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第29話 いよいよワシの出番なのじゃ!

 待たせたね、やっとパインの登場だ!うれしい!いや、スカーレットに聞いているんじゃない。マ…ゴホン。ここではそう言わない約束だったね。パインが、うれしいの!えっ、「じゃろ」って言わないのかって?言わないよ。だって、アレックスのところでしっかり宮廷にお仕えする人間としての礼儀を叩き込まれたんだもの。きちんとした言葉遣いで話せま〜す。知ってるでしょ?


 えっ、いつも「じゃろ」って言っているじゃないかって?ああ、あれはね。あれは…なんて言うのかな。だって、恥ずかしいじゃない?わからないかな。だってほら、アルってさ、なんというか…あの、すごくほら、美しいじゃない?あのきれいな人の前では、恥ずかしくて普通にしゃべることができないんだ。「ワシ」とか「じゃろ」とか、ちょっとふざけて話さないと、恥ずかしくて固まっちゃう。えっ、意味がわからないって?ええ〜っ、そうかなあ。


 「じゃろ」はマ…違った、パインを育ててくれたテルミというばあちゃんの真似なんだ。ああ、違うよ。パインは孤児じゃない。母ちゃんは兵士で、パインを家に残して戦場に行っていたんだ。何カ月かに一度帰ってきて、また戦場に行ってという生活をしていた。母ちゃんがいない間、隣の家に住んでいたばあちゃんが面倒を見てくれた。それがテルミばあちゃん。


 ばあちゃんだけじゃない。近所の別のばあちゃんや、じいちゃんや、たくさんの年寄りが育ててくれた。その人たちが「じゃろ」って言っていたから、村で暮らしている時は「じゃろ」って言っていた。子供の友達もいなかったしね。アレックスのところで「じゃろ」って言わないように直してもらったんだ。


 まあ、そんな昔話はいいじゃない。何度も聞いたことあるでしょ?で、どこからだったっけ?「じゃろ」の話はもういいよ。普通にしゃべるから。それで、どこからだっけ?神武院に到着したところ?いきなり入浴シーン?なんだ、そこはもう終わったのか。朝ご飯が終わったところ?ああ、そのへんね。


 あれはびっくりしたよ。だって、キサナドゥーを出る時は、爺さんから「王子を連れて戻ってこい」って言われただけだったんだから。なんで神武院にいるんだろうと思ったけど、パインは細かいことは気にしなかった。えっ、気にした方がいい?いいじゃん。とにかく気にしなかったの!


 南方に連れて行ってくれなかったので、見てろよ、すぐ追いついてやる!と馬に飛び乗って、寝ずに街道をぶっ飛ばしたんだ。一睡もしなかったよ、すごいでしょ。でも、気がついたら乗っていた馬がいなかった。地面にぶっ倒れてた。なんでだろう?いいんだ。細かいことは気にしない。


 クンクンしたらアルの匂いがしたから、それを頼りに神武院まで行ったんだ。夜中だったけど、寝なかった!すごくない?夜明けには着いたよ。愛は勝つってヤツだね。愛ってなんのことって?それ、あえて言わせる?そりゃもちろんアルへの愛に決まってるじゃない。当たり前でしょ!初めて会った時から、この人のために生きていくんだって決めてたんだから。この人の盾になって、守っていくんだって決めたの。何歳の時だったかな?6歳くらい?一途でしょ。


 また脱線しそうになったけど、びっくりしたっていうのは、マリシャがさらわれていたからだよ。いや、あれはマジでびっくりした。爺さんも知っていたなら教えてくれたらよかったのに。お腹いっぱいに朝ご飯を食べて、さあ帰るぞ〜っ!て言ったら、みんなが変な顔をしていたんだ。そこで初めてアルもシャウナもトウマも、あと一人知らないおっさんがいたけど、とにかくみんないるのにマリシャがいないことに気がついたんだ。


 そういえばマリシャはどこ?南方に置いてきたのかな?一緒にいないの?と聞いたら、アルが「魔族にさらわれたんだ。僕たちはそれを追って、ここまでやってきたんだ」だって。なんだ、それならそうと早く言ってよ! わかった。じゃあ、マリシャを探しに行こう!と言ったら、またみんなが変な顔をするわけ。どうしたんだろう?と思っていると、シャウナが「そんなに簡単な話じゃないのよ」と、それまでの経緯を説明してくれた。


