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1章:終

      終


 ――この世界は、不平等である。


「はぁ、帰りたい」

 白石秋羽しらいしあきばは、目の前の光景を見て、呟いた。

 場所は、駅の待合室。毎度お馴染み、痴漢騒動だ。

「だから、私はやっていないと言っているだろ!」

「でも……」

 入ってきた時からこんな感じだ。

 怒り狂う老人と、それに萎縮する女子高生。以前とは逆であるが――

「成程な」

 秋羽は、二人の様子を見ながら、呟いた。

「大体、証拠はあるのかね!? 証拠もなしに言っているなら、それは冤罪だよ。『自白法』だか何だか知らないが、裁判起こすなら、こっちだって容赦しないからね」

「裁判、ですか」

 裁判という言葉に、事の大きさを痛感し、女子高生がさらに肩を縮こまらせた。

「そうだよ。そうしたら、学校にも居づらくなるんじゃないのかね? 親だって……」

「私は……」


「まったく、不平等だな」


 秋羽が、両者の間に割って入る。そして、女子高生を庇うように彼女の前に立つ。

「な、何だね?」

「お久しぶりですね、ご老人」

「は? 私は、君とは初めてで……」

「以前も似たような騒動起こしたでしょう。なあ、痴漢の常習犯のおじーちゃん。たしか、大人しそうな子ばかり狙っているんですよね。そんで、痴漢だって騒がれたら、裁判起こすって逆に脅して、泣き寝入りさせていましたよね」

「……っ」

 形成逆転。

 老人が押し黙った。

「おい」

 秋羽は、後ろにいる女子高生に声をかけた。

「そう、お前だよ。お前が、はっきりしねえから、こういうエロジジイが調子乗るんだよ」

「ちょっと君、今の聞こえていたぞ」

 老人が騒ぐが、秋羽は答えず、女子高生のみに言う。

「俺は、自白させるのが仕事だ。自白とは、真実を引きずり出す事だ。それで、お前は、どうなんだ? やられたのか、やられていないのか」

「私は……」

 女子高生が言い掛けた途端、老人の態度が激変した。

「ち、ちょっと待ちたまえ。お嬢ちゃん、私もちょっと言い方がきつかったね」

「いやー、きついっていうか、脅迫じゃないですか」

「混んでいたから、手が身体に当たっちゃう事も……」

「いやー、いくら混んでいても、おっぱい、わし掴みはないっしょ」

「さっきから煩いよ、君は!」

 老人が秋羽に怒鳴ると、秋羽はスマートホンの画面を彼に見せた。

「こ、これは……」

「SNSで、堂々と痴漢しているエロジジイがいるって、流れていましたよ。これ、あんただろ?」

「う、嘘だ……ちゃんと周囲を確認し……あ」

 墓穴を掘るとはこの事を言うだろう。

 ちなみに、彼の言っている事は本当の事で、これは桃瀬太郎ももせたろうに依頼して即行で作ってもらったフェイク動画だったりする。依頼したのは、彼が女子高生を怒鳴り散らしていた時なため、作成時間はわずか五分足らずであり、正直凄い通りすぎて怖い。

「ほら、言ってごらん」

 秋羽は、優しい口調で女子高生に言う。

「何が起きたのか。自分の口で、言ってごらん。これは、君の身に起きた事だ。俺達じゃあ分からない。君が自分で答えを出すんだ」

「私は……」

 裁判沙汰になる事への恐怖心からか、彼女は口籠もった。そして、縋るように秋羽を見上げる。

「だから、俺じゃ分からねえんだよ。お前の事なんだから、お前が自分で判断しろ」

「そんな事言われても、私はまだ学生だし……」

「はっ、学生だから何だ?」

 秋羽は鼻で笑うと、女子高生に顔を近付ける。

「いいか? 法律は、平等だ。平等に、裁く権利と裁かれる権利を与える。資産家だろうと、学生だろうと、法の下では平等に、ただの人だ。そして、国民であるお前には、声を上げる権利が、ちゃんとあるんだ」

「私にも……」

「これは、責任の話ではない。権利の話だ。だから、もう一度だけ訊くぞ。お前は、このジジイに触られたのか? そうじゃないのか?」

 秋羽が凄みのある問いをすると、老人が顔を真っ赤にして秋羽に掴みかかろうとした。

「何だね、君はさっきから! まるで私が犯人と決めつけて……」

「実際そうだろ」

「何の証拠があって……」

「見りゃ、分かるだろ。あんたからは傲慢さとずる賢さの匂いがする。逆に、この子からは訴えたい事があるけど、怖くて言えない。でも黙っていれば、誰かが助けてくれるかも、っていう甘えた狡さの匂いがする」

「……っ」

 女子高生は、秋羽の言葉に目を見開いた。そして、スカートの裾を強く握り締めた。

「お巡りさん。貴方、言いましたよね? 法は、平等だって」

「ああ」

「じゃあ、誰も助けてくれなくても、法律は、私を、助けてくれますか?」

「それは、お前次第じゃねえの。声を上げない奴に、法律は、何も出来ねえからな」

「……そう、ですか」

 女子高生は伏せていた顔を上げる。そして、老人を指差した。

「私、触られました! この人に、痴漢されました!」

 涙目で訴える女子高生と、彼女が告白するとは思わなかったのか、驚愕する老人。

「……っ」

 やがて老人は観念したように、肩を下げた。

 対する女子高生は、胸を張っていた。オドオドした気の弱そうな顔はなく、強い意志すら感じる。

 ――まあ、ぶっちゃけ、俺、このジジイに会うの初めてなんだけど。

 落胆する老人を見て、そんな事を考えていると、ふいに秋羽の袖を女子高生が引っ張った。

「あの、ありがとうございました。私、いつもやられっぱなしで、上手く自分の意見、言えなくて……でも、本当の事を言うのって、こんなにもスッキリするんですね」

「そりゃ、そうだろうよ。嘘と真実なら、真実の方が気持ちいいからな」

「私、これからは、なるべく本当の事を言えるように……」

「ああ、いい心掛けだ。そうなる社会に、出来るといいな」

 秋羽の含みのある言い方に、女子高生だけではなく、老人や彼を宥めていた駅員さんも秋羽を見た。

「何故なら……この世は、不平等だからな。真実を語った所で、それが本当に正しいかどうかは分からない。そして、真実を告げる事で、傷つく奴もいるだろう。それでも……俺達は、本当を求めちまうんだよ。本当の言葉が、欲しい。本当の事を知りたいって」


       *

 世界は、不平等だ。


 文明が発達して生活が豊かになろうが、社会や政治を取り巻く環境が変わり、身分制度がなくなろうが――、この世界は、不平等である。

 それを「そういった星の生まれ」で片付くのならば、この世界は、社会は、一切の努力をしなくなるだろう。

 ゆえに、この世界は――

       *


「ゆえに、俺達は、足掻くしかないんだろうな」


       *

 自分の望む答えを掴むまで、がむしゃらに――。

 何度絶望しても、必死に世界との関係を断ち切らないように――。


 不平等で、不自由なこの世界で――

 己が正しさを追求するために。

       *


「あのー」

 秋羽が去った後、女子高生が、駅員の男性に声をかけた。

「さっきのお巡りさんって何者なんですか? なんか、他の警察の人と違う感じがしたから」

「ああ、彼は、白石さんだよ。自白刑事の、白石さん……ちょっと変わり者の、自白させるのが得意な、ただの刑事さんだよ」



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