序、わらしべ
6月1日、深夜0時15分。
場所、都内某所のアパート。
「ありえない、ありえない、ありえない……」
学校ではいつも周囲に自慢していたカラフルなネイルが施された形の良かった爪は、マニキュアがはげ落ち、爪先も何度もかじったせいでボロボロであり、見る影もない。
生え際の黒い金髪もだいぶ黒の部分が浸食し、毛先もパサパサであり、以前の自分ではないようだった。
それが余計に、若葉の中の焦燥感と恐怖を煽る。
「何で私ばかりっ……あいつのせいだ、全部あいつの……」
ぼそりぼそりと呟いては、狂ったように泣きじゃくる。
その時、机の上に置いてあるスマートフォンの液晶画面が淡く光った。
それを見た瞬間、若葉はさらに取り乱す。
「また、あいつら! いい加減、しつけえんだよ! ……何で私ばっかり、私だけじゃなかったじゃん! みんなも一緒に笑っていたのに、何で私ばかり私ばかり……あぁもう! 何で通知止まらないの! しつけえんだよ、匿名だからってなめんな! あぁ、これも全部全部、あいつのせいだ、あの……
――『じゃあ、アナタもこっちにおいでよ』
その時、若葉は誰かが自分に囁くような声を聞いた――気がした。
「私も、そっちに……そうだ、そうすれば良かったんだ。私も、同じになれば……」
若葉は笑いながら立ち上がると、ベランダへと向かった。
「ねえ、私も同じにしてよ。私も同じになれば、きっとみんな、今度は私に同情してくれるよね? だって、私はアナタと同じ、可哀想な子、なんだから……ねえ、同じにしてよ。私も、同じに……
直後、大きな音がベランダの外に響いた。
そして少し遅れてから悲鳴と、救急車のサイレンが鳴った。
*
翌朝――。
『6月1日、深夜。
都内で女子高生が自宅のマンションのベランダから転落した。
女子高生はいまだ意識不明の――』
そんな内容の文章がネットニュースで流れた。
コメント欄には「自殺か?」「学校でいじめ……」「相談できる人はいなかったのか」などと書かれた、似たような意見が次々に書き込まれていく。
それを見て、『彼女』は笑みを浮かべた。
「学生がマンションから飛び降りたら、自殺。自殺だから、いじめ。まだ詳細不明なのに、よくここまで騒げるね……本当に、面白いな」
『彼女』はスマートフォンの画面を見ながら、問いかける。
「ねえ、あなたもそう思うでしょ? 四季ちゃん」
『彼女』は天に問いかけるように呟いた後、雑踏の中へと消えた。