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第7話 冒険の予行演習はピクニックのようだったんだ

 キサナドゥーでの生活は、とても充実していた。日中は大学で天文学や植物学、気象学も学んだ。図書館には読みきれないほど本があり、自室の本棚はあっという間に借りてきた本でいっぱいになった。そこには魔法につながる知識がいっぱいあったが、先生たちとは表立って魔術の話をすることはなかった。そもそも、みんな魔法の先生ではなかったからね。


 ただ、学内でゴリーさんに会うと、声をひそめもせずに「魔法の研究は、はかどっているかな?」と聞かれた。そういうオープンな雰囲気があって、後ろめたい思いをすることがなかったのは幸せだった。夜はシャウナと魔法の研究にいそしみ、どんどん魔力をコントロールできるようになっていった。


 休日にはシャウナやトウマと街に出かけた。キサナドゥーはとても広い。あちこちに市場があって、東西南北の珍しい品物が並べられており、見ていて飽きなかった。時々、アルアラムに連れられて城壁の外にも出た。ムスラファンは砂漠の国で確かに西側は砂漠だったけど、キサナドゥーの北側はなだらかな丘陵地帯で緑が生い茂っており、想像と違った。丘陵地帯を少し北に行ったところにトリスタンという小さなお城があり、アルアラムはそこで生まれ育ったのだと教えてくれた。お母さんは、今もそこで暮らしているのだという。


 南方からは定期的に仕送りが届いた。学費は王様から出ているけど、生活必需品を買うお金まではもらっていなかったからね。荷物の中には、パパやママやきょうだいからの手紙も入っていた。ママは「会えなくて寂しい」という内容のことを、よく書いていた。恋しいという思いがなかったわけではないけど、そもそも自分は家族に迷惑をかけているという思いが強かったので、申し訳ないけど、すぐに帰りたいと思うことはなかった。


 お兄ちゃんは順調に発掘の仕事を進めているようで、次々に価値のある遺物を掘り出していると書いてきた。そりゃそうだろう。お兄ちゃんは意外に魔力が強いのだ。魔力の残滓があれば感知できるはずで、遺物をどんどん掘り当てるのは不思議でもなんでもない。そのうちニュウニュウ様が使っていた杖でも掘り出すのではないだろうか。ボクは家名を上げるようなことはまだできていないけど、そのうち、お兄ちゃんが「さすがパパレイの子供は違う」といわれるような大仕事をするんじゃないかと無邪気に考えていた。


 そうそう。休みの日にはプチ冒険にも行ったよ。トウマが「今の力量を知りたいし、練習もしておいた方がいい」というのでキサナドゥーの北西にあるダンジョンに行ったんだ。アンデッドが出る可能性があってパーティーがどれくらい通用するかを知るには手頃なレベルだという。トウマは王都に来る前は討伐隊にいて、こういう魔物が出てくるポイントをいくつか知っていた。当日はアルアラムとパインもついてきた。


 「俺のパーティーに入るのか?」


 トウマがアルアラムに聞いた。 


 「入るわけないでしょ。僕はいろいろ仕事があるんだ。呑気に冒険者をやっている時間なんてないよ。マリシャを危ない目にあわせるわけにはいかないから、付いてきただけ」


 王子様が戦力になるとは思えないが、王子が来ないとパインも来ないわけで、パインを連れてくるためにはアルアラムも誘わなければならないというわけだった。それで朝からパインがお弁当を…そう、この大きなモフモフは料理が上手だ。大きな手で器用に野菜の皮を剥いたり肉を切り分けたりして、色彩豊かな料理を作る。この日も羊肉を混ぜて炊いてスパイスで味付けしたご飯や、野菜の煮物、フルーツのフライとかを作ってきた。冒険に行くのかピクニックに行くのかわからない。


