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第17話 そのあとどうなったのか、気にならない?

 やあ、またマリシャだよ。そうそう、エントに連れ去られた上に、アフリートの依り代にされてしまったマリシャだ。ああ、皆まで言うな。わかってる。その後の話は、ボクはわからない。でも、シャウナがまだ帰ってきてないんだから。


 本来ならば、この後は彼女に話してもらうところなんだけど、いないからまたボクが登場したというわけ。話すことないんじゃないかって?失礼だな。トウマたちの前から消えてからイースに行くまでの間の話は、みんなは知らないはずだよ。それはそうと、アルアラムはボクが誘拐された後のことを、わかりやすく話してくれたかな?うん、そう。それならいいや。


 エントとボクは、アルアラムたちよリ先にイースに到着した。守護庁を襲撃してアフリートを救出し、ボクを使って復活させた。そういうこと。でも、人間側はボクたちのことを見ていなかった(見られなかったという方が正解かもしれない)人が多かったでしょう。そこは少し補足しておいた方がいいと思うんだ。


 エントがシャナよりアフリートを優先した理由は、アルアラムたちが想像した通りで大体、間違ってない。ボクも最初はシャナのいる東の泉に行くとばかり思っていた。だけど、少し行き先が違う感じがする。夜、活動を停止した時に話しかけると、エントは気分次第でいろいろと教えてくれた。


 最後に封印された時は夜で、魔力が尽きるまで人間に襲われ続け、切り倒されてしまったこと。今回はそうなる前に、夜間に自分を守って戦ってくれる仲間を先に助け出したいということ。まあ、北国も森だらけだからね。根を張れば水分はあるわけで、シャナを取り戻すのは、砂漠地帯に行く直前で構わないというわけ。


 なぜ、世界の果てを目指しているのかも聞いてみた。エントはしばらく考えてから、世界の果てから帰ってきたと最初に自慢したいからだと言った。子供じみている。それだけか!と突っ込んだら、では、お前は世界の果てから帰ってきた最初の人間になりたいとは思わないのか?と聞き返された。うーん、そうか。確かになりたいかも。


 なぜ人間をたくさん殺したのかも聞いてみた。これはあまり考えることなく、邪魔だからだと言った。人間は行く先々にたくさんいたし、今もいる。邪魔だから追い払っていると言っていた。お前は自分の家の中に虫が入ってきたら殺すだろう?それと一緒だと言われた。ああ、なるほど。彼らはボクたちのことを、虫か何かだとくらいにしか思っていないのだ。


 あと、お兄ちゃんをどうしたのかも聞きたかった。だけど、これは怖くて聞けなかった。もういないと言われるのが、恐ろしかった。エントは顔っぽい部分があるのだけど、それはカインに似ているように見えた。まだお兄ちゃんの人格が、この魔物の中のどこかに残っていると信じたかった。


 エントは、ボクが死んだら困るのだろう。最初にやったように、自分の体内の水分を無理やり飲ませようとしてきた。あれはすごく苦しい上に屈辱的だったので、自分で飲み食いするから果物か何か食べられるものをくれと言ったら、次からは毎日、木の実や果物を集めてきてくれた。1日1食だったのでひもじかったけど、それ以上、何かを要求したらまた完全に拘束されそうだった(この時は根か枝か何かで繋がれてはいたけど、最初のようにぐるぐる巻きにはされていなかった)ので我慢した。


 日中は鳥が飛ぶような速さで森を駆け抜けて、イースに着いた。城壁を破壊して侵入すると、森で警備していた守護者を次々に握り潰して、先に進んだ。初めて見た守護庁は、きれいだった。月に届きそうな高さの尖塔が3本、天に向かって立っている。その間を回廊やテラスが繋いでいて、到着した時は夕方だったのだけど、北国特有の紫色の宵闇がそれを染めて、キサナドゥーとはまた違った美しさだった。どうやってあんな高い建築物を作ったのだろう。上の方まで石積みで作られているのだが、本当に不思議だ。


 アフリートはこの地下にいる。下手に封印されている部屋を破壊すれば、隣にある湖から水が流れ込んで、アフリートはたぶん消滅してしまう。鉄をも溶かす炎と言われているが、やはり水には弱い。ここに封印されているのも、大量の水のそばだからというのが理由の一つだ。


 どうするのかなと思っていると、エントは石と石の隙間に根を張り始めた。エントの枝や根は伸縮自在だ。どんどん伸ばして、力を込めて石を砕いた。自分が通れるほどの穴を作ってそこに潜ると、また石積みを破壊するということを繰り返して、アフリートのいる地下室までたどり着いた。ここまで来ると、さすがに大きな音がしているので気づかれた。たくさん足音が近づいているのが聞こえる。


 「急いでわが同胞を救出するのだ」


 エントはそう言って、ボクを壁に押し付けた。壁には穴が開いていて、覗き込むと奥の方に、ゆらめく炎が見えた。初めて見た。これがアフリートか。だけど、救出するってどうやって? あんな奥まで、とても手が届きそうにない。


 「魔法を使え」


 なるほど。ここから螺旋の炎を発射して届かせることができれば、ボクの炎に乗せてアフリートを引き出すことができるぞ。ここで、そうしないという選択肢は、ボクにはなかった。伝説の魔物と旅をしてきて、ある程度の意思疎通をしてきた自負があった。ボクを殺さないだろうという確信に近い予感もあったし、アフリートになったらどうなるんだろうという好奇心を打ち消すこともできなかった。


