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第6話

 その時、幼さの残る少年の声が響いた。


「どうも! おまわりさん達」

茉莉の後ろから現れたのは、警察署内には場違いな格好をした少年だった。

極端に左だけ長い前髪に、毛先だけが赤色の髪。

ブカブカの猫耳のついたフードを頭からすっぽり被り、首元には大きめのヘッドフォン。

さらに鎖が幾つもついたベルトに、髑髏のリングが幾つもついた指。

線の細い少年にしてはアンバランスなゴツいファッション。

――少しだけ桃太郎に似ている気がする。ファッションセンスとか。

「えっと、君は……」

 秋羽が視線を彷徨わせながら、少年ではなく茉莉を見ると、茉莉は露骨に嫌そうな顔をしながら、正義の持つタブレットを指差した。

「自称、匿名探偵。その動画を作った張本人だ」

「……はっ!?」

 この動画を、この子供が?

 見た目は中学生くらいにしか見えないが――

「おにーさんが、白石さん?」

ずいっと少年が秋羽の前へと現れた。その時、近くにいた正義が押し退けられ、不満そうな顔で少年を見ていた。

「俺、ずっとあんたに会ってみたかったんだ」

「俺に?」

世間一般では「鮮血ずきんちゃん事件」を解決したのは『自白班』の白石という事になっていた。

――それで興味を持ったとか、そんな所か?

目の前の少年を見ると、彼は無邪気と好奇心の二つの感情のみを乗せた瞳で、秋羽を見つめていた。

――そういえば……

この手のタイプはわざと相手を煽って、調子を崩し、それを娯楽にしている――と桃瀬太郎が言っていた気がする。

――ここは相手のペースに乗らず、大人の対応を……

そう秋羽が思った直後、少年はイタズラ好きの幼い子供のような笑顔を向けてきた。

「嘘じゃないよ、おにーさん。俺、本当に、ずっとずっと会いたかったんだ……

「……!」

秋羽が目を開くと同時に、茉莉が少年の首根っこを掴んだ。

「おい」

子供相手にはわりと優しく接する茉莉にしては珍しく、怒気が漏れ出ている。

彼女の迫力に気圧され、逆に秋羽は何も言えなくなってしまった。

「ち、ちょっと冗談ですって。そんなに怒らないでよ、茉莉のおね~たま。俺、あなたにだけは嫌われちゃまずいんですから。ほら、笑って~スマイルくださ~い」

「……」

茉莉の額がぴきりと動く。煽るな。そしてお前ものるな。

「緑区」

「はい」

「殴らせろ」

「喜んで!」

正義が意気揚々と答えると、茉莉は少年から手を放して正義にビンタした。

本当にやるとは思わなかった。

「ふぅ……すまない。感情を抑えきれそうになくてな」

「いえ、俺からしたらご褒美です!」

こちらとしては慣れた正義のやばい発言に引いている中、少年が吹き出すように笑った。

「やっべ! マサっちの性癖については知っていたけど、まさか目の前で見られるとは」

少年はゲラゲラと笑いながら続ける。

「あぁ……やっぱりリアルは最高だ」

これ以上警察の恥をさらすわけにはいかないと感じたのか、我らが良心・茶畑が困った笑みを浮かべながら言った。

「赤西くん。そろそろ続きを」

「あ、はい」

茉莉が我に返り、刑事の顔で答えた。何故か正義の足を何度か踏みながら。


        *


 少年の本名は灰崎来栖はいざきくるす

 18歳。一応名門学校に在籍しているが、ほとんど出席していない。

 不登校や人間関係に問題があるわけではなく、ただ「つまらない」という理由で行く日もあれば行かない日もあり、その日の気分で登校しているらしい。

 そんな事をしたら、学校で悪目立ちしそうだが。

「あ、心配しなくても、俺は世渡りじょーずだから、そのへんは上手くやっているよ~」

 秋羽の考えを読んだように、来栖は答えた。

「俺、成績トップだから、せんせー達からは守られているし~、男女ともに人気が高くて……ていうか、俺のコト、嫌う奴なんて校内にはいないっしょ。絶対、つるんだ方がお得意だし~」

たいした自信だ。

 言葉には出さなかったが、顔に出ていたのか、来栖が「え~嘘じゃないんだけどな~」と猫なで声で話し始めた。何でこの子、いちいち人の神経逆撫でするような喋り方してくるんだろう。

「だって俺、顔いいし、金持ってるし。いじめるより、媚びた方が得じゃん」

あぁやっぱこいつ嫌いだ。

「まあまあ、妬かないでよ、おにーさん、マサっち」

「おい、何で俺達だけ名指しなんだよ」

「え? マサっちとはともかく、俺、おにーさんとしか言ってないけど? やっぱ、モテない自覚はあったんだね~」

 秋羽は殴りたい衝動を抑え、その場で地団駄を踏んだ。

 ――あぁぁくそおおお!

