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第23話

      七


 四月十四日。午前十一時。


「まったく、不平等だ」

 新聞を広げながら、白石秋羽しらいしあきばは言った。

「アキ君、どうかしたの?」

 黄崎初夏きさきういかが問うと、秋羽はふて腐れたように答える。

「鮮血ずきんちゃん事件ですよ……不平等だ」

「何が不平等なの? 結局、今回の騒ぎで、過去の淫行騒動が露見して、安部恵介あべけいすけは社会的バッシング受けているんでしょう? まあバッシング受ける以前に借金まみれで、これ以上、下はいけないと思うけど」

 初夏は笑いながら言った。人の心とかないのだろうか。

「たしか、学校側も当時の対応の悪さが咎められて、世間から猛バッシングされて……あー、そういう事」

 初夏は途中で気付いたらしく、うんうんと頷いた。

「結局裁けたのは、自白した秋山菊乃あきやまきくのと、安部恵介だけだったもんね」

 安部恵介はマスコミの格好の的となり、今でもワイドショーを飾っている。学生時代の話まで掘り下げられ、関係ない所からもバッシングされている。もうやめてやれ、とも思うが、彼がした事を考えると自業自得なので、やっぱりもっとやれ、と秋羽は思った。

 ただし時間が経ちすぎており、四季の死を嘲笑った当時の同級生達には誰も触れていない。バッシングの矛先は学校であり、当事者である元生徒達にはいかない。

 当時は親や学校に、そして今回は時間に守られたのだ。

 それ以前に、菊乃の言った通り四季の事すら覚えていないだろう。

「ちっ……本当に、不平等だ」

 秋羽が新聞を読みながら舌打ちをすると、見かねた茶園豊ちゃえんゆたかが声をかけた。

「もういい加減に切り替えろ。そんなもんだ。いくら悪い事をしたと言っても、全ては裁き切れん」

「はぁ、部長は相変わらず甘いな」

 初夏の言葉に、秋羽も頷いた。

 彼は子供は純粋で嘘をつかないと思っている。その点だけは、秋羽と初夏とは意見が割れるが――彼のように、条件に人を信じる純粋さも必要なため、バランスが取れているのかも知れない。

 実際、秋羽と初夏は最初から疑ってかかるが、彼は逆に信じる所から始める。そのせいでよく子供の涙には騙されているが。

 彼のような大人も必要だ。むしろ秋山菊乃の傍に、彼のような大人がいれば、こんな騒動は起きなかったのかも知れない。

 何故なら、秋山菊乃達は、大人に対して不信感を抱いていた。

 当時の学校側や警察の対応を見て、姫崎四季の死の隠蔽に手を貸したように見え――結果、彼女達は大人を敵視し、誰にも相談出来ず、歪んだ仲間意識でとんでもない決断をした。

 もし彼女達の傍にまともな大人がいて、彼女達が信頼を寄せる事が出来たら――。

 ――いや、やめておこう。

 もしもなんて――どれもこれも結局は後出し論だ。起きてしまった事は変えられない。ならば、これからどうしていくか、決断していかなければならない。

 特に菊乃は、今その決断を責められている。

 菊乃はどこか流されていた所があった。誰かが言い出した案にのり、流されたまま辿り着いたのが自殺という方法だった。

 しかし、これからはそうはいかない。犯した罪を自覚し、自分で今後の事を考え、決断していく。菊乃は大人びていても、やはりまだ子供であり、間違える事はあるだろう。だが、その時は彼女の両親が、友達が、周囲の大人達が正しい道へ導いてくれる。今の彼女には、大人を頼る事が出来るから――そう秋羽は思った。

「でも、あの子ってこれからどうなるんだっけか? 起訴されたから……」

「あとは警察やら検事やら、弁護士やらで、進めているみたいですよ。まだ結果は出てませんが」

 それどころか、こちらに一切の情報が入ってこないため、分からない。赤西茉莉あかにしまつりはともかく、緑区正義みどりくまさよしくらいなら揺さぶりをかければ、簡単に吐きそうだが。

 ――まあ、一応、鮮血ずきんちゃん事件の担当部署は刑事課だからな。

 本来の担当は茉莉達であり、「自白班」はあくまで容疑者の自白の依頼がきたに過ぎない。だから、途中経過までは知らされない。いつもの事だ、と秋羽は割り切るが、やはりモヤモヤした気持ちは消えない。

 ――そういえば、桃太郎の奴、そろそろかな。

 秋羽が時計を見ながら考えていると、初夏が思い出したように言った。

「そういえば、今回の事件、何か妙だったわね」

 初夏が顎に手を起きながら言った。

「なんか、脚本くさいっていうか、出来すぎているっていうか……それに、やっぱり事件を起こすにしては、何で今? って感じ」

「……まあ、そうでしょうね」

 話の途中で、秋羽は立ち上がった。

「アキ君、どこか行くの?」

「ちょっと、桃太郎の所に」

「え? まだ何かあったっけか?」

「ええ、まあ」

 そう言葉を濁しながら、話題から逃げるように秋羽は早々に部屋を出た。

「そういえば……」

 秋羽が去った後、初夏は思い出したように呟いた。

「鮮血ずきんちゃん事件の計画って……結局、誰が立てたんだっけか?」



「よう、白いの。来る頃だと思ったぞ」

 「科学捜査班(黒)」に来ると、案の定、桃瀬太郎ももせたろうが寝袋にくるまったまま跳ねながら近付いてきた。少し怖い。

「それで、どうだった?」

「ああ、お前の読み通りだ。秋山菊乃達に、接触した男がいた。どうやら、そいつが姫崎四季の死について教えたようだな」

 太郎はそこまで言うと、寝袋の中からタブレットを取りだした。

「それが、検査結果だ」

「検査って……」

「薬物検査だ」

「薬物!?」

 思わず、秋羽は声を荒げた。

 対する太郎は、予想通りだったのか、淡々と答える。

「遺体の損傷が激しかったから、だいぶ時間がかかったが……自殺した娘っ子達の肉体から、同じ成分の薬物が出てきた。ほとんど、効果が消えかけていたが、秋山菊乃からもな」

「その薬物って……」

「おそらくオリジナルだな。麻薬に近いが、世間で知られている物と比べると、効果は薄く、持続性もない。だから、秋山菊乃は踏み止まったのだろう」

「どういう意味だ?」

「簡単な話だ。この薬の効果は一定の期間、それこそ二週間くらいのものだ。そして、効果だが……催眠、いや、洗脳に近い。集団パニックに陥りやすく、精神が不安定な時にこんな物使ったら……いや、だからこそだろうな」

 太郎は、寝袋の中に入ったまま別のタブレットを操作した。

「例えば、一人が自殺しようと言い出したら、それが集団に感染し、全員がそれを実行しようと思う。そういった、集団の心理に陥りやすい。そして、その時に善悪の判断はつかない」

「……じゃあ、他の子は」

 その薬物の影響で、自殺したという事か。

「秋山菊乃は、一人目から数えて、時間が経過していた。最後だったから、薬の効果が消えかかっていたんだろうな。お前との取り調べもあり、日に日に薬の効果は消えていった。今はもう欠片も残っちゃいないさ」

「……っ、ここまで、するのかよ」

 秋羽が、感情のまま机に拳を叩き付けた。

「まったく……嫌な繋がりだな」

 秋羽の様子を見ながら、太郎は呟いた。


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