王都から遠くへ行ってしまうと、補給ができなくなる。水だけならオアシスがあればなんとかなるが、大規模な軍隊を養うだけの食糧となるとそうもいかない。


 だから、キサナドゥーからの補給が可能な、西に1カ月くらい旅したところにあるオアシスに拠点を作って、そこから討伐隊を出征させている。このオアシスの名前をサラマンドルという。いわゆる「前線」と呼ばれているところの中心地だ。


 ここから大小さまざまな部隊がさらに西の奥地を目指しているのだけど、もっとも遠く行っている部隊がいるところを「最前線」という。ただ、最前線がどこにあるのかは正直、誰も知らない。旅立って帰ってこない部隊がたくさんいるからだ。


 サラマンドルにはムスラファンの本隊がいて、指揮官を務めているのがアルの2番目の兄ちゃんであるアルバースだ。年に一度、王都に帰ってくる。1番上のトリア兄やアルは美しい人だけど、アルバースは違う。たぶん、アルバースの母ちゃんは魔族の血を引いている。背が高いのは一緒だが、スラッとした2人の兄弟と違って、筋肉質のガッチリとした体格だ。顔つきも全然違う。眉毛が太くてギョロ目で、あごが張った強面だ。末裔っぽい。オーキッドと兄弟だと言った方が通じるかもしれない。


 自分の武勇伝ばかり話す人で正直、嫌いだ。ドラゴンを倒したとか、オークを何百匹殺したとか、話していること自体はパインが子供の頃、母ちゃんから聞いたことと一緒。だけど、自分がどれだけ暴れて、どれだけ殺したかということばかり話すので、母ちゃんの話と違って面白くない。


 母ちゃんと同じで戦場に魅せられた人間だと思うけど、タイプは全く違う。たくさん殺したヤツが一番だと思っている節があって、西域で病気になって帰ってきたトリア兄や戦場に出たことすらないアルのことを、はっきりと言葉にすることはなくても、心の底では馬鹿にしていると思う。そう感じるんだ。


 アルもアルバースのことはあまり好きじゃない。会っている時に、いつも苦しそうな匂いがする。それでもサラマンドルに行くというのは十分、考えてのことなのだろう。アルが行くなら、ついていくだけだ。


 「そうだね。なんとなく西に行くよりも、当面の目標があった方がいいよ」


 シャウナも賛成してくれて、サラマンドルに向かうことになった。馬車が出発するなり、アルは荷台で寝息を立てだした。かくいうパインもアルの肩にもたれて眠った。

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