*
所変わって、取り調べ室。
「じゃあ、始めようか」
「はい」
どこか吹っ切れた顔で、菊乃は頷いた。
「まず、今回の事件だが……猟奇殺人は、君がやったのか?」
「いいえ、違います。私達は、誰も殺していません」
菊乃は、言う。
「これは自殺です。一人目が自殺し、その後に次に自殺する子が、先に自殺した子の身体を切り刻んで、猟奇殺人に見せる。そして遺体の近くに、
「四季さんというと、
「はい。彼女は、中等部時代に、美術室から飛び降り自殺をしました」
「その事を知ったのは、いつだ?」
「つい最近です。当時、美術教師だった安部恵介がやっていた事も知りました」
「それを知った時、どう思った?」
「
淡々と、しかしはっきりと菊乃は答える。
「計画だと、この後どうなる予定だった?」
「私が自殺する事で、安部恵介に疑惑の目をかける。たとえ法律で裁けなくても、世間は彼の事を放っておかない。そうなれば、警察が動かなくても、彼を追い詰める事が出来ると思ったからです」
「分かった……」
ひと通り、聞くべき事は聞いた。
「じゃあ、最後に一つだけ……君は、今でも死にたい?」
「いいえ……」
菊乃は、首を振った。
「四季さんが死んで、世界がなくなってしまったような感覚になったけど……それでも、私の世界は終わっていない。私の時間は続いていく……どんなに絶望しても、世界は終わっていない。だから、生きなくてはいけない。これから先、色んな人に私は出会う。その人に傷つけられるかも知れない。その人を傷つけるかも知れない。その人と仲良くなるかも知れない。その人をすごく好きになるかも知れない。だから……まだ死ねない。死にたくない」
「……そっか」
今までは見え隠れしていた、希望や生への渇望。それが今ははっきりと見える。
だから、秋羽は思った。もう、この子は大丈夫だ、と。
「もしかしたら、私達は、誰も死にたいとは思っていなかったかも知れない」
「え?」
「本当なら止めるべきだったのに、止められたのに……私は、私達は、賛同してしまった。もし、あそこで、それは良くないって言う勇気があれば、良かった」
「勇気?」
「はい。私達は、友達なのに、一人一人が、みんな気を遣っていた。そんな、脆い繋がりだったんです……反対すれば、仲間外れにされる。同意しなければ、仲間でなくなる。そんな想いが、どこかにあった」
彼女達は、それぞれが四季に助けられたと聞く。となると、菊乃だけでなく、他の少女達もそれぞれ過去にいじめを経験していたのかも知れない。いじめられた記憶が、固執に近い友情を生み、互いに本音を隠す――そんな見た目だけ綺麗な関係を作った。
――もはや宗教だな。
それぞれが四季を信仰し、崇拝していた。
「もっと、ちゃんと話しをすれば良かった。エリカやユリ達と、もっといっぱい話して……ちゃんと、友達になれば良かったんだ」
菊乃が、自分の膝の上に泣き崩れた。
その彼女に、秋羽は手を伸ばし――そっと彼女の頭に手を置いた。
「そうだな……それが分かっただけで、お前は偉いよ」
「……っ」
微かな嗚咽が漏れた。
「秋山さん。まだ言っておきたい事はあるか?」
「はい」
そこで、菊乃は顔を上げた。袖で涙を拭うと、はっきりと言った。
「私達が、悪かったです。ごめんなさい」
「では、今をもって、『自白法』に基づき、鮮血ずきんちゃん事件の当事者として……君を起訴する」
少年法がなくなり、代わりに生まれた『自白法』は一見未成年に優しい法律に思えるが、正しくは違う。
『自白法』は、容疑者が自白しなければ、罪には問われない。しかし、容疑者が自白した場合、未成年だろうと関係なく裁かれる。大人と同じように扱われ、未成年だからという遠慮が一切ない。
――この世界は、不平等だ。
そして、法律の下では、人は平等である。
裁く者として、裁かれる者として――人は、法の下では平等にただの人である。
それが、『自白法』の持つ効力でもある。
「結論を出す前に、一つ『自白法』について、伝えておかないとな」
秋羽は、判決を待つ罪人のような目つきで秋羽の言葉を待つ菊乃に言う。
「君は、『自白法』について、どの程度知っている?」
「えっと、未成年を対象にした法律で……少年法の代わりですよね? 容疑者が未成年だった場合、全て当事者の自白によって判決が下され、期限内に自白しなかった場合は、未来永劫その事件では裁く事が出来ない、って」
「まあ、一般的なものはそうだろうな」
『未成年の犯罪者はどんな状況であっても、当人の自白によって判決が下る。たとえ確かな証言や証拠が揃っていたとしても、当人がそれを認めない限り、決して裁かれず、また、自白せずに無罪となった場合はその情報の公表を禁じる――』
