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第4話 ここならボクも自己実現できるかも?と思ったんだ

 キサナドゥーに到着したのは、パパレイを出発してから4日目の夕方だった。


 西域に日没都市の伝説があるのが、よくわかったよ。キサナドゥーを囲む城壁が夕日に照らされてオレンジ色に染まった風景は、南方では見たことがない壮大な美しさだった。空を見ると抜けるような濃紺の闇が夜が近づいていることを告げていて、大地の橙色とのグラデーションには息を飲んだ。こんな夕日を毎日見ていたら、地平線に謎の都市があるという話を作りたくなるのは無理もない。


 城壁内は石積みで作られた白い建物が規則正しく並んでいて、すごく清潔な印象を受けた。ここを作った王様は几帳面な人なんだろうなと思ったよ。大学は街の東北にあって、寮は敷地内の南西側、つまり街の中心部に近いところにあった。他の建物と同じように白っぽい石造りの2階建てで、ボクの部屋は2階の真ん中あたりだった。


 魔法使いの修行のために杖が振り回せるくらい広い部屋にベッド(南方では布団を敷いて寝るので、ボクにとっては珍しい家具だった)があって、大きな机と椅子が1組。こんなに使うだろうか?と首を傾げたくなる巨大な本棚が2本。ボクはチビなので上の方には手が届きそうもない。そして、王様でなければ使いきれないほど広いクローゼット。この中で生活できそうだ。


 風呂とトイレは共用だった。家からは服や学習用品など、最低限のものしか持ってきていなかった。荷解きをしているとアルアラムがやってきて、長旅をねぎらってくれた。夕食を一緒に食べないかと言う。たぶん、この時間だから、わざわざボクのために用意してくれていたんだろう。4日間の旅行の間は興奮してあまり眠れなかったし、正直、風呂に入って早く眠ってしまいたかったけど、断るのも申し訳ないので一緒に食べることにした。


 想像はしていたけど、ものすごい量だった。アルアラムが喜ぶので、たくさん食べた。ああ、そうだよ。ボクは体は小さいけど、たくさん食べるんだ。まあ、この時はあまり食欲はなかったけど…。ボクが食べている間、アルアラムはずっとしゃべっていた。本当によくしゃべる人だ。明日、紹介してくれる人のことを話していたんだが、次から次へと新しい名前が出てくるので、全然覚えられなかった。


 食事が終わっても話が終わらないのには参った。解放されたのは日が替わろうかと言う時間だった。もうくたくただ。本当はしっかりお風呂に入りたかったけど、髪と体を洗っただけになってしまった。部屋に戻ると窓から月に届きそうな尖塔が見えた。塔頂部に灯りが入っていて、明るい月夜にポワッと浮かんでいる様子は幻想的だった。見惚れていると頭が冴えてきて、この夜もなかなか眠ることはできなかった。


 翌朝、洗面所で寮の住人に初めて会った。若い女性だ。生成りのシャツに短パンという、おそらくベッドから抜け出してきて、そのままの格好なのだろう。緩やかにウェーブのかかった金髪を後頭部で雑にくくって、顔を洗っていた。


 「おや、新顔だね」


 タオルで顔を拭きながら、話しかけてきた。後で知ることになるけど、ここは学生寮ではなく、職員も住んでいた。だから、学生っぽくないなという第一印象は、間違いじゃなかった。カールした長い金髪が、窓から差し込む朝日にまぶしく輝いていた。背が高く、抜けるような白い肌に碧い瞳。これぞ北国人と言う容姿だった。ただ、冷たい印象を受けることが多い北国の人にしては、愛嬌のある顔立ちをしていた。よく動く大きな切長の瞳が、そう思わせたのかもしれない。どうあいさつしようか少し躊躇している間に、先に自己紹介された。


 「シャウナだよ。この辺りの守護者なんだ。よろしくね」


 手を差し出され、思わず握り返した。「熱っ!」。炎でも触ったかのように、シャウナは手を離した。えっ、熱い? 


 「ああ、いやいや、ごめん。驚かしちゃったかな。キミ、すごい魔力だね」


 手の平をさすりながら、シャウナは言った。ああ、そうか。この人、守護者なんだ。ボクに触れて魔力を感じたんだ。やっと思考が追いついてきた。大丈夫? ごめんなさいと言わないと。いや、それ以前にボクも名乗らないといけない。


 「マリシャでしょ? キミがマリシャだよね。ふーん…想像していた以上だね」


 また先に口を開かれてしまった。シャウナは相変わらずタオルで手の平をさすりながら、右へ左へと体を傾けて、ボクを頭の先から足の先まで観察した。何なんだ。初対面なのに、普通そんなにジロジロ見るか? 


 「はい…マリシャです。よろしく。南方から来ました」


 ようやくこちらから話しかけられた。「ふーん…」。シャウナはボクを見ることをやめようとしない。悪い意味で注目される南方をやっと脱出してきたというのに、ここでもこんな思いをしなきゃいけないなんて。無視して顔を洗おうとしたとき、シャウナは目をキラキラ輝かせて言った。


 「ねえ、どんな魔法を使えるの? ちょっと見せてくれない?」


 何を言っているのか一瞬、わからなかった。南方にも守護者はいた。こんな外見の北国人だった。屋外では終始、監視されていた。直接、話しかけられたことはなかった。話すのは大体、パパやママや先生だ。ずっと敵視されていると思っていた。魔法使いなんだもの。守護者は魔法を監視するのが仕事だからね。


 この人も、同じ守護者だ。人間が魔法を使わないように監視しているのが仕事のはずなんだけど。神話の話をしたときに、説明したよね? だから、そんな立場の人が魔法を見せてくれないかなんて言うとは、思ってもいなかった。どう対応したらいいのかわからなくて、固まってしまった。


