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『暴露チャンネル~匿名探偵』
「はい、ばんわ~。匿名探偵の時間です!」
白い覆面をした若者が、テンション高く叫んだ。
「今回、特定していくのは……皆さんご存知の「鮮血ずきんちゃん事件」……いや~、あれは驚いたねぇ。最初はキチったガキの仕業かと思ったら……まさか高校教師のセクハラ、強姦、パパ活、さらに盗作! フィクションよりやばすぎて笑えてくるわ。やべ、また思い出したら、あのセクハラクズ親父の顔思い出して、笑いが……」
白い覆面は大袈裟に大笑いする仕草をした後、すぐに姿勢を正した。
「おっと、この流れだと、あのおっさんの事だと思うじゃーん? いいよ、あいつはもう……飽きた。今回のターゲットは……じゃらじゃらじゃーん! 当時いじめに加担し、今も未成年の匿名さまに守られているドクズどもでーす! こいつらの悪事を、法に変わって、匿名探偵が成敗していきます!」
そこで効果音を入れながら、白い覆面の男は続ける。
「え? 未成年サマにそんな事して、いいのかって? 大丈夫大丈夫! オールオッケー、モーマンタ~イ♪ だって俺も、未成年だもーん。『自白法』様々ってね。
あ、流石に『自白法』について知らない人はいないよね? そう、あの未成年犯罪者に超有利な未成年のための法律! 未成年の犯罪は、ぜーんぶ当人の自白によって裁かれるってやつ! つまり、俺がここでクズどもの個人情報流しても、俺が自白しない限り捕まりませーん。それに、このクズ達の方がやべえことしているし、俺なんて可愛いもんっしょ。
あー、まあ、一応、犯罪にはならないけど、厳重注意? みたいなのは食らったけど……そうそう、だからちょっと更新止めてたんだよね。
お、よく分かったね。そうなんだよね~。この間の、
でも、俺、別に悪いことしてなくなーい? 元はと言えば、中学時代から悪質ないじめをしてきた、若葉ちゅわんが悪いんだし~。それに、リスナーの諸君の中にも、いるんじゃない? 若葉ちゅわんに復讐したかった奴とか、『主犯じゃない。私は巻き込まれただけ。主犯の子達と友達だっただけで、私は直接手を下したわけじゃない。むしろ被害者だー』って、ブタのように喚き散らす、クソ女に、ギャフンと言わせたかった奴とか?
あははっ。やっぱり~? いやいや、隠す必要ないよ。いじめは悪! いじめをする悪い奴には、天の裁きが待っているのだ! 俺は、いや、俺達は、そのお手伝いをしているだけだって。だって……
ほんの一瞬だけ、白い覆面男の声が低くなった。
しかし次の瞬間には、今までの作ったような猫なで声に戻った。
『あ、でも、おかげで新鮮とれたてのネタ大量に仕入れてきたから、それで許してちょ。さあさ、瞬き厳禁でおねしゃーす」
そこで白い覆面の男は動画を切り替え、女子高生の写真を画面に映した。
「じゃあ、今宵もさくっと罪人裁いていきたいと思いまーす! さあ、今宵の罪人は……
ついでに、個人のSNS画像は加工してだいぶ盛られていたので、俺が善意で元画像に戻して置きました。おいおい、そうブスブス言うなよ。頑張ってメイクで誤魔化してたんだから……おいおい、やめろって。可哀想だろ~。これでも、エリちゅわんは頑張っていた方だよ?
だって、元画像と、一部で流出している画像見比べろよ? 可愛い作ってるじゃーん。可愛いは作れるって本当だったんだね~。それに、エリちゅわんには、多少同情出来るネタあるし~……え~? 聞きたい? 実はさ、エリちゅわん、小学校の時からずっといじめられてきたんだってさ。ほんと、驚きだよな〜。元は小学校から高校までエスカレーターな、一貫校のセレブスクール出身! まあ、こっちは共学みたいだけど。
そこで、小学生低学年の時から男子からも女子からも嫌われ、いじめ抜かれたエリちゃんは、パパとママに泣きついて、家ごと学校を変えてもらったってわけ。まあ、流石に引っ越しまでさせちゃったから、多少は悪いと思っていたんだろうね。だから、おバカなエリちゅわんはない頭で考えました! そして、思いついたんです。自分がいじめられないために、悪い噂を流して、逆にいじめちゃえばいいんだって! さて、エリちゅわんの転落人生はマジ泣けるよ~笑いすぎて……じゃあ、この続きはまた今夜! エリちゅわんも見てね~」
そこで、動画は終わった。
「なんだ、これ……」
秋羽は思わず、震えた声を出してしまった。
「あれ~? アキくん、ワイチューブ知らないの~?」
「いや、ワイチューブは知ってますけど」
ワイチューブ。
オンライン動画共有プラットフォーム。
全世界でサービスを展開しており、誰でも簡単に自分のチャンネルを作れるという事で、最近では「ワイチューバ」という動画配信者が人気の職業になっている。
「まあ、気持ちは分かるッスよ。俺も、ていうか先輩もッスけど、みんな、白石さんと同じ反応だったスからね」
そう言って、正義は持参したタブレットを机の上に置いた。
――突然やってきて、「この動画を観てください!」って言われた時は驚いたが……成程な。
それにしても、まだ続いているのか「鮮血ずきんちゃん事件」は。
「鮮血ずきんちゃん事件」。
最初に誰が言い出したか分からないが、ホラー映画のタイトルみたいな事件は世をいまだに騒がせている。
連続殺人事件に見せかけた、連鎖自殺事件。
その背後にあった少女達の脆く強く、歪な友情。
そして汚い大人に穢された幼い才能と、スクールカースト。
学校という小さい社会での闇が暴露されたような事件だった。
――そして、『あの人』が裏で糸を引いていたかも知れない事件。
「その「鮮血ずきんちゃん事件」が今回も無関係とはいえなそうだしな」
「え?」
聞き覚えのある声に反応して振り返ると、いつの間にか刑事課の
「赤西!」
秋羽が声をかけるが、対する茉莉は相変わらず不機嫌そうな表情のままだ。
そして正義の持つタブレットを一瞥した後、不機嫌そうなまま全員に告げる。
「まだ報道前の事件だが、ここ最近……というか、先週の一件だけだが……ある共通点のある女子高生が自宅のマンションから飛び降り自殺を試みた」
「ある共通点って……まさか……」
――それに、自殺という事は、やっぱりあの事件が……
共通点のある女子高生たちの自殺。
それを聞いた瞬間、脳裏に「鮮血ずきんちゃん事件」の生き残りでもあり、今は更生施設にいる
同時に忌まわしいあの男の存在も。
「いや、おそらくお前の想像している人物とは違う」
茉莉は入り口付近に立ったまま言った。
「ていうかさ~」
ふいに初夏がスマートフォンをいじりながら言った。
「赤ちゃんが言っている、飛び降り自殺の事件と、「鮮血ずきんちゃん事件」って本当に関係あるの?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。だってその自殺? 転落事故? っていうのは、その一件のみなんでしょ。共通点っていっても、白桜高校の生徒ってだけみたいだし……偶然っていうのもアリかなって」
「まあ、たしかに……」
自殺や転落事故自体が全くないとは言い切れない。
今、この国の10代から20代の若者達の一番多い死因は自殺である。
ただ偶然、管轄内で起きた事件だから同じ学校の生徒だった場合もあり――
「ああ。だからお前達に依頼に来たんだ」
茉莉がそう短く答えた後、秋羽を見た。
「白石。お前も覚えがある筈だ。あの事件で、名前も出ず、全くダメージのなかった少女たちに」
「え? ダメージがなかったって……」
「先週、飛び降りたのは白桜高校の生徒だった。自宅のマンションのベランダから飛び降りたが、すぐにマンションの住人が救急車を呼び、搬送された。今も意識不明の重体ではあるが……」
「なーんだ、死ななかったんだ」