 今初めて、先程の茉莉の気持ちが分かった気がした。

「まあまあ~怒らないでよ。それに、俺、たまにしか学校行かないから、変なちょっかい出そうにも出せないし~」

 楽しそうに来栖は言いながら、テーブルの上に出されたオレンジジュースを一気に飲んだ。

 ――落ちつけ、俺。

 来栖が黙った所で、秋羽は大きく深呼吸をして自分自身を落ち着かせていた。

 秋羽と同じ事を思ったのか、珍しく茉莉が肩をぽんと叩いてくれた。

 ――赤西が最初から不機嫌だったのか、この子が原因か。

 ちらりと来栖を見ると、オレンジジュースを飲み干し、ストローで氷を突いて遊んでいた。

 秋羽から見た来栖の印象は変な子、そしてムカつく奴だ。

 しかしそれ以上に、深い闇を感じる。

 人を小馬鹿にした態度も、大人をおちょくる姿勢も、全てが遊戯だというような無邪気な笑顔も、全部外面であり、内面を隠す仮面のように思える。

 それに、どうして彼は母親の事を知っていたのか。

 確かに調べれば分かるかも知れないが、そもそも調べようとは思わないだろう。

 自分をおちょくるためだけに調べたとは思えない。

 それに、いくら情報通とはいえ、刑事の過去なんて調べられるものなのか。


 ――警戒するに越したことはないな。


 この少年が「あの人」の回し者という線も捨てきれない以上、下手に情報を与えないよう細心の注意を図ろう。

 そう秋羽は強く思った。


 ――それにしても、灰崎か……

 ――なんかどこかで聞いた事あるような……


「それで、相談というのは……」

 茶園がおそるおそる問うと、来栖は明るく言った。

「あぁ、そうだった! あのさ、俺……多分、近日中に殺されるから、その犯人を絶対に捕まえてほしいんだよね」

「は?」

何事もないように、来栖は言った。

「んだよ、このオレンジジュース、果汁100%かよ。俺、果汁3%のなんちゃってジュースが良かったのに~」

「おい、殺されるって……殺害予告が届いたとか、そういう事か?」

「脅迫系なら毎日来ているよ。ワイチューバならよくある事っしょ」

さらっと流すように来栖は言った。

「今はまだいえないけど、俺は確実に近日中に殺される。その事自体は確定している。そういう筋書きなんだよ」

「筋書き……」

 その言葉に、秋羽は違和感を持った。

 いや違和感じゃない。既視感だ、これは。

 ――だって……

「あの『演出家気取り』も、俺の存在は邪魔みたいだね。ここまで言えば、あんたなら分かるだろ? 白石秋羽さん」

「それで、俺を頼ってきた目的はなんだ?」

 秋羽の言葉に、来栖は肩をすくめる仕草をした。人をおちょくらないと死ぬ病気か何かなのか。

「まあ、俺の方はついでなんだけど」

「ついでって……」

 この少年はやはりおかしい。

 自分が死ぬ、あるいは殺されると断言しながら、どこか他人事だ。

 まるで「あの人」を見ているようで、冷静でいられなくなる。

「それで、話は結構最初の方に戻るんだけど……飛び降り自殺未遂した奴が白桜高校の生徒で、中学時代に姫崎四季の取り巻きのどれかをいじめていた奴なんだけどさ」

 姫崎四季。

 汚い大人の欲に翻弄されて、自殺したが、事故として片付けられた少女。

 それがのちに「鮮血ずきんちゃん事件」という悲しい復讐劇を生み出した。

 ある意味では全ての物語の中心人物だ。

 そこまで考えた所で、秋羽は首を振ってその考えを自分の中から追い出した。

 ――何だよ、物語って……これじゃあ本当に、『あの人』みたいじゃないか。


『大丈夫よ、アキ君』


 その時、母親の幻聴が秋羽に囁いた。

 心臓の鼓動と共に聞こえる、母の優しい声。


『あなたはあの人とは違う。血のつながった親子でも、他人よ』

『あなたは、あの人じゃない』


 ――ありがとう、母さん。

 ――そうだ、俺は違う。あの人には、ならないんだ。


 秋羽は自分に言い聞かせるように唱えた後、現実に目の前にいる相手である来栖を見た。

 対する来栖は相変わらず無邪気な子供らしい笑みを浮かべるだけだ。

「昨夜自殺未遂した女ってさ、俺がこの間、チャンネル内で暴露した奴なんだよね。それで、順番的にいうとさ~、次は昨夜予告だけして、今夜あたりに暴露する予定の女が自殺未遂する予定なんだけど」

 そこまで言うと、来栖は顔を上げて真っ直ぐ秋羽を見た。

「これさ~、止められる?」



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