 シャウナは勘のいい人だ。ボクが固まっているのを見て、理由がすぐにわかったみたいだった。


 「あっ、ごめんね。変だよね、守護者が魔法を見せてくれっていうなんて。普通は魔法を使うんじゃねえぞ!ていう立場だもんね」


 理解してくれたかな?とでも言いたげに少し首を傾けて、ボクの顔をのぞき込む。グイグイ来る人だなあ。それに、今まで会ったことがある守護者とは、だいぶ違うタイプのようだ。ボクは、とりあえず理解したということを示すために、小さくうなずいた。


 「私ね、守護者なんだけど、魔法にすごく興味があるんだ。西域での勤務を希望したのも、本物の魔法使いに会ってみたかったからなんだ。だから、アルアラムから魔法使いがやってくると聞いて、楽しみにしていたんだよ。あっ、安心してね。キミが魔法を使っても、誰かを傷つけたり、害を及ぼしたりしない限り、問題にするつもりはないから」


 とんでもない不良守護者だ。と同時に、少し安心した。キサナドゥーでも監視されることはある程度、覚悟していたけど、この人が担当者なら、少なくともストレスのある監視にはならなさそうな感じがする。


 シャウナは、ちょっと見たことがない魔力を持っていた。普通、魔力はボクの視覚には黒く見える。わかりやすく言えば、影に見えるんだ。でも、シャウナは影があるべきところが、日が差し込んだように真っ白だった。自覚はあるのだろうか? それはともかく今まで口を利いたこともない守護者と意思疎通することができそうだし、もしかしたら友達になれるかもしれない。それは少しうれしかった。守護者がイースの学校で学ぶ魔法のことも、教えてもらえるかもしれない。


 西域は南方と比べると魔法に寛大だという話は前にもしたよね。それは住んでいる人についても言える。南方では割と厳しめに監視されている末裔が、西域では普通に人間社会に馴染んで暮らしている。


 寮の食堂に行くと、明らかに末裔だとわかる人が何人かいた。ボクは魔法使いだから、さっきのシャウナみたいに魔力が見えるんだ。食堂を見渡すと、使えるかどうかはともかく魔力を持っている人が南方よりもたくさんいた。魔力を持っているということは、末裔の可能性があるということだ。魔族は魔力を活動のエネルギーにしているからね。人間でも魔力を持っている人はいるけど、みんな持っていると言っても過言ではない魔族に比べれば、ずっと少ない。ボクくらいのレベルの魔法使いが見て、これだけ魔力を持っている人がいるのだから、西域は末裔や魔法使いが普通にそのあたりをうろうろしているということになる。


 朝食の後は初日ということで、オリエンテーションがあった。簡単に言えば学校案内だ。お世話になる人にも、たくさん会ったよ。アルアラムの執務室では、ゴライアスに初めて会った。それまでに末裔は何人か見たけど、ビックリした。だって、ゴライアスは末裔というより、あまりにも魔族っぽかったから。


 「王の相談役のゴライアスだ。アルアラム様の後見人でもある。直接、話しをする機会は少ないかもしれないが、困ったことがあれば、いつでも声をかけてきてくれたまえ」


 背が異様に高い老人だった。ちなみにアルアラムも長身だ。北国人の血なのだろう、西域人の中でも大きな方だ。そのアルアラムより頭一つ大きい。ボクがチビだということもあるのだろうけど、ゴライアスを見上げると、頭が天井にぶつかってしまうのではないかと思えるほどだった。


 それにシワシワだった。顔はもちろん、黄色というか灰色というか、微妙な色のローブからのぞく手の甲や指も、細かいシワがビッシリと刻まれていた。そして何より肌の色!道中で見た「肌が緑色に見える人がいる」というのは、間違いじゃなかった。緑色だ。深い深い、干潟の水辺に張り付いた海藻のような緑色。どこからどう見ても魔族。皺だらけの顔の中で輝く切長の目は、パッと見た感じでは黄色かった。


 こんなの人間じゃない。その場で「あなたは魔族ですか?」と聞いてみようかと思ったが、聞くまでもない。ゴライアスから感じる魔力は、今まで経験したことがないくらい深かった。深いというのは、強力だということね。魔力が強いと、ボクは深さを感じるんだ。影が濃いというか、その濃い影の中に踏み込んだら、どこまでも落ちていってしまいそうな怖さを感じるんだ。この人は末裔どころか魔族だ。魔族が王子の後見人をしている。


 西域に来て真っ先に驚いたのは、こんな感じで末裔…いや、もう魔族じゃんという人が普通に人間と共生していることだった。ムスラファンは魔族と戦っている国だから、魔族が嫌いで、イースを過激にした人間至上主義みたいな国だと思っていた。魔法に寛容で、魔法を結構大っぴらに研究しているのも、魔族を絶滅させるためだと思っていた。


 ところが、実際に来てみると全然違う。ムスラファンは、少なくとも王都キサナドゥーは、人間と魔族が静かに共生していた。最初は不思議だったけど、しばらく暮らしていると実はとても実利主義な国で、目的のためなら魔族も雇うし、知恵を借りることもあるということを知った。


 ゴライアスはやはり魔族で、200年くらい生きているのだそうだ。4代前の王様に雇われて最初は軍人として働いていたけど、長生きしているがゆえの豊富な知識や人脈を生かすために、ここしばらく(といっても数十年のことだけど)は戦場を離れて宮廷で裏方として働いていた。現在の3人の王子の教育係でもあり、上の2人の王子が独立した後、若いアルアラムの後見人になった。普段は宮廷で王様の相談役をしている。たびたび大学にきて、執務室でアルアラムと話をしている姿をよく見かけた。

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