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第9話

『エリちゅわんも、これ見てるのかな~?』

 その時、パソコンの画面から聞こえる声により、エリはハッと我に返る。

 おそるおそる顔を上げると、白い覆面の男が画面の向こう側で嘲笑わらった気がした。

 白い覆面の男は、笑う仕草をした後、続きを話し始めた。


『小学校からずっといじめられていたエリちゅわん。だから、エリちゅわんは助かるために、優しいパパとママに泣きつきました。パパ~ママ~、みんなが、可愛い可愛いエリをいじめるの~。だから転校させて~って。そして優しいパパとママは、まあ! うちの可愛いエリちゅわんになんてことを! 分かったわ、今すぐ転校しましょう! 転校先はそうね、白桜中学にしましょう! ってね~』


 ――何も知らないくせに。


 絵里は画面の向こう側で自分を嘲笑う男と、それに便乗する匿名のコメントを睨みつけ、そして呟いた。

「そんなに、簡単じゃないっつうの」

 いじめられたから、転校する。

 よく言われる言葉であり、転校理由としては納得する人もいるだろう。しかし、誰もが簡単に言うが、実際はそんなに簡単ではない。

 いじめで転校したのだから、その学区から出る必要がある。また近所で出会った時の事を考え、かなり遠くへ引っ越さなければならない。

 しかし現実問題、そんなに遠くへ引っ越す事は不可能だ。

 絵里の両親にも仕事がある。遠くへ引っ越すためには単身赴任や、それこそ転職までしなくてはいけなくなる。さらに引っ越しもただではなく、金銭的な負担がのしかかる。

 だから仕事を辞める事は出来ない。だけど転校はさせたい。

 それが両親の願いであり、結局、学区から外れた少し離れた場所に引っ越す事くらいしか出来なかった。

 それでも交通の便などで、両親には負担をかけてしまった。

 元々、共働きの両親が一人娘である絵里となるべく長く一緒にいられるためにと、絵里が小学校に入学するタイミングでマイホームを購入したばかりだった。

 マイホーム購入のために、両親がどれほどの苦労をしてきたかは、子供ながらに理解していた。だから絵里はいじめについて、なかなか言い出せなかった。

 しかし限界がきて、ついに打ち明け、引っ越す事になった。

 その時のマイホームを手放さなければならなくなった両親の、諦めたような笑みは、今でも覚えている。

 そして両親が会社に通えるギリギリの場所に引っ越し、白桜中学に入学した。

 当然、会社と家との距離が離れた事で、両親は朝が早く、夜が遅くなり――疲れた顔の両親を見る度、絵里は罪悪感でいっぱいになった。


 ――だからこそ、私は失敗するわけにはいかなかった。


 白桜中学に入って、すぐに絵里は力関係に気付いた。

 入学してすぐに教室で、所謂スクールカーストの上位の派手な女子のグループや、下位の陰気なグループ。そして、かつての自分のように、その事に気付かず、その他大勢と同じ扱いをする無神経で、無知な生徒。

 ――そう、あそこまでしてもらったんだから、今度はいじめられるわけにはいかなかった。だから……

 絵里は用心深く周囲を観察した。かつての自分を探すために。

 空気が読めず、誰もが平等で同じ人間だと思っている、そんなかつての自分を。

 そして絵里は見つけた。

 夏原なつはらユリを。

 高校入学以降に姫崎四季に救われ、彼女の腰巾着となり――そして復讐と歪んだ友情によって、自ら命を絶った、「鮮血ずきんちゃん事件」の被害者のひとり。

 ひと目で、絵里は確信した。

 クラスメイト全員が友達だと信じ切って、色んな人に話しかける無神経さ。

 空気を読まずに男女共に仲良くする、幼い子供のような無邪気さ。

 ――この子を、かつての私にしよう。

 そう思った絵里は早々に行動に出た。

 クラス内の派手な女子生徒のグループ。彼女達には協調性はなく、教師に言われた事を守らない。

 当然、ユリのような警戒心のないタイプはそれを注意してしまう――かつての自分ように。

 案の定、彼女は女子グループに目をつけられたが、当初はまだ「いい子ちゃんぶっていて、うざい」程度で、いじめんは発展しなかった。

 だから絵里は彼女達がユリをいじめるように仕向けた。

 ユリが不在の場所で、必ずユリの悪口を言った。

 あくまで、自然と。

 相手が隠している悪意を、ゆっくりと表に出すように。

「ユリちゃんってさ、自分が正しいって思ってるんだろうね」

「この間も、よく人前で注意出来たよね。やっぱ自分が正しいって思ってるからなのかな?」

「ユリちゃんみたいな、正義感ぶっているっていうか、いい子ちゃんタイプって、ちょっと苦手……なんか、行動とか監視されてそうで」

 そして学校は集団行動が義務付けられる。

 クラスという小さなグループ、クラスの中に幾つもある集合体。

 一度そこから追い出された者はそう簡単に、中には戻れない。


 ――だから追い出してやる。このクラスから……

 ――夏原ユリ、お前は私達の仲間じゃないんだよ。


 そしてクラス全体に夏原ユリへの苦手意識が共通認識になった頃。

 絵里は次の手に出た。

 クラスの中でも不良に該当する派手でワガママな女子グループのリーダー格である木田きだマリミと、逆に優等生だが腹黒く、周囲を見下している天羽望美あもうのぞみ

 この二人の悪意を夏原ユリに向けさせるため、絵里はさり気なく二人にユリが二人の悪口を言っていた嘘を広めた。

「ユリちゃんが言っていたんだけど……木田さんの事、たいして可愛くないのに態度でかいよね~って。でもさ、ユリちゃんも別に可愛くないのに、よく言えるよね~」

「夏原さんから聞いたんだけど、天羽さんってさ、隣のクラスの望月君に告白してフラれたんだってさ」

 どちらの嘘も、本人には直接言わない。

 本人が聞こえそうな場所で、他の子と会話する事で、本人が聞くように仕向ける。

 小学校でいじめ抜かれた絵里は、いじめのシステムも、誰がどのタイミングで相手を嫌うかも全部理解していた。

 全部、自分がかつてされた事だから。

 当然女子だけにとどまらず、同じことを男子にもやった。

 その結果、入学して3か月も経たずに、夏原ユリは孤立し、いじめのターゲットにされた。

 ――これでいい。

 空気が悪くなったら、夏原ユリの悪口を言って矛先を変えて。

 些細な会話で誰かを怒らせてしまったら、夏原ユリの話題に変えて。

 そうやって絵里は上手くクラスメイトの空気をコントロールし、全ての鬱憤が夏原ユリに向かうようにした。

 全ては自分を守るために、仕方がないこと。

 両親に迷惑をかけてまで、手に入れた平穏を今度こそ守るために。


 ――全部、しょうがないことなんだ。


 そう自分に言い聞かせ、絵里はいじめられる事なく、中学生活を有意義に過ごす事が出来た。

 仲の良い友達も出来た。

 春休みや夏休みに友達と遠出もした。

 一緒にテスト前に勉強会をしたり、同じ部活に入ったり、そして――夏原ユリの悪口で盛り上がった。


 ――そう、私がやったのは自分を守るためのこと。

 ――だから……私は、悪くない。


 全て上手くいっていると思った。

 姫崎四季の隣を歩きながら、楽しそうな夏原ユリの顔を見るまでは。


『……というわけで、エリちゅわんは、鮮血ずきんちゃん事件で自殺した夏原ちゅわんをいじめのターゲットにする事で、今度こそ自分がいじめられないように仕向けたのでしたー』


 配信者の声によって、絵里は再び現実へと戻る。


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