 穴に向かって螺旋の炎を発射した。距離は十分。触れたかな?と思った瞬間、すごい魔力が逆流してきた。視界が明るい炎で一杯になる。熱いを通り越して冷たい。凍えるような熱気が全身を包み、感覚がなくなった。まだ見えているし、聞こえてもいるけど、肌が熱いとか寒いとか、そういうことを感じない。手も動くけど、壁を触っているはずなのに感覚がなかった。どうなってしまったんだろう?わけがわからないうちに、自分の足が意志に反して動いて、エントの方に向き直った。木の怪物はニヤリと笑って言った。


 「おかえり、アフリート。冒険の続きを始めよう」


 そこから後は、ちょっと寄り道をした。エントがここは何なのだと聞くと、ボクが自分の意志に反して話し始めた。ボクの意志というか、これはアフリートの意志だ。ボクはアフリートに肉体を奪われたけど、意識は消滅せず、この炎の魔族と心の中で同居している。あとでわかることなんだけど、会話ができたからね。それはともかく、アフリートは流暢に説明を始めた。


 「これは守護庁というものよ。私たちが復活しないように、ここに住んでいる白い服の人間たちが、世界を見張っているのよ」


 最初はえっ?と思った。だって、女性の声だったから。神話に出てくるアフリートは男で、老人なんだ。だから、女性だとは思わなかった。想像以上によく通る、きれいな声だ。そして、迷いなくはっきりと話す。エントは少し間を置いてから言った。


 「それはおかしな話だ。人間が魔族を抑制しているなんて」


 「とはいえ、1000年前には実際、私たちは人間にしてやられたからね。人間も馬鹿にしたもんじゃないよ」


 エントは何が面白いのか、ヒュヒュヒュと風が吹くような音を出して笑った。われわれ2人が復活した以上、人間など恐るるに足らんと言って、狭い地下室の中で一気に枝を伸ばした。天井全体を覆うほど枝を広げると、ギシギシと何かが軋んで、しばらくしてからかなり上の方でボコンという衝撃音がした。どうやら、枝で地上まで一気に穴を開けたみたいだ。


 「付いてこい」と言い残し、その穴をつたって地上へと上がっていく。湖の水が流れ込んでこないように、穴を開ける場所を選んでいる。ボクはどこか梯子みたいなものがないと、上がっていけないんじゃないか?と思っていたら、アフリートはフワッと浮かび上がった。なんと、飛んでいる。地上に出ると、そこは守護庁の建物の壁際だった。早くも守護者たちが駆けつけてきている。


 その後はアルアラムたちが見た通りだ。エントは1000年間も閉じ込められていた鬱憤を晴らすかのように、枝を振り回して守護者をたくさん殺した。握りつぶし、叩き潰し、絞め殺した。そうそう、エントの枝は変幻自在で、ナイフみたいな形にすることもできる。切れ味は抜群だ。恐ろしいくらいにね。


 アフリートも、再び封印しようと駆けつけた守護者たちを次々に焼き殺した。ボクの魔法とリンクしたのか、それともボクがアフリートと同じ魔法を使っていたのか、手の平から見慣れた螺旋の炎が吹き出す。だけど、ボクが使うような、せいぜい1メートル程度の長さではない。回廊の端から端まで、数十㍍はあろうかという距離を、片手で出す炎で焼き尽くした。炎の威力も桁違いで、触れた端から人間が蒸発するように焼ける。鉄で作った盾を持ってきた人もいたけど、盾ごと消滅させた。焦げ跡しか残らない。アルアラムたちが到着した時に見た、あちこちにあった焦げ跡は、人間が燃え尽きた跡だった。


 トウマたちとテラスで再会した時も、はっきりと自分の意識はあった。アフリートが攻撃するものだから、大声で「やめて!」と叫んだ。だけど、ボクは何にも触れることができないし、足も踏み締めているつもりなのに、そこにも何も感じない。目も閉じることができず、トウマが駆け寄ってくるところを見ているしかなかった。ずっと怖くて寂しかったから、助けに来てくれて涙が出るほどうれしかった。


 だけど、触っちゃダメだ。焼け死んでしまう。もう少しで手が届きそうな時に、アフリートが魔力を強めた。触れたら着火してしまう。もうダメと思った瞬間、オーキッドがトウマを取り押さえてくれた。ラッキーなことに足場が崩れ始めて、エントが撤退するのと同時にアフリートも撤退した。フワッと飛ぶ。焚き火をすると発生する上昇気流に乗って、枯れ葉みたいに軽いものが宙を舞うような感じだ。こんな状況でなければ気持ちいいと思うのだろうけど、そういうわけにもいかない。


 地上に降りると「こっちだ」と言って、エントはまたすごいスピードで移動し始めた。この時は根を馬の足のような形に変形させて、ビュンビュンと進んだ。アフリートはどうするのだろう?と思っていたら、先ほどのふわふわした浮遊ではなく、空中に浮いたままスーッと流れるように動き始めた。あっという間に周囲の景色が後ろへ流れていく。魔族の移動スピードを体感して驚いたのと同時に、トウマたちが追って来てくれたことはうれしかったが、こんな化け物にかなうわけはないという不安にも襲われた。

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