『自白法』の基本だ。しかし、これには続きがある。
「『自白法』によって、容疑者が自白し、罪が立証された場合……容疑者は、平等に裁かれる」
未成年だろうと、障害者だろうと、精神疾患だろうと、そして上級住民だろうと――ありとあらゆる国民は、自白が成立した以上、その瞬間から平等だ。未成年ではなく、「人」として裁きを受ける。
「よく『自白法』は未成年に甘いって言われるけど、逆なんだよな」
改正前の少年法のように、「未成年だから」「更生の余地があるから」「未熟だから」そういった言い訳が一切通用しない。成人と同じように、同様の罪に問われ、同様の扱いを受ける。未来ある子供だろうと、一切の容赦がない。
「だから『自白法』は、何よりも平等なんだ。未成年としてではなく、少年としてではなく、人を個人として見る。ゆえに平等の裁きが受けられる」
「そう、だったんですね」
そこまでは知らなかったのか、菊乃が目を伏せた。しかし、すぐに顔を上げて、微笑んだ。
「つまり、私の事をちゃんと私として見てくれるって事ですね。少女Aではなく、秋山菊乃として」
「ああ。世間がお前を可哀想、孤独な少女達の犯行、未熟な子供の犯した罪と何度言おうと、法律だけはお前を個人として見る。その決断や、そこに至るまでの経緯……全て同情なしに見てくれる。そして、お前の行動や判断を、法だけは認め、決して否定しない」
否定しないといっても、行動を肯定するという意味ではない。彼女達は他人を犠牲にしなかったものも、罪を犯した。そこは、平等に裁かれる。
そしてマスコミを中心に、世間は彼女を可哀想な少女、或いは愚かな子供として扱うだろう。しかし法だけは彼女の判断や行動を否定せず、ありのままの事実に基づいて判決を下す。一見冷たいように見えるが、平等とはそういう事であり――全て他人に委ね、決められ、自分で判断しなかった菊乃にとっては、それは必要な事だと、秋羽は思う。
――まあ、普通に弁護士つくから、同情の余地とかは、そっちが何か色々するだろう。
「確かに、平等ですね」
菊乃が笑った。
「ああ、平等だ。法においては、どんな人物も、平等なんだ。悪い事をしたら、裁かれる。反省しなければ、罰せられる。そして反省する者には温情が与えられる。男も女も、大人も子供も、みんな……」
だからこそ、秋羽は思う。
『自白法』を使って、逃げ切った未成年の容疑者候補達は、とても可哀想だ、と。
『自白法』はいわば、最初で最後の選択である。犯した罪に向き合い、正当な罰を受けるか、否かの。
罰を恐れて逃げ出せば、法的には裁かれないが――それは逆に一生罪を背負って生きる事と同じであり、それを自ら選んだ事になる。
罪と罰はセットだ。
そして法的に罰せられる事は、ある意味では救いだ。犯した罪と向き合い、贖罪するための――。
しかし罰から逃げてしまえば、一生許しては貰えず、死ぬまでずっと「罪」の影に苛まれる。後になって、あの時、ちゃんと罰を受けていれば、と後悔してももう遅い。
――俺が、生きるという罰を背負ったように。
だから『自白法』は平等なのだ。
罪に向き合う権利と、罰を受ける権利。その選択を、与えられるのだから。
そして菊乃は自ら罰を受ける権利を選び――罪を清算する道を選んだ。
――その道は決して幸福とは言えないかも知れないが、この子なら大丈夫だろう。
「さて、では、秋山菊乃」
「はい」
「君の罪状は、死体損壊・遺棄罪」
自殺教唆に関しては今回は稀なケースなため、加えるかどうかは専門家に丸投げさせて頂く。
何故なら――
「つうわけだ。じゃあ、俺はここまでだから。とりあえず、帰っていいぞ、多分」
「え? もう、終わりですか?」
「俺は『自白班』。自白させるのが、仕事だ」
――そう、俺の仕事は、嘘で塗り固めた言葉から、真実の欠片を探し出し、曝く事。
裁く事は、仕事ではない。
「あとの起訴やらは、赤西あたりに聞いてくれ」
秋羽が立ち上がると、菊乃が慌てて呼び止めた。
「あ、あの!」
「何だ?」
「ありがとうございました!」
まさか礼を言われるとは思わず、秋羽がキョトンとした顔で彼女を見ると――
「私達の真実を、曝いてくれて……ありがとうございました」
笑っていた。
小馬鹿にしたような笑みでも、諦めたような笑みでもなく――本当にすっかりした笑顔を向けていた。
この先、もっと面倒な出来事が彼女を襲うだろう。場合によっては、自殺した少女達の遺族から責められるかも知れない。
だが今、彼女は笑っている。
それだけで今は十分だ、と秋羽は思った。
*
四月四日、午後6時。
「鮮血ずきんちゃん」事件、終了。
自白担当:白石秋羽。容疑者:秋山菊乃。
秋山菊乃の自白によって、彼女を死体損壊・遺棄罪で起訴。