七
四月十四日。午前十一時。
「まったく、不平等だ」
新聞を広げながら、
「アキ君、どうかしたの?」
「鮮血ずきんちゃん事件ですよ……不平等だ」
「何が不平等なの? 結局、今回の騒ぎで、過去の淫行騒動が露見して、
初夏は笑いながら言った。人の心とかないのだろうか。
「たしか、学校側も当時の対応の悪さが咎められて、世間から猛バッシングされて……あー、そういう事」
初夏は途中で気付いたらしく、うんうんと頷いた。
「結局裁けたのは、自白した
安部恵介はマスコミの格好の的となり、今でもワイドショーを飾っている。学生時代の話まで掘り下げられ、関係ない所からもバッシングされている。もうやめてやれ、とも思うが、彼がした事を考えると自業自得なので、やっぱりもっとやれ、と秋羽は思った。
ただし時間が経ちすぎており、四季の死を嘲笑った当時の同級生達には誰も触れていない。バッシングの矛先は学校であり、当事者である元生徒達にはいかない。
当時は親や学校に、そして今回は時間に守られたのだ。
それ以前に、菊乃の言った通り四季の事すら覚えていないだろう。
「ちっ……本当に、不平等だ」
秋羽が新聞を読みながら舌打ちをすると、見かねた
「もういい加減に切り替えろ。そんなもんだ。いくら悪い事をしたと言っても、全ては裁き切れん」
「はぁ、部長は相変わらず甘いな」
初夏の言葉に、秋羽も頷いた。
彼は子供は純粋で嘘をつかないと思っている。その点だけは、秋羽と初夏とは意見が割れるが――彼のように、条件に人を信じる純粋さも必要なため、バランスが取れているのかも知れない。
実際、秋羽と初夏は最初から疑ってかかるが、彼は逆に信じる所から始める。そのせいでよく子供の涙には騙されているが。
彼のような大人も必要だ。むしろ秋山菊乃の傍に、彼のような大人がいれば、こんな騒動は起きなかったのかも知れない。
何故なら、秋山菊乃達は、大人に対して不信感を抱いていた。
当時の学校側や警察の対応を見て、姫崎四季の死の隠蔽に手を貸したように見え――結果、彼女達は大人を敵視し、誰にも相談出来ず、歪んだ仲間意識でとんでもない決断をした。
もし彼女達の傍にまともな大人がいて、彼女達が信頼を寄せる事が出来たら――。
――いや、やめておこう。
もしもなんて――どれもこれも結局は後出し論だ。起きてしまった事は変えられない。ならば、これからどうしていくか、決断していかなければならない。
特に菊乃は、今その決断を責められている。
菊乃はどこか流されていた所があった。誰かが言い出した案にのり、流されたまま辿り着いたのが自殺という方法だった。
しかし、これからはそうはいかない。犯した罪を自覚し、自分で今後の事を考え、決断していく。菊乃は大人びていても、やはりまだ子供であり、間違える事はあるだろう。だが、その時は彼女の両親が、友達が、周囲の大人達が正しい道へ導いてくれる。今の彼女には、大人を頼る事が出来るから――そう秋羽は思った。
「でも、あの子ってこれからどうなるんだっけか? 起訴されたから……」
「あとは警察やら検事やら、弁護士やらで、進めているみたいですよ。まだ結果は出てませんが」
それどころか、こちらに一切の情報が入ってこないため、分からない。
――まあ、一応、鮮血ずきんちゃん事件の担当部署は刑事課だからな。
本来の担当は茉莉達であり、「自白班」はあくまで容疑者の自白の依頼がきたに過ぎない。だから、途中経過までは知らされない。いつもの事だ、と秋羽は割り切るが、やはりモヤモヤした気持ちは消えない。
――そういえば、桃太郎の奴、そろそろかな。
秋羽が時計を見ながら考えていると、初夏が思い出したように言った。
「そういえば、今回の事件、何か妙だったわね」
初夏が顎に手を起きながら言った。
「なんか、脚本くさいっていうか、出来すぎているっていうか……それに、やっぱり事件を起こすにしては、何で今? って感じ」
「……まあ、そうでしょうね」
話の途中で、秋羽は立ち上がった。
「アキ君、どこか行くの?」
「ちょっと、桃太郎の所に」
「え? まだ何かあったっけか?」
「ええ、まあ」
そう言葉を濁しながら、話題から逃げるように秋羽は早々に部屋を出た。
「そういえば……」
秋羽が去った後、初夏は思い出したように呟いた。
「鮮血ずきんちゃん事件の計画って……結局、誰が立てたんだっけか?」
「よう、白いの。来る頃だと思ったぞ」
「科学捜査班(黒)」に来ると、案の定、
「それで、どうだった?」
「ああ、お前の読み通りだ。秋山菊乃達に、接触した男がいた。どうやら、そいつが姫崎四季の死について教えたようだな」
太郎はそこまで言うと、寝袋の中からタブレットを取りだした。
「それが、検査結果だ」
「検査って……」
「薬物検査だ」
「薬物!?」
思わず、秋羽は声を荒げた。
対する太郎は、予想通りだったのか、淡々と答える。
「遺体の損傷が激しかったから、だいぶ時間がかかったが……自殺した娘っ子達の肉体から、同じ成分の薬物が出てきた。ほとんど、効果が消えかけていたが、秋山菊乃からもな」
「その薬物って……」
「おそらくオリジナルだな。麻薬に近いが、世間で知られている物と比べると、効果は薄く、持続性もない。だから、秋山菊乃は踏み止まったのだろう」
「どういう意味だ?」
「簡単な話だ。この薬の効果は一定の期間、それこそ二週間くらいのものだ。そして、効果だが……催眠、いや、洗脳に近い。集団パニックに陥りやすく、精神が不安定な時にこんな物使ったら……いや、だからこそだろうな」
太郎は、寝袋の中に入ったまま別のタブレットを操作した。
「例えば、一人が自殺しようと言い出したら、それが集団に感染し、全員がそれを実行しようと思う。そういった、集団の心理に陥りやすい。そして、その時に善悪の判断はつかない」
「……じゃあ、他の子は」
その薬物の影響で、自殺したという事か。
「秋山菊乃は、一人目から数えて、時間が経過していた。最後だったから、薬の効果が消えかかっていたんだろうな。お前との取り調べもあり、日に日に薬の効果は消えていった。今はもう欠片も残っちゃいないさ」
「……っ、ここまで、するのかよ」
秋羽が、感情のまま机に拳を叩き付けた。
「まったく……嫌な繋がりだな」
秋羽の様子を見ながら、太郎は呟いた。