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第5話 シャウナはとんでもない不良守護者だったんだ

 アルアラムの執務室では、改めてシャウナも紹介された。今は守護者のユニホームを着ている。7分袖のシャツは分厚い生成りの布で作られていて、暑さにも寒さにも対応できる。同じく七分裾のズボンに足元は皮のブーツだ。腰のベルトに長さ1㍍強の丈夫な棒を差している。ガーディアンズスティックというベタな名前がついていて、敵と戦う時に使うほか、旅の道中では杖代わりになり、野営の際には寝床を作る柱に使ったりする、とても便利な棒だ。


 「大学を含めて王都の東北部を担当している守護者だよ。ちょっと変わった人で守護者なのに魔法とか魔族とかに興味津々なんだ」


 というのが、アルアラムの紹介だった。そうか、魔法だけじゃなくて魔族も好きなのか。そりゃあ、希望して西域に来るよね。これだけ自由な地域なんだもの。魔法や魔族が厳しく取り締られ、監視されている北国や南方なら、こうはいかない。だけど、ここみたいに普通に末裔が生活していて、ボクみたいな魔法使いもいるところは、シャウナにとってすごく楽しいところに違いない。


 「改めてよろしくね」


 シャウナは手を差し出した。またあのリアクションをされるのではないかと躊躇していると「大丈夫。今回はちゃんと対処しているから」というので、恐る恐る手を握った。今度はニコニコしながら握っている。


 「私ね、接触しないと魔力を感じられないんだ。さっきはあんなに魔力が強いとは思ってなくて、油断して手を握ったから。すごいね。ゴリーさん並みじゃない?」


 ゴリーさんというのは、ゴライアスの愛称だ。アルアラムはゴライアスと呼んでいるけど、他の人は結構、この呼び方を使っていた。


 仕事が忙しいというアルアラムに代わって(というか、アルアラムはボクを最後まで案内しようとしてくれたのだけど、ゴリーさんに「王子は午前中の間に片付けないといけない仕事があるでしょう」と言われて、泣く泣くバトンタッチしたというのが正しい)、シャウナがその後、大学の中を案内してくれた。守護者って暇なんだな…と思ってその背中を見ていると、振り返って「見回りをするのが守護者の仕事だからね」と笑った。


 監視が仕事の守護者だけど、それだけでは生活できない。守護庁から給料が出るのはイースの学校や、その周辺にいる人に限られている。北国を出て遠くへ赴任する人の多くは自活しなければならず、それぞれの勤務地で何らかの仕事をしている。彼や彼女らは医療や薬学の知識があるので、医者や薬屋になっていることが多い。この2つの職業は、地域の様子を探るのに都合がいいからね。


 もちろん他の仕事をしている人もいるよ。南方にいた守護者は、地元の人と一緒に漁船に乗っていた。女性なら占い師や踊り子をしていた人もいたなあ。シャウナはどうやって生活しているの?


 「ここの職員だね」


 赴任した当初は薬売りをしていたそうだが、大学担当ということで職員として扱われ、アルアラムから生活に困らない程度の給料をもらうことになったという。だから寮で暮らしているのか…と合点がいった。


 その日は大学の先生や寮のおばさんたちにあいさつしたり、足りない生活必需品を買いに行ったりして終わった。またアルアラムに食事に誘われるのではないかと思っていたが、誘ってきたのはシャウナだった。一緒に寮の食堂で鶏肉のシチューを食べた。知らないスパイスの香りがして、美味しかった。


 食事をしながら、シャウナは自分のことを話してくれた。両親はイースの学校の先生で、当然のように守護者になったこと。魔法の授業が面白くて古文書を読みあさって独学したこと。神話の4人の魔族の話が大好きで、自分もいつか冒険の旅に出ることを夢見る少女時代を過ごしたこと。両親はイースに残るか、いつでも帰って来られる近くの地域での勤務を願っていたけど、西域への赴任を希望したこと。


 「イースは息苦しい。神話や魔法の研究をしているくせに、それを否定して封じ込めようとしている。おかしいでしょ?」


 この人、ボクに似ている。23歳というから2番目のお姉ちゃんと同じ年齢だ。食事を終えると、いたずらっぽく微笑んで「今晩、部屋に行ってもいい?」と聞いてきた。


 ようやくゆっくりとお風呂に入って、部屋で髪を乾かしていると早速、シャウナがやってきた。守護者のユニホームを脱いで、朝に洗面所で会った時と同じラフな格好だ。かくいうボクも地元から持ってきたワンピースタイプの黒いパジャマで、いつでも寝られる態勢だったけど。