 「アルアラム、どんどん食べるのじゃ」


 スプーンを手に主人に食べさせようとしているが、アルアラムは食欲がないみたいだった。馬車に酔ったのだろうか? そうそう、ダンジョンの近くまでは馬車で来たんだ。


 「そうじゃない。実際に生きているアンデッドをこの目で見るのかと思うと、ちょっと緊張してしまって…」


 アンデッドはすでに死んでいるので生きているはずはないとツッコミたかったけど、本当に気分が悪そうだったので、それ以上、刺激するのはやめておいた。パインは皮の鎧に大剣を背中に差して武装している。アルアラムも軽そうな鎖帷子を着込んで、片手で使う剣を腰に差してきていた。昔、お兄ちゃんと洞窟探検をした時に魔物に遭遇したことがある。アンデッドにも一度、会ったことがある。動きが遅かったので走って逃げることができた。アンデッドは匂いがすごいのと見た目がグロいのが難点だけど、スピードはないので、それほど怖い相手ではないというのが、ボクの認識だ。


 お腹いっぱいになった後、ダンジョンに突撃した。ボクが明かりの魔法で先を照らし出し、トウマ、シャウナ、ボク、パイン、アルアラムの順で進む。本来ならばパインが先頭なんだろうけど、大きな体で明かりが届きにくくなるし、何よりアルアラムがビビって前に行こうとしないので、この並びになってしまった。


 魔物がいないダンジョンには冒険者が住んでいることが結構ある。雨風がしのげるからね。冒険者は名のある一流以外は大体、貧乏なので、ダンジョンに住み着いてお宝を掘ったり、魔物を倒して毛皮や肉を売ったりして生活している。このダンジョンはアンデッドが出るせいか、住み着いている冒険者はいなかった。それだけに整備されていなくて足元も悪い。トウマは夜目がきくのか、結構な速さで進んでいく。


 3階層ほど降りたところでアンデッドに遭遇した。湿った土の匂いに生ゴミのような匂いが混じったなと思ったところで、トウマがボクたちを手で制して少し先を「見ろ」というように指差した。壁に大きな亀裂があり、そこで何か動いている。


 「マリシャ、照らしてみろ」


 明かりを先の方へと移動させてみた。ぼんやりとした光の中に、かろうじて人の形をとどめたアンデッドが2体、現れた。


 「ちょうどいい。魔法で倒してみろ」


 アンデッドは炎系の魔法に弱い。連夜のシャウナとの特訓で鍛えた螺旋の炎で焼き尽くそう。少し距離が遠くて、1回目は炎が届かなかった。


 「ひええっ、マリシャ、早く片付けてよ」


 アルアラムが変な声を出している。言われなくても…。屋外で使ったことがないから、距離感がつかめなかっただけだ。ここなら少々突き抜けても問題ないだろう。普段出さないようなパワーで2発目を放ってみた。命中! オレンジ色の炎がアンデッドを包み込み、見ているうちに炭へと変えた。


 「いいね!」とシャウナ。「じゃあ、次はワシの番じゃ!」というパインを制して、トウマは「もう一体もやってみよう」といった。


 こんな感じのプチ冒険に、2ヶ月に1度くらい行った。魔物に会うことなく、ダンジョンの底まで行って戻ってきたこともあった。もちろん、大蛇と戦ったりしたこともあったよ。アンデッドは触ると臭いのでボクが任されることが多かったけど、動物系の魔物はトウマもよく倒していた。訓練所では投げ技ばかり使っているのに、ダンジョンではパンチやキック…東方風にいえば突きや蹴り?を多用していた。どれだけ硬い拳をしているんだろう。テーブルくらいある大きな蟹の甲羅を、パンチ一発で叩き割ったこともあったよ。


 さっき少し話したけど、トウマは神武官だった。神武官というのは、東方における守護者みたいな職業のことだ。前にも話したけど、東方は決して人が住みやすいところではない。女王マリシャ様たちの世界奪還が終わった後は魔族が住み着いて、ますます人間が住みにくい土地になってしまった。それだけに、この地域にやってくる守護者も少なかった。監視する対象が少ないからね。


