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第7話

 6月8日。午後1時。


 保坂絵里ほさかえりは部屋の中でうずくまっていた。

 締め切ったカーテンは、防ぎきれない太陽の光がすり抜け、部屋の中は電気が消えていても明るい。

 スマートフォンからは繰り返し通知を知らせる光が点滅し、それを絵里は生気のない目で見つめていた。

「私が悪いんじゃない」

 もう何度目かは分からない独り言を絵里は呟いた。

「私が、自殺させたわけじゃないっ……私じゃない、私じゃない、私じゃない……!」

そうだ。

 クラスメイトの自殺未遂も、「鮮血ずきんちゃん事件」も全て自分が起こしたものじゃない。

 ――だって、誰も死ねなんて言っていない。

 いや言ったかも知れないが、その場のノリで言っただけで本心じゃない。

 だから自分は悪くない。

 自分は何もやっていない。

 ただ一緒にいただけで、主犯じゃない。

 だから自分は悪くない。そう自己防衛するかのような独り言を何度も繰り返していた。

「そうだ、私じゃない。全部、あいつの……匿名探偵とかよく分からない奴のせい」

 数日前に、匿名探偵という暴露系チャンネルの配信者が絵里の個人情報を流出させた。

 正確には住所など特定できる情報を流出させたのは、匿名探偵の配信を見たリスナーの誰かであり、匿名探偵が暴露したのは絵里の知られたくない過去のみだ。

 匿名探偵のチャンネルで、絵里はかつて自分がいじめ被害者だった事、そして姫崎四季の取り巻きのひとりをいじめていた事を暴露された。

 本当は見ない方がいいと思いながらも、絵里はその時の配信をリアルタイムで見ていた。


       *

『は~い、ばんわ~。匿名探偵でーす。

 えー、ただいまの時刻は、6月6日の午後8時。

 宣言通り、極悪非道のクソ雑魚エリちゅわんの情報を公開したいと思いま~す』


 動画の中で、覆面を被った高校生くらいの少年が無邪気な笑い声を上げながら話し始めた。


『え~、今回のターゲット、保坂エリちゅわんですが……元々は、別の地区で、エスカレート式の学校……あ、ちなみにこっちは共学ね。

 そこで小学生……えっと、初等部っていうんだっけか? そこでピカピカの一年生として入学をはたしました! しかし、エリちゅわん、きっかけは不明ですが、クラス中のみんなから嫌われてました! 何でだろうね~? やっぱ性格が悪かったのかな?」


 ――違う。


 配信を見ながら、絵里は唇を噛み締めながら心の中で叫んだ。


 ――違う、違う、違う!

 ――性格が悪いのは、私をいじめていた、あいつらじゃない!

 ――何で私が責められないといけないのっ。


 ――『何で、そんなことをするの?』


 ふいに、かつてのクラスメイトに言われた言葉が脳裏によぎった。

「何で、か……」

 その一言が引き金となり、絵里は自分が「そちら側」だった時の事を思い出す。


       *


 絵里がいじめられた原因は、今思い返せば運が悪かっただけだった。

 今でいうスクールカーストのトップにいた、女子グループ。

 幼稚園の頃に既に派閥が出来上がっていたが、幼稚園が違った絵里はその事を知らなかった。

 だから当たり前のように接してしまった。

 ただごく普通のクラスメイトとして。

 お姫様を、特別扱いしなかった。

 たったそれだけの事で、絵里はクラスどころか同じ人間とすらも扱われなくなった。

 入学してすぐに、絵里はクラス中から無視をされ、教科書や体操着を隠されるなんて日常茶飯事だった。

 無視するなら、それでも良かった。

 だが普段は無視し、いないもののように扱うくせに、嫌な役割や当番を決める時は必ず同じ班になって、全てを絵里に押し付けてきた。

 特に、リーダー格だった「お姫様」は両親が共に同じ系列の大学院の教授であり、教師もお姫様として扱っていた。

 当然担任も、別のクラスの生徒やそのクラスの担任も絵里のいじめには気付いていたが、見て見ぬふりをした。

 それでも当時の絵里はまだ希望を捨ててなかった。

 いじめは悪い事だから、先生に言えば助けてもらえると思っていたのだ。

 だからおそるおそる手を伸ばした時もあった。


 ――助けて……


 そう思って伸ばした手は、担任にあっさりと振り払われた。

 我慢しなさい、という冷たい言葉と共に。


 そこで絵里はようやく理解した。

 この地獄は永遠に続き、誰も助けてなんてくれない、と。

 いじめは伝染する。

 たとえクラスが変わっても、噂という形で伝わり、どのクラスにいっても絵里はいじめの対象となった。

 学校のお姫様が、教師が、「あの子はいじめていい奴」とOKサインを出したのだから。

 もし希望があるとしたら、両親だけは絵里の味方だった事くらいだ。

 小学5年の頃にいじめに気付いた両親は当然学校に抗議した。

 しかし、たかだかいちクラスを注意するだけのために時間を割くような人間が校内にいる筈もなく――もしそんな人物がいれば、絵里のいじめはとっくに終わっていた。

 結局、適当にあしらわれ、絵里の環境は変わらなかった。

 そんな絵里に両親は転校を提案した。

 両親は別の地区へ引っ越し、新しい環境でやり直しましょうと言ってくれた。

「大丈夫。今度は女子高だから。男の子達にボールをぶつけられたり、突き飛ばされる事はないわ」

 そう言って、母は早々に転居の手続きをして、中学入学と同時に違う街で新しい生活がスタートできるようにしてくれた。

 中学からにしたのは小学校の中途半端な時期の名門校からの転校は逆に悪目立ちし、またいじめのターゲットにされかねかったため、母の提案で自然な形で転校できるように中学入学時期を狙った。

 そして、そこで絵里は出会った。

 姫崎四季という化け物に。

       *


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