 なるほど。パインは頭がいい方ではないけど、それでも爺さんが「王子を連れて戻ってこい」としか言わなかった理由が少しわかったぞ。なにしろ話が複雑すぎてよくわからなかったからな。相手がめちゃくちゃ強いっていうのは、よくわかったよ。シャウナも大けがをして、トウマに至っては死んでいてもおかしくないけがをした。そんな危ないところにアルを置いておくわけにはいかない。だけど、マリシャを放っておくわけにもいかない。今頃、一人で寂しくて泣いているはずだ。


 知ってる?マリシャはああ見えて、実は寂しがり屋なんだ。助けにいかないと。話を聞く限り、そのエントとアフなんとかというのは強そうだけど、パインなら取り戻せる。なにしろ、パインはマリシャのお姉ちゃんだからな。



 初めて会ったのは、マリシャが留学生として大学に来た日だった。ちゃんとあいさつして友達になったのはもっと後だけど、初日から気づいていた。何しろ匂いが違ったから。アルから「マジでマジな魔法使いが来る」と聞いていたけど、馬車から降りた瞬間にわかったよ。


 匂いのこと、どれくらいわかる?パインはすごく鼻がいいんだ。マリシャからはいいお香みたいな匂いがした。いや、そういうのを焚いているわけじゃない。生き物として、そういう匂いがするんだ。いつまでもクンクンしていたくなる、すごくいい匂いだ。ちなみにアルからはお日さまの匂いがする。シャウナはほのかに香水のかおりがする。トウマは、マリシャとはまた違うけど、ちょっとかいだことがない不思議な匂いがするな。言葉にするのが難しい。でも、悲しくなる匂いだ。なんだろうな、あれ。


 あれがマジでマジな魔法使いかと、物陰から見ていた。小さくて、かわいらしかった。黒くてツヤツヤした髪がきれいで、何より黒い大きな瞳が美しかった。アルは全部美しいけど、マリシャは瞳が美しい。あの目で見つめられるとドキドキする。あの瞳が気になって、初日からずっとつけ回した。


 やっと話ができたのは3、4日後くらいかな。廊下の向こうから、じっとこっちを見ていたんだ。あの子、じーっと見つめてくるんだよ。恥ずかしいからやめてほしいんだけど、あっちもこっちのことが気になっているのかなと思って、初めて声をかけたの。パインがこんなに大きくて、髪がすごいことが気になっていたみたい。いきなり「好き」とか言われたらどうしようかと、声をかけた時には心臓が破裂しそうだったけど、思い切ってよかった。


 普通に友達になりたいなら、ハグすればいい。ハグはすごい。ハグすればすぐに分かり合える。パインのハグ好きは母ちゃん譲りだ。母ちゃんはうれしい時も悲しい時も、抱きしめてくれた。ハグされるたびに、母ちゃんの「大好き」が流れ込んできて幸せな気持ちになった。


 だから、パインもハグをする。うれしい時も悲しい時も全て解決してくれる。マリシャがパインの髪を触らせてほしいというので、触らせてあげた。ここの…ほら、耳の上の部分がはね上がっているでしょ。ここが、なぜこんなことになっているのかが気になっていたみたい。実は髪に隠れて見えないけど、小さな角があるんだ。パインは末裔だから。どんなに櫛で研いでも、はね上がっちゃう。マリシャも触ってわかったみたいだった。


 「じゃあ、代わりと言ってはなんだけど」と言ってハグさせてもらった。ちっちゃくて、膝立ちになってちょうどくらいだった。すごくいい匂いがして、胸がいっぱいになった。小さい人は骨張っていることが多いけど、マリシャはフワッと柔らかだった。すごく抱き心地がいいんだよ。


 マリシャは頭が良くて、パインの知らないことをたくさん知っていた。でも、寂しがり屋で、授業中以外はよくそばに来た。悲しくなるとハグした。悲しい時は匂いでわかるんだ。今そういう気分なんだなって。マリシャとはいっぱいハグした。パインはあまり悲しい気持ちにはならないけど、退屈な時とかウキウキしない時にはハグしたくなる。そんな時、いつもそばにいてくれたのはマリシャだった。


 なんでわかるのかな?超能力者じゃない?理由はよくわからないけど、いつも一緒だった。だから、マリシャがさらわれたと聞いた時は、何はなくとも助けにいかないとと思ったんだ。だけど、そんなに簡単じゃないってシャウナは言うし、アルに至っては「ゴライアスが帰ってこいというのなら、一度帰ろう」って言い出した。


 確かにパインの使命はアルを連れて帰ることだけど、マリシャがさらわれたと知ってしまった以上、素直に命令を聞くわけにはいかない。でも、パインのあるじはアルだから。アルがキサナドゥーに戻るというのなら、残念だけど、それに従うしかない。

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