 マリシャ様は東方で生涯を終えるんだけど、移り住んでから神武院という守護庁の東方版みたいな組織を作った。守護庁と違うのは、東方では魔族と遭遇する確率が高いから、魔族と戦うための剣術や格闘術が発達したというところかな。あと、他の地域と違って生活環境が良くないので、魔法の研究よりも治水や土木建築の技能を身につけることが優先された。守護者は魔法が使われていないかとか、魔族が増えていないかとかを監視しているけど、神武官は集落から集落を歩き回って生活環境を整えるのが、まず第一。そして、いざ魔族が襲ってきたら人間を守るために退治するという感じなんだ。だから、トウマは強かった。素手で魔物を倒せるくらいにね。


 そんな感じで勉強したり、プチ冒険したりして半年ほど過ぎた頃、一度、帰省しないかという話題が持ち上がった。言い出したのはアルアラムだ。


 「こちらに呼んだ身でこんなことを言うのもどうかと思うけど、たまには顔を見せに帰った方がいいんじゃないかい? ご両親も心配しているだろう」


 午後のティータイムに招かれた時にそう提案された。西域風の袖がゆったりとした水色のシャツに、これも裾がゆったりとした白いズボン。明るいブラウンの腰巻というコーディネートは、アルアラムお気に入りのパターンだ。豪華な刺繍の施された椅子に深々と腰掛けて、こちらを見ている。そんなことを気にしていたのか。というか、やはり気にしていたのか。アルアラムは気配りが細やかだ。そうでなければ、若くして大学の学長とか、父親の代わりにあちこち外交に行ったりできないだろう。大学に来て1ヶ月くらい経った頃、「故郷が恋しくないか」と聞いてきたので「大丈夫です」と言っていたのだが、ずっと気にしていたようだ。


 ボクとしては両親がどう思っているのかはともかく、厄介払いされたと思っているので、帰省する必要はないし、むしろ帰省したら迷惑に思われると考えていた。だから、全然帰らなくても構わなかった。親に会いたい気持ちはないわけではないけど、南方ではなくキサナドゥーでなら会ってもいいと思っていた。帰れば周囲から「魔法使いが」という目で見られる。キサナドゥーでなら、魔法使いとしての存在を否定されていなかったからね。アルアラムは人のことでも自分のことのように悩んだり、苦しんだりする人だ。そんなこと気にする必要は全くないと思うようなことで勝手に悩んでいる。


 「ああ、君が帰らないと、どんなにお母様は悲しんでいるだろう! かわいい娘がもう半年も帰ってきてないなんて、考えただけで胸が張り裂けそうだ」


 悲壮な表情をしてティーカップの縁を撫で回している。


 「別にアルが悩むことではなかろう。マリシャが帰りたい時に、帰ればいいんじゃ」


 床に座り込んで剣の手入れをしていたパインが代わりに答えてくれた。この子は老人のような口調で話す。幼少期に母親が留守がちで、周囲にいた老人たちに育てられたので一人称は「ワシ」、語尾は「〜じゃ」となってしまったらしい。普通、宮廷に仕えるとなれば、言葉遣いも直さないか? 


 「マリシャはどうなんだ?」


 アルアラムはパインの言葉を無視して聞いてきた。以前にもこのやりとりをした記憶がある。覚えていないのだろうか。ボクは地元では厄介者だったから、帰ったら家に迷惑がかかる。帰らないほうがいいんだよ。それに、全然寂しくもないし、と言うことを改めて説明した。


 「ああ、なんてことを言うんだ!」


 アルアラムは大袈裟に声のトーンを上げた。


 「自分の子供を厄介だなんて思っている親が、いるわけないだろう」


 親になったこともないくせに、何を言っているんだ。


 「アルはアレックスに溺愛されて育ったから、そう言えるんじゃ。けど、事情は家庭によって違うからの。マリシャの家も同じとは限らんじゃろうが」


 ああ、そうだよ、パイン。ちなみにアレックスというのは、アルアラムのお母さんの名前ね。ボクは会ったことないけど、パインは宮廷に入る前に1年ほど、アレックスさんのところで宮廷で生活するにあたって必要なことを、ひと通り学んだのだそうだ(言葉遣いは?)。それで、アレックスさんのことをすごく慕っている。時々、うきうきして出かけていくので、どこに行くのかと聞くと「アレックスに会いに行くのじゃ」とご機嫌でいう。それくらいにね。

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