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第3話

「バカで助かった」

 女子高生が去った後、秋羽は思ったままの言葉を口にした。

 ――あぁ、とりあえず事件になる前に片づけられたな。

 先程の女子高生は気付いていなかったが、

 何故なら、痴漢事件がまだ事件として立証されていないからだ。

 刑事にしろ、民事にしろ、起こった事象を事件にするには、必ず被害者が必要だ。そして被害者になるには、警察に被害届を出さなければいけない。

 本来なら、被害届を出し、加害者と被害者の両者が揃った時点で、『自白班』は動く――未成年が容疑者になった場合に限るが。

 しかし先程の女子高生は痴漢の被害者でも、冤罪による詐欺の加害者でもなく、ただ嘘をついて大人を困らせていた子供に過ぎない。


 ――自白法も、所詮は人間が作った法律に過ぎないって事だな。


 法律は、いわば平等な約束事である。


 これをしたらダメ。

 たったそれだけの事が書かれた、約束事。

 赤信号で渡っちゃダメ。人を殴ったらダメ。

 他人のお金を奪ったらダメ。人の嫌がる事をしたらダメ。

 そんな幼い子供でも分かるような、当たり前のルール。

 もし全員がそのルールを守れば、誰も不利益が生じず、平和に生きていけただろう。

 しかし所詮は他人同士だ。このくらいはいいだろう、このくらいなら許される。

 あの人がやっていたなら自分もいいはず。誰も見ていないから大丈夫。

 そういった安易な思考がルールを鈍らせ、判断力を衰えさせ、やがて社会に穴を生む。

 それゆえ、社会には法律が出来た。

 ルールを守るのは当たり前の事だが、中にはそれが出来ない奴らがいる。

 だから罰則が生まれた。

 人間は、自分に利益がない事には無頓着だ。

 先程の女子高生がいい例だ。自分に利益があるから、痴漢をでっちあげて、何もしていない中年男性から金品を巻き上げようとした。

 しかし秋羽によって、このまま続ければ逆に自分に不利益が生じると分かった瞬間、彼女は逃げ出した。

 つまり――


 ――法律、そして自白法はいわば枷だ。


 ルールを破ったら、損をする。

 そんな幼児が知っている当たり前な事を教えるための教本。

 そういう点では法律は平等といえる。

 ――だけど、出来るなら法律は……


「あの、自白班さん」

 その時、痴漢にされそうだった中年男性が秋羽に声をかけた。

 それにより、秋羽は考えるのをやめて、男性の方へと意識を向ける。

「助かりました。ありがとうございます」

 男性は深く秋羽に頭を下げた。

 それに続く形で、駅員さんも安堵したように言った。

「本当です。最近ああいう子多くて困っていたんですよ。明らかに冤罪だろうって人も多いけど、相手が未成年だと……ね。こっちじゃそれが本当かどうかなんて判断出来ませんし」

「いえいえ、いいんです。これが俺の仕事ですから。何故なら、我々自白班は真実を露見さえるために存在します」

「本当に感謝しています。お蔭で、濡れ衣を着せられずにすみました。これで、私と似たような冤罪に苦しむ人が一人でも減るといいんですが……」

「んー、それは無理じゃないですかね」

 世間話程度で言った男の発言を、秋羽はことも簡単に一蹴した。


「何故なら……この世は、不平等ですから」


 ――だけど、出来るなら法律は、こういうルールを誠実に守っている人を守れるものであってほしい。


       *

 『自白法』によって未成年者は護られ、今後の人生に影響が出る事がない。しかし、それに伴い冤罪もまた増加した。そのため、未成年者の容疑者の語る「真実」を査定し、正確に自白させるために、ここに『自白班』を設置する。

 『自白班』は未成年者が容疑者となる事件において、彼らの真実を引きずり出す。

       *


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