 「さあ、秘密の時間の始まりだ」


 実に楽しそうにニヤニヤしている。何となく想像はついていた。


 「魔法を見せてよ」


 ほら、来たぞ。ここで魔法を使ってみせても、この人はボクを守護庁に連行しないだろう。とはいえ、まだ会ったばかりだし、一方的に手の内を見せるのも、どうかと思った。ボクは見かけに反して結構、ずるいんだ。共犯者にしてしまおう。共犯者になってくれるのであれば、見せても構わない。


 「先にそっちの魔法を見せてほしいな。守護者って魔法が使えるんでしょ?」


 シャウナの魔力ならば、十分に何らかの魔法が使えるはずだ。シャウナは笑みを浮かべると、拍子抜けするくらい簡単に了承してくれた。


 「じゃあ、手を出して」


 ボクが右手を差し出すと、シャウナは両手で包み込んだ。


 「守護者の魔法っていうのはね、不思議なことは何もないんだよ。なんていうのかなあ、ネタがあるというか。どっちかというと、科学なんだよね」


 そんなことを言いながら両手を擦り合わせると、おおっ、温かくなってきた。お風呂で温まった時の感じとは違う。何というか、血の巡りがすごく速くなったような感覚だ。


 「これは簡単なものなんだ。マリシャの血管を少し操作した。もちろん多少、魔力を使っている。私は、こうやって触れ合わないと、魔力を送り込むことができないんだ」


 寒くて手がかじかんだ時に、手の平を擦り合わせて温めるでしょう?あれを一瞬でやってのけた感じ。面白い。知らない魔法だ。接触していないと使えないというところも、興味深い。約束なのでボクが得意な、まず失敗しない魔法を見せてあげた。空間に螺旋状の炎が立ち上るところをイメージする。その形を描き出すように指を空中に滑らせると、ぱっと手の平に乗るくらいの螺旋の火柱が立ち上った。


 「うわあ、すっご!」


 シャウナは声を上ずらせて興奮している。


 「何これ!神話でアフリートが使ったヤツだ!すごい!触ってもいい?」


 この人、魔法のことになると、ちょっとわけがわからなくなるみたい。小さな炎でもしっかり熱いし、触れたら火傷する。


 「ダメダメ。ちゃんと燃えているから」


 前髪が焦げるんじゃないかと思うくらい顔を近づけて、まじまじと見ている。


 「すごい…。マジで何もないところから火が出た」


 いつか洗面所でされたように、体をあっちこっちに傾けたり、下から覗き込んだりして、観察している。


 「ねえ、もっと大きくしたり、形を変えたりできるの?」


 頬が紅潮して、瞳がキラキラと輝いていた。


 それから、ほぼ毎晩のように寝る前の数時間は、シャウナと魔法の研究になった。シャウナは自分のものも含めて魔力を見ることはできない(だから、自分の魔力が白いことも知らなかった)けど、触れることができれば、ボク以上にいろいろなことを感知できた。


 「ふうん、なるほど…」


 手相を見る時のように、ボクの手の平から手首あたりを撫で回して何か感知している。


 「マリシャは自分でわかっているかどうかわからないけど、ここの…腕から手の平にかけて、魔力が通る管みたいなのがあるんだよ。すごく太くて、しっかりしている…。だから、あんなふうに外に出すことができるんだね」


 うなずいて一人で納得している。


 「すごい。これが本当の魔法使いなんだ」



 大学に来て1週間も経っていなかったある夜、シャウナが唐突に言った。


 「ねえ、マリシャ、私とパーティーを組まない?一緒に世界の果てを探しに行こう」


 ボクも4人の魔族が世界の果てを目指した大冒険の話は、大好きだよ。人間がいっぱい食べられたというところ以外はね。でも、それを本当に自分がやるという発想はなかった。冒険の旅といっても魔法使いの遺構を探索するとか、魔法の杖を探しに行くとか、夢想したのはせいぜいその程度のものだ。神話に出てくる4人の魔族ですら、世界の果てにはたどり着けなかった。人間の怒りに火をつけてしまって、途中で挫折することになった。自分がそこを目指して旅をするなんて。どんなところなんだろう?どれくらい遠いんだろう?途方もない目的地だ。


 「私、結構、本気なんだ。西域を赴任地に選んだのには、それもあるんだ。本物の魔法使いが一緒なら、きっと行けるよ」


 いやいや魔法使いと言ってもこんな小娘だし、まだ勉強中の身だし!それに前衛も必要でしょう。


 「他のメンバーには実はあてがある。明日、紹介するよ」


 シャウナは手際もいい人だった。

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