「バカで助かった」
女子高生が去った後、秋羽は思ったままの言葉を口にした。
――あぁ、とりあえず事件になる前に片づけられたな。
先程の女子高生は気付いていなかったが、
何故なら、痴漢事件がまだ事件として立証されていないからだ。
刑事にしろ、民事にしろ、起こった事象を事件にするには、必ず被害者が必要だ。そして被害者になるには、警察に被害届を出さなければいけない。
本来なら、被害届を出し、加害者と被害者の両者が揃った時点で、『自白班』は動く――未成年が容疑者になった場合に限るが。
しかし先程の女子高生は痴漢の被害者でも、冤罪による詐欺の加害者でもなく、ただ嘘をついて大人を困らせていた子供に過ぎない。
――自白法も、所詮は人間が作った法律に過ぎないって事だな。
法律は、いわば平等な約束事である。
これをしたらダメ。
たったそれだけの事が書かれた、約束事。
赤信号で渡っちゃダメ。人を殴ったらダメ。
他人のお金を奪ったらダメ。人の嫌がる事をしたらダメ。
そんな幼い子供でも分かるような、当たり前のルール。
もし全員がそのルールを守れば、誰も不利益が生じず、平和に生きていけただろう。
しかし所詮は他人同士だ。このくらいはいいだろう、このくらいなら許される。
あの人がやっていたなら自分もいいはず。誰も見ていないから大丈夫。
そういった安易な思考がルールを鈍らせ、判断力を衰えさせ、やがて社会に穴を生む。
それゆえ、社会には法律が出来た。
ルールを守るのは当たり前の事だが、中にはそれが出来ない奴らがいる。
だから罰則が生まれた。
人間は、自分に利益がない事には無頓着だ。
先程の女子高生がいい例だ。自分に利益があるから、痴漢をでっちあげて、何もしていない中年男性から金品を巻き上げようとした。
しかし秋羽によって、このまま続ければ逆に自分に不利益が生じると分かった瞬間、彼女は逃げ出した。
つまり――
――法律、そして自白法はいわば枷だ。
ルールを破ったら、損をする。
そんな幼児が知っている当たり前な事を教えるための教本。
そういう点では法律は平等といえる。
――だけど、出来るなら法律は……
「あの、自白班さん」
その時、痴漢にされそうだった中年男性が秋羽に声をかけた。
それにより、秋羽は考えるのをやめて、男性の方へと意識を向ける。
「助かりました。ありがとうございます」
男性は深く秋羽に頭を下げた。
それに続く形で、駅員さんも安堵したように言った。
「本当です。最近ああいう子多くて困っていたんですよ。明らかに冤罪だろうって人も多いけど、相手が未成年だと……ね。こっちじゃそれが本当かどうかなんて判断出来ませんし」
「いえいえ、いいんです。これが俺の仕事ですから。何故なら、我々自白班は真実を露見さえるために存在します」
「本当に感謝しています。お蔭で、濡れ衣を着せられずにすみました。これで、私と似たような冤罪に苦しむ人が一人でも減るといいんですが……」
「んー、それは無理じゃないですかね」
世間話程度で言った男の発言を、秋羽はことも簡単に一蹴した。
「何故なら……この世は、不平等ですから」
――だけど、出来るなら法律は、こういうルールを誠実に守っている人を守れるものであってほしい。
*
『自白法』によって未成年者は護られ、今後の人生に影響が出る事がない。しかし、それに伴い冤罪もまた増加した。そのため、未成年者の容疑者の語る「真実」を査定し、正確に自白させるために、ここに『自白班』を設置する。
『自白班』は未成年者が容疑者となる事件において、彼らの真実を引きずり出す。
*