「……
『自白班』の責任者にして、
場所は警察署内にある『自白班』の部屋だが、先程までいた赤羽駅の駅員室の方が冷房が十分にかかっていて居心地が良かった。
しかしそれを口にしたら、余計に目の前の雷親父を雷神に変えてしまいそうなため、秋羽は「ああ、はい」と曖昧に返事した。
「そうか、分かっているか。ならいい……」
茶園がそう力なく言った瞬間、自分の席でネイルを見ていた同僚の
「……なわけあるかああああ! お前には! 学習能力って言うものが、なぁぁぁいのかあああああ! このたわけがああああああああ!!」
あまりの大声に、室内でキーンという音が響き、窓が微かに揺れた。
ちなみに本人は気付いていないが、茶園の怒声で建物全体が軽く揺れて、一部の署員の間では地盤沈下が噂されていたりする。
*
「はぁ……」
茶園が自分の席に座った所で、初夏がペットボトルのミネラルウォーターを彼の前に置いた。
「あ、す、すまない、黄崎くん」
「もう、声ガラガラじゃないですか。無理して喋らないでいいですよ~」
「あ、ああ」
茶園は短く返事すると、ミネラルウォーターを一気に飲み干した。
「あの、初夏さん。ちなみに俺の分は?」
「冷蔵庫に入ってるから、勝手にとったら?」
「ですよね」
初夏に冷たくあしらわれ、秋羽は肩を落としながら答えた。
いつもニコニコと笑いながらからかってくる初夏だが、夏の時期は日によって機嫌が悪い時がある。
そして今日はちょうど機嫌が悪い日のようだ。
――でも何で夏だけなんだ?
――そういえば、桃太郎が作ったAIに試しに訊いた時に、なんか言っていた気がする。
――ああ、そうだ。化粧のノリが……
そう秋羽が思った瞬間、空のペットボトルが後頭部を直撃した。
「あぁ、ごめんね~、アキくん。ゴミ箱と間違えちゃって」
「い、いえ……」
中身入っていたら、俺死んでいたけど。
秋羽が床に落ちた空のペットボトルを拾おうと身を屈めた時、ふいに甘い香りと共に、地の底から響くような声が耳元で囁かれた。
「でもアキくんが悪いんだよ。ぶっ殺したくなるような、とっても失礼な事、考えるから」
「……っ!」
驚いて顔を上げると、ニッコリと笑顔の初夏が立っていた。
――この人、やっぱり人間じゃ……いや、もう考えるのよそう。
秋羽は少しだけ学習したと思った。
*
『自白班』の仕事は自白依頼が来てから初めてスタートする。
いうなれば、自白するようなケース――つまり未成年が加害者として挙げられる事件がない限り、何も起きない。
それなら署内の雑用でもやれ、という意見もあるが、それが全て免除されるのが『自白班』のいい所であり、周りから反感を買う理由でもある。
自発的に動く気配のない初夏と、『自白班』関連のクレームや経理処理で追われている茶園。
そして初夏と同じく、わざわざ他人の仕事のお手伝いなんて事をするタイプではない秋羽は自分の席に座りながら、ふと窓の外を見る。
――平和な事はいい事だが……なんか起こりそうな予感。
そういえば前回は、初夏が似たような事を言い出し、タイミングを見計らったように刑事課の
「白石さん!」
予想は半分当たり、半分外れた。
ノックもなく、突然『自白班』の部屋に飛び込んできたのは、
高身長な上に、爽やかな笑顔。
6月のジメジメした空気をものともせず、正義はいつも爽やかな雰囲気だ。
――こいつ、マイナスイオンでも出ているのか?
「あれ? マサ君だけ~? 赤ちゃんは?」
初夏が気だるそうに机に伏せたまま問うた。おい社会人、しっかりしろ。
「あ~、先輩は後から来るッス。ちょっと手続きが残っていて……」
――手続き? 何か特別な事でもあるのか?
それに、正義がひとりで動くのはとても珍しい。
いつもは茉莉の傍を離れず、主人に懐く子犬のように彼女の周りをウロウロしているのだが。
そんな事を秋羽が考えている時、正義が真っ直ぐ秋羽の元へとやって来るなり、腕を掴んで強引に立たせた。
「それより、白石さん! どうしても見てほしいものがあるッス」
「俺に?」
彼の必死さに気圧されながら、秋羽は首を傾げる。
――ていうか、こいつ、距離近……
いつも茉莉にどやされている姿しか見ていないが、こうやって一対一で話すのは初めてかも知れない。
「あ、白石さんだけじゃなくて、皆さんにも! 先輩が来る前にどうしても見てほしい動画があるんス!」
そうして正義に引っ張られる形で、秋羽は部屋の真ん中にあるソファまで移動させられた。こいつ、意